第3部 単性の国

第29話 廃墟

   

 ポータルを出ると、石造りの狭い部屋だった。入り口から漏れてくる明かりで薄暗い岩室の中が照らされている。

 腰のポーチから『枯れクズ』を出し、周囲を照らすと、俺たちが出てきたポータルが黒い渦を巻いており、それは石の壁にはめ込まれた緑の石で囲ってあった。

 

 点ちゃん、点ちゃん?


 点ちゃんから応答がないのは、例のごとく、この世界への適応に時間が掛かっているからだろう。

 

「ミー、ミミィ!」(点ちゃんは大丈夫!)


 ブランは俺の中に、点ちゃんの存在を感じているらしい。

 まあ、俺自身も、それは分かってるんだけどね。

 とりあえず、外へ出てみますか?

 

 ◇


 岩室から外へ出ると短く狭い廊下があり、それを右へ曲がると出口があった。

 外へ出ると、明るい陽射しに照らされた廃墟が広がっていた。


 奇妙なことに、出てきた古めかしい石造りの遺跡にくらべ、廃墟となった建物はかなり新しかった。

 恐らく煉瓦を積みあげて作っただろう建物が、屋根や壁の大半を失っている。黒く焦げたような跡や、穴が開いたような跡もあるから、魔術か兵器で破壊されたのだろう。


 銀さんやタムがいた『田園都市世界』から『学園都市世界』にポータルが繋がっているだろうと考えていた俺の期待は、あっさり打ちくだかれた。

 建物の造りからして、ここは明らかに『学園都市世界』以外のどこかだった。


「おい、そこのお前、なにしてる?」


 振りかえると、小型のボウガンに似たものをこちらに向け構えた、三人の青年が立っていた。

 三人は二十才から二十五才くらいに見え、色が白いこともあり白人に近い顔立ちに見えた。そして、白人にしてはやや小ぶりなその鼻は、アリスト王国に住む人たちを思いおこさせた。

 ヘルメット、服装とも、深緑色で統一されており、それはまるで軍服のように見えた。

 

 敵意が無い事を示すため、両手を挙げてから、彼らに声を掛ける。


「こんにちは。

 俺は異世界から来たんですが」


「お前、まさか、その遺跡から出てきたなんて言わないよな」


 一番背が高く、年上に見える男が話しかけてくる。


「ええ、そのまさかです。

 たった今、ここから出てきたんですが」


「嘘を言うなっ!

 お前、ウエスタニアのスパイだな!」


 一番小柄な、そして一番若く見える青年が叫ぶ。


「ウエスタニアって何です?」


「あくまで、しらばっくれるつもりか!

 これでもくらえっ!」

 

「馬鹿っ、早まるな!」


 年長の青年が叫んだときには、すでに遅かった。

 小柄な青年が構えていた、ボウガンに似たものから黒い玉が飛びだす。


 俺はその玉の動きがよく見えた。

 挙げていた左手を降ろし、手のひらで黒い玉を受けとめる。

 俺が持つ『物理攻撃無効』の加護に弾かれた玉は跳ねかえり、それを撃った青年のブーツに命中した。

 

「ぐあっ!」


 黒い玉には、かなりのエネルギーが蓄えられていたようで、小柄な青年は足と頭が上下さかさまになり、十メートルほどふっ飛んだ。

 廃屋の壁にぶつかった青年の体は、人形のように崩れおちた。


「キサマっ!」


 それを目にした背が高い青年が、やはりボウガン型兵器を俺に向ける。

 それまで黙って事の成りゆきを見ていた年長の青年が腕を振り、その兵器を下から跳ねあげた。


「なっ、なにをっ!?」


 背の高い青年が、思わずもう一人を見る。

 そこには冷たい視線があった。


「しっ、失礼しました、大尉!」


 どうやら「大尉」と呼ばれた青年が一番高い階級らしい。

 やはり、彼らは軍隊として組織されているのだろう。

 俺が聞いている言葉は、多言語理解の指輪が翻訳したものだから、実際にはいくらか違いはあるんだろうけどね。


「部下がいきなり失礼した。

 私はイスタニア軍大尉ヴァルムだ。

 君は、本当にこの遺跡から?」


「ええ、そうですが」


「そうか。

 言い伝えによると、この遺跡の向こうには別の世界があり、そこには巨大な黒い悪魔が棲むと言われているんだ」


 ああ、もしかすると、あの巨大なカニのことかな。


「かつては挑んだ者がいたらしいのだが、誰も帰ってこなかった。

 ここは『黒き悪魔の遺跡』と言われている」


 さっきのような武器では、あのカニには通用しないだろうからね。


「君は、どうやって悪魔に対処したのかな?」


 青年の鋭い目は、俺の目から離れない。

 どうやら、こいつは要注意人物らしい。 

 

「俺がそこを通るとき、ちょうどその悪魔とやらは散歩にでも出かけていたみたいですよ」


 俺の説明を聞き、しばらく黙っていた青年がこう言った。


「イスタニアへようこそ。

 ただ、現在この国は、隣国と戦争中だ。

 もてなしてやることはできない。

 とにかく、我々についてきてほしい」


 彼は背負っていたバッグから小さなビンを取りだすと、そのキャップを外し、倒れている小柄な青年の顔に近づけた。


「ゲホッ、い、痛えっ!

 な、なにがあった!?」


 騒ぎだした小柄な兵士の目を、ヴァルムが覗きこんだ。


「た、大尉殿!」


「ドマラ、お前が上官の命令を聞かぬのは、これが初めてではない。

 今回の事は、軍法会議にかける」


「ひ、ひいいっ!

 こ、今回だけはお許しを!」


「お前からその言葉を聞くのは二度目だ。

 マレン、こいつを引ったてろ!」


「はっ!」


 マレンと呼ばれた長身の青年が、廃墟の壁にもたれている小柄な兵士を立たせ、彼に肩を貸した。


「引きあげるぞ。

 ああ、君も一緒に来てもらえるかな?」


「分かった。

 俺はシロー、冒険者だ」


「ボウケンシャか……」


 ヴァルム大尉は、その言葉を知らないようだった。

 三人の後を追い、俺は廃墟の中を歩きだした。 

     

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