第3話 任命と覚醒


「どうぞ、みなさんのお部屋はこちらでございます」


 五人の騎士が初老の侍従に案内されたのは、広い共有部分を持つ続き部屋スイートだった。

 ここは、回廊でお城と繋がる迎賓館の一室だ。


「「うわー、素敵ーっ!」」


 豪華ながらも落ちついた内装に、黄騎士、緑騎士姉妹は感動を露わにした。


「ホント、なんて素敵なの!

 まるで自分がお姫様になったみたい!」


 室内にある扉を開け、天蓋つきのベッドを見た白騎士が声を上げる。しかし、口ひげのある長身のイケメン男性が発したその言葉は、黒騎士を刺激したようだ。


「白騎士、不気味!」


「ちょ、ちょっとー!

 黒騎士~、それヒドくない?」


 涙目になった白騎士が抗議する。


「「やーい、不気味、不気味ー!」」


 黄騎士、緑騎士は容赦が無い。


「瀕死の白騎士に、愛の治癒魔法ほわほわ~ん♡」


 慰めようと唱えた桃騎士の呪文は、しかし、白騎士にとどめを刺した。

 彼は両手両膝を床に着いてしまった。


 彼女らの世話を言いつけられている、若いメイドが控えめに話しかける。


「あ、あのう、このお部屋は、プリンス・ショータが最初ここにいらっしゃった折に、ご宿泊されたお部屋です」


 まるでバネ仕掛けの人形みたいに、白騎士が床からぴょんと立ちあがる。


「プリンスが泊まった部屋ですって?!」


 その剣幕に押され、メイドがよろめき、後ろに倒れそうになる。

 それをさっと支える濃紺スーツの黒騎士。

 メイドはなぜか、顔をまっ赤に染め、ぺこぺこ頭を下げた。


「プリンスが泊まった部屋で寝られるなんて、私、もう死んでもいい……」


 天蓋を支えるベッドの柱に、白騎士がその男らしい手で抱きつく。


「「白騎士キモーイ!」」


 姉妹の口撃こうげきも、一人で悦に入っている白騎士には利かないようだ。


「入浴は、大浴場とこちらにあります浴室、どちらもご利用できます」


 先ほどのメイドは頬をピンク色に染め、黒騎士の方をチラチラ見ながら、部屋の使い方を説明している。


 五人は、黄騎士と緑騎士、黒騎士と桃騎士、白騎士で各寝室に分かれた。


 ◇


 翌日の朝、迎賓館のスイートは朝から騒々しかった。


「私の純潔を返してーっ!」


「「白騎士、うるさい!」」


 白騎士が騒いでいるのは、昨日入浴中にメイドが浴室に入ってきて、彼の身体を洗うという事件があったからだ。


「郷に入れば郷に従え」


 黒騎士が、ぼそりと言う。


「大の大人が、裸を見られたくらいでみっともない!」


 顔に白いパックをつけたままの桃騎士が、白騎士を叱る。


「ううう……」


 優しくない仲間たちに囲まれ、椅子に腰を落とした白騎士は悔し涙を流す。口にくわえた白いハンカチを手で引っぱっている。

 

 その時、風鈴が鳴るような音がして部屋の扉が開いた。昨夜白騎士を洗ったメイドがワゴンに朝食を載せ入ってきた。

 恨めし気に見つめる白騎士をものともせず、彼女は仲間のメイド四人と朝食のセッティングを終えると、礼をして後ろに下がった。

 騎士の斜め後ろにメイドが一人ずつ立っているのは、賓客に何か用があればすぐ動けるよう待機しているのだろう。

 

 騎士たちは気まずいまま朝食を終えると、白いローブを着た初老の男性に案内され、石を磨きあげた長い通路を歩き、大きな扉の前までやって来た。

 そこには、銀色の鎧を着けた二人の騎士が、槍を手に立っている。

 白ローブの男が二人に話しかけると、彼らはそれぞれがノブを握り、大きな扉を手前に引いた。


 中には中世風の衣装で着飾った貴族たちが立ちならんでおり、部屋の奥にある玉座には、長い漆黒の髪を持つ、美しい娘が座っていた。それは騎士たちが昨日会った、女王だった。

