第38話 戦略兵器
賢人ライナスは、賢人会儀の要請を受け、観察機器である『ハエ』を『戦争大陸』へ多数送りこみ、そこで起こっている事をより詳しく調べようとした。
ところが、なぜか今回送りこんだ『ハエ』だけでなく、すでに配置してあった『ハエ』からの通信が次々に途切れていった。
こんなことは今まで無かったことだから、『戦争大陸』で何かが起こっていると考えられた。
不思議なのは、故障時に送られてくる『ハエ』からの信号すら受信できないことだ。
惑星軌道上にある人工衛星は正常に働いているから、何かの原因により『ハエ』が信号すら送ることができない状態であると考えられた。
しかし、『戦争大陸』のサンプルたちが持つ科学力では、どう考えてもそんなことができるとは思えない。
そして、ある一つの『ハエ』から送られた映像を見て、ライナスの疑いは確信に変わることになる。
その映像は、ウエスタニア、イスタニア両国の中間辺りを調べていた『ハエ』が送ってきたもので、その機器は、その後すぐ音信不通となってしまった。
ライナスの前には壁一面のディスプレイがあり、そこには建物と建物に入っていく軍服姿の人々が映っていた。
軍人たちの先頭を歩いていた、見慣れぬカーキ色の上下を着た青年がこちらをちらりと見たとたん、画像が途絶えたのだ。
その動画を何度もくり返し見た後、ライナスはため息をつき、電源を落とした。
彼は、以前から『戦争大陸』で行われている『ゲーム』を苦々しく思っていた。
しかし、事態がここに至っては仕方あるまい。
ライナスは、賢人らしく感情をはさまぬ論理で、ある結論を導きだした。
「叡智の元に」
代々賢者に伝えられてきた、その言葉を口にすることで迷いを断ちきると、彼は足早に部屋を出ていった。
賢人会議を招集し、現在『戦争大陸』に生息するサンプル全てを抹消するために。
◇
その日、『平和大陸』にある高層建築の最上階では、十人の賢人が一室に集まり、部屋の壁に埋め込まれたディスプレイに、固唾を飲んで注目していた。
イスタニア、ウエスタニアの中心都市に対し、間もなく戦略兵器が落とされようとしていた。
かつて開発された、『メテオ』という魔道兵器を改良したもので、当時は数十人、数百人単位で必要だった魔術の詠唱が不要となっている。
魔術の代わりを担ったのが、弾頭に埋めこまれた多数の魔石だ。
魔獣から採れる魔石は、この世界への植民当時、エネルギー源としてよく利用されていたが、その後、太陽光発電、風力発電が主になり、使用されなくなっていた。
ところが、ある出来事以降、改めてその有効性が研究されることとなったのだ。
新しい戦略兵器は、エネルギーの供給を魔術から魔石へ移しかえることにより、さらに大きな破壊力を持つようになった。
すでに『戦争大陸』で一度使われ、その有効性が実証されたのだ。
それは一個の弾頭から複数の『メテオ』が降りそそぐという、恐るべきものだった。
「戦略兵器『メテオラ』、いつでもいけます」
画面に映った作業服姿の男が報告する。
「そうか。
では、速やかに処置せよ」
賢人会議の議長でもある初老の男が、淡々とした口調で命令する。
「了解しました」
画面が三分割され、上空から見下ろした映像に切りかわる。
そこには、それぞれ大きな街が一つずつと、一つの建物が映っていた。
街は防壁に囲まれたイスタニア、エスタニアの首都であり、建物はその両都市間に最近現れたものだ。
光学迷彩を施した大型の『ハエ』、いや、もう『ハエ』と呼ぶには大きすぎる、円盤型のドローンが、機体の下にあるハッチを開く。
そこから、金属製のボールが落ちていく。
都市の上空、定められた高度で爆発するはずの戦略兵器は『メテオラ』は、しかし、小屋一つ破壊しないまま終わった。
なぜか?
キュンッ
大型ドローンから投下されて間もなく、そんな音とともに兵器の姿が消えてしまったのだ。
しかも、同じ事が三つの兵器それぞれに起きた。
「ど、どうなってる!?」
「おい、ライナス!
