第9話 ダンジョンと冒険者(4)


 壁に開いた穴から溢れだしたゴブリンは、広い洞窟の三分の一を占めるほどになった。

 数体のゴブリンが、ゆっくり冒険者の円陣に近づいてくる。


「キーッ、キキキッ!」

「キッ、キキキッ!」

「キキキッ!」


 ゴブリンが言葉のようなものを口にした。

 それに続いた黄騎士と緑騎士の言葉が、冒険者たちを驚かせた。


「私たちのこと、獲物だって言ってる!」

「うまそうだって!」


 どうやら、『言霊ことだま使い』として覚醒した二人は、ゴブリンの言葉が理解できるらしい。

 

 冒険者たちに、三体のゴブリンが飛びかかった。

 さすがはベテラン冒険者たちだ。一体は弓、一体は魔術、一体は剣により、ゴブリンが地面に倒れる。

 そのうち、弓と剣によって倒された二体は、ゆっくり地面に溶けていく。

 これは、ダンジョンでモンスターが死んだときの特徴だ。


 火魔術に胸から肩にかけ焼かれた、三体目のゴブリンが叫び声をあげた。


「キキキキキーッ!」


 その声が断末魔だったようで、倒れたゴブリンの体が地面へ消えていく。

 悪い事に、その叫びは壁際にいたゴブリンたちの注意を引いたようだ。

 血走った眼をしたゴブリンが、わらわらと冒険者の方へ向かってきた。


「みなさん、気をつけてっ!

 こいつら、私たちを殺す気よっ!」


 ゴブリンの言葉を聞きとった緑騎士が、大声を上げる。

 遠距離攻撃の手段を持つ冒険者から、矢や火の玉がゴブリンに降りそそぐ。

 多数のゴブリンが、それにより地面に倒れふす。

 しかし、なにぶんゴブリンは数が多かった。

 前列の仲間が倒されたというのに、恐怖心がないのか、その目をぎらつかせ、冒険者たちに近づいてくる。


 さらに悪い事に、集団後方に位置するゴブリン数体が、杖のようなものを振りかざした。


「気をつけてっ!

 ゴブリンメイジよ!

 魔術攻撃が来るわっ!」


 ローブ姿の女性冒険者がそう呼びかけると、大型の盾を持ったタンク役の冒険者が四人、円陣の前に並ぶ。

 彼らは自分たちが持つ盾を合わせ、大きな一枚の壁を作った。

 ゴブリンメイジが唱えた火魔術の火球が、その壁に次々とぶつかる。

 壁は見事にそれを弾きかえした。

 

 ところが、壁役の冒険者が次の動きに移る前に、ゴブリンの群れが盾にぶつかった。

 

「ぬおおっ!」

「ぐうっ!」

「押しかえせっ!」


 盾を構えた冒険者たちが姿勢を低くし、ゴブリンの群れから加えられる圧力に耐える。

 しかし、数の力は圧倒的で、盾で作られた壁はずるずる後退しはじめた。

 

 近接戦闘役の冒険者たちは、盾の脇から突っこんできたゴブリンへの対処に追われている。

 新米冒険者パーティである『星の卵』と『プリンスの騎士』への守りが手薄になる。

 三体のゴブリンが仲間の体をジャンプ台にし、盾を跳びこえ冒険者たちの円陣中央へ踊りこんだ。


「キキキキキーッ!」

「キッキャッ!」

「キキッキ!」


 不意を突かれた冒険者たちに動揺が走る。

 一体のゴブリンは、狙いすましたように、新米冒険者リンド少年に襲いかかった。

 

「ひいっ!」


 ゴブリンの棍棒で短剣を弾きとばされ、リンドが悲鳴を上げる。

 再び振りあげられた棍棒は、地面に腰を落とした彼の頭めがけ振りおろされた。


 ドンっ!


 棍棒がリンドの頭を砕く前に、ゴブリンの体がくの字に折れまがり、地面に叩きつけられた。


「グキキキ……」


 すかさず、スタンが剣をゴブリンの胸に突きさした。

 ゴブリンが動きをとめる。


「あ、ありがとう!」


 リンドがお礼を言った相手は、ちょうど回しげりの足を引っこめた白騎士だった。


「うふっ、どういたしまして ♡」


 男らしい白騎士に色っぽくウインクされ、リンド少年が青くなっている。

 

 パンっ!


 魔法使いの少女スノーに短剣で切りかかった、もう一体のゴブリンが、破裂音に続きゆっくり地面に倒れる。その額中央には、小さな穴が開いていた。

 長い銃身の黒い銃を手にした黒騎士が形のいい唇を丸め、銃口からたち昇る煙をフッと吹きはらった。

 この銃は、昨夜のうちにシローが作ってくれたものだ。

 弾丸には、黒騎士自身の魔力が使われている。

 これが『銃士』としてのスキルだ。


 ナイフを持った三体目のゴブリンが、恐怖に足がすくみ動けなくなった桃騎士に襲いかかる。

 

「「停まれっ!」」


 黄騎士と緑騎士が声を合わせる。

 ゴブリンに人間の言葉が分かるとは思えないが、なぜか襲いかかった個体は足をピタリと停めた。

 ゴブリンの表情が驚愕に歪んでいるのを見ると、そいつの意思で足を停めたのではないようだ。

 黄緑騎士の職業『言霊使い』に備わったスキルがもたらした効果だ。

 

 ガンっ!


 丸太のようなマックの腕がラリアットの要領で、つっ立っているゴブリンの首辺りにぶつかる。

 ゴブリンが縦に回転しながら円陣の外へふっ飛んでいったのを見ても、その威力が想像できた。  

   

「おい、大丈夫か?」


 マックが力こぶを誇示するポーズで桃騎士に話かける。


「だ、だ、大丈夫っ!」


 気丈に答えた桃騎士だが、その声は震えていた。


「しかし、このままじゃまずいな」 


 マックは、壁が崩れおちたことで現れた、通路の入り口を見ている。

 そこからは、先ほどにも増した勢いで、ゴブリンが湧きだしてくる。


「撤退するぞ!

 盾役と銀ランク以上の剣士は、殿しんがりを頼むぞ!」


 マックの号令で、出口へ向け冒険者たちが駆けだす。

 

「おい、『星の卵』『プリンスの騎士』!

 お前ら、遅れるんじゃねえぞ!」


 盾役と数人の冒険者が、ゴブリンの群れを食いとめる。

 それができたのは、ほんの十秒ほどだったが、新米冒険者が部屋の外へ逃げだす時間稼ぎには十分だった。


「合図するから準備してっ!」


 髪を頭の上でまとめた女性冒険者が弓を構え、盾役に向け叫ぶ。 

 

「三、二、一、今よっ!」


 四人の盾役と、その両脇でゴブリンを食いとめていた冒険者が一斉に駆けだした。

 ゴブリンの群れが、それを追いかけようとする。

 女性冒険者が、先端に筒のような魔道具を着けた矢を放った。

 矢は、ゴブリンの群れより少し手前の地面に突きささる。


 バーンッ!


 その瞬間、激しい光と破裂音が洞窟を満たした。

 ゴブリンたちは、それにより視覚と聴覚を奪われ、動きを停めた。

 残った冒険者たちが、すでに洞窟の外へ退避した仲間を追い、通路に駆けこんだ。

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