   

 白ローブに導かれ、五人の騎士は玉座の前にひざまずく。

 

おもてを上げよ」


 玉座の斜め後ろに立つ、白銀の鎧を身に着けた長身の騎士が声を掛けた。

 五人が少しだけ顔を上げる。

 女王陛下が手を振ると、白銀の騎士が羊皮紙のようなものを顔の前に掲げた。


「異世界から来たこの五名を、プリンス・ショータの騎士に任ずる」


「「「おおおっ!」」」


 貴族たちから、歓声が上がる。

 女王陛下が右手を小さく上げると、その声がピタッと止んだ。


「続いて、『水盤の儀』を執りおこなう。

 ハートン、これへ」


 女王陛下の一声で、黒ローブを着た丸っこい体型の男性が、水を湛えた浅いタライのような金属器を掲げ、玉座の前に出てきた。

 

「どうぞ、水盤に手をかざしてください」


 黒ローブの男性に促され、白騎士が水盤の上に手をかざす。

 水盤がぼうっと白く輝き、空中に光る文字が浮かびあがった。 

 

「『拳闘士』でございます」


 次に、黄騎士、緑騎士が二人同時に手をかざす。


「こ、これは……お二人とも『言霊ことだま使い』です。

 恐らく、初めての職業かと」


 貴族たちが、どよめく。

 続けて黒騎士が手をかざす。


「『銃士』……これも初めての職業です」


 桃騎士が水盤に近づく、しかし、それを黒ローブの男が制止しようとした。


「あっ!

 あなたは『水盤の儀』の適応年齢を過ぎているかと」


「な、なんですって!」


 桃騎士が目くじらを立てる。


「ぷっ」


 白騎士が思わず吹きだした。

 

「不謹慎!」


 すかさず黒騎士が白騎士を咎める。


「私は永遠の十六歳よっ!」


 叫んだ桃騎士が、強引に水盤へ手を伸ばす。

 それは、今までにない強い光を放った。


「こ、これは……どうしたことでしょう!?

 で、『電魔士でんまし』です。

 これも初めての職業です」


 そう言った黒ローブは、呆れたような顔をしている。

 貴族たちも、ざわざわと騒ぎだした。


「どういうことだ?!」


 女王陛下も、『水盤の儀』における常識を超えた桃騎士を、驚いた顔で見ている。


「さすがシロー殿のご友人だ。

 まさか、五人のうち四人までが新しい職業に覚醒するとは……」


 五人を案内した白ローブの男性が、感心したような声でそう言った。


「レダーマン、祝いの宴を用意せい」


「ははっ!」


 女王陛下の言葉に白銀の騎士が答える。


 こうして五人は名実ともにプリンスの騎士となり、それぞれが新しい職業に覚醒した。


 ◇


 女王と貴族たちを驚かせた『水盤の儀』の翌日。


 プリンスと五人の騎士は、城下町を歩いていた。 

 形を揃えた家々が、石畳の道を挟んで並んでいる。


「スイスみたいだね!」

「ホント!」


 親の仕事で、スイスに住んだことがある黄騎士、緑騎士が美しい街並みを眺め、そんなことを話している。

 

 道行く人々が足を停め、プリンスを見ている。


「きゃーっ!

 プリンスよ!」

「なんて素敵なのっ!」

「私、ホンモノ初めて見た!

 絵と銅像でしか見たことなかったの」


 その声を聞いた白騎士が微笑んでいる。


「さすが、私のプリンスね。

 異世界でも凄い人気だわ!」


「あんたのプリンスじゃない!」

 

 黒騎士がすかさず突っこむ。


「なに、このいい匂い?」


 桃騎士は、そんな騒ぎより、お腹具合が気になるようだ。


「いい匂いでしょ!

 ここ『カラス亭』って言うの。

 今日はこのお店で食事だよ」


 プリンスが指さしたのは、外から見ただけでは何のお店か分からない、二階建ての木造家屋だった。

 

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