どういうことか説明しろっ!」
賢人会議の議長が詰めよるが、ライナスこそ、どうしてそんなことになったのか教えてほしかった。
「よ、予備があります。
すぐに投下しろ!」
別室で聞いているはずの技官に、魔道具を通し指示する。
キュキュキュンッ
次の瞬間、サンプル観察用の『ハエ』から送られていた映像に映る、大型ドローン三機が同時に消えた。
「い、一体何が起きてる!?」
ライナスのその言葉に答えるように、部屋のドアが開く。
そこから人がなだれこんでくる。それは、深緑色の軍服を着た男性兵士と赤色の軍服を着た女性兵士だった。
「お、お前らは!?
どうして『サンプル』がこんなところに!?」
賢人会議の議長は、幽霊でも見たような顔になっている。
最後に入ってきた、頭に茶色い布を巻いた青年が静かに口を開く。
「賢人のみなさん、初めまして。
俺はシロー。
ここにいるのは、あなたがたが『サンプル』と呼んで殺しあいをさせていた人たちだ」
賢人一人に対し二人ずつ兵士がつき、それぞれがボウガン型の兵器で狙いをつけている。
ビシッ
「ぐあっ!」
タバコの箱に似た金属製の機器に手を伸ばしたライナスだが、その二の腕に黒い金属球が食いこむ。
かなり重量がある黒い金属球は、彼の腕をへし折ったようだ。
「みなさん、動かないことですよ。
彼らには、あなた方を殺さないよう言っておきましたが、中には殺したくて殺したくて仕方がない人もいるみたいですから」
「や、やめてっ!
乱暴しないでっ!」
若い女性賢人が、叫び声を上げる。
「乱暴しないで?
……それがたった今、彼らの頭上から戦略兵器を落とそうとした者が言うセリフか?」
茶色の布を頭に巻いた青年の声が低くなる。
「他人を殺そうとするのだ。
お前たちも、殺される覚悟があるんだろうな?」
賢人たちが座っている椅子が、カタカタ音を立てはじめる。
十人の賢人は、目の前に立つ青年が、知を誇るかれらが理解できない何かだと気づいた。
平凡な顔の下から現れた、究極の美を目の当たりにした時、彼らはそれを確信したのだ。
この青年は、論理や常識を超えた存在だ。
「わ、私たちは、どうすれば……」
やっと口を開いたのは、一番前に座る初老の女性賢人だった。
右手でつるりと顔を撫でた青年は、再び元の茫洋とした顔つきに戻る。
「そうですね。
まずは、こんなところから始めましょうか」
部屋の前にあるディスプレイに画像が映る。
それは賢人たちがよく知る建物だった。
つまり、今、彼らがいるこの高層ビルだ。
画像がズームし、その屋上にフォーカスが結ばれる。
そこには、かなり大きな金属製のボールが置いてあった。そして、それは紛れもなく彼らが『戦争大陸』で先ほど使おうとした戦略兵器だった。
「ど、ど、どういうことだ!?
い、一体、な、なぜ『メテオラ』があんなところに!?」
賢人の一人がそう言ったが、彼の身体は激しく震えていた。
それはそうだろう。
起動すれば、このビルどころか都市の半分は破壊するだろう戦略兵器が六つもあるのだ。
しかも、最上階にあるこの部屋のすぐ上に。
「ど、どうして?!」
「た、助けてくれ!
抵抗はしないから!」
「こ、このビルにいたら、お前たちも死ぬぞ!」
「あんたたち、うるさいよ」
「「「……」」」
青年の静かな声で、賢人たちが自分の口を手で押さえる。
彼の言葉はシンプルだった。
「あなたたちは、残る一生、この最上階で過ごしてもらうよ。
誰か一人でも怪しい行動をしたら、上の戦略兵器を起動するからね。
また、この国の誰かが、あなたたちが『戦争大陸』と呼んできた土地に住む人々に敵対的な行動を取っても、兵器を起動させるから覚えておくことだ」
◇
十人の賢人たちは、俺の言葉を聞き全員が頭を抱え、テーブルにつっ伏した。
深緑色の軍服を着たヴァルム少尉、赤色の軍服を着たモラー少佐が、こちらを見て左手の親指を立てる。それは俺が二人に教えておいたジェスチャーだった。
それに対し、こちらも両手の親指を立てて見せた。
さあて、ここからが大変だよね。
『b(≧▽≦)d もっと遊べるねー!』
おや、点ちゃんも親指を立ててるね。
「ミュー……」(悲しい……)
ああ、ブランちゃんは肉球だから、親指立てられないんだね。
元気出してよ。
それに
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