第5話 魔術師の誕生

 次の日、すごく嬉しいことがあった。

 やっとボクのローブが届いたんだ。

 ローブ自体は学校に入る前にできていたんだけど、シローさんがそれにいろんな仕掛けをつけてくれたらしい。

 ヒーローからのプレゼントに、ボクは舞いあがってしまった。

 それだからか、授業で大変な失敗をすることになる。


「今日の授業は、風魔術です。

 エルフが得意な魔術として有名な風魔術ですが、人族でもこのように唱えることができます」


 若い女の先生が呪文を唱え、木の棒をすっと振ると、彼女の前に置いてあった紙が宙に浮きあがった。

 正方形の紙は、一度四つに折った後、開いてある。

 そのまん中に、金属のリングが糸で吊るしてあった。


 先生の紙はふわふわ浮くと、ぶら下がった金属リングが机から離れた。パラシュートみたいだね。

 みんなから、すごい拍手が湧く。


「カーラ先生、凄いわ!」


 ドロシーが両手を胸の前で合わせ、キラキラした目で浮いた紙を見ている。


「では、みなさんも、やってみなさい」


 先生は、一人一人に金属リングがぶら下がった紙を配った。


「よーし、今日こそドロシーに負けないんだから」


 気合を入れるためか、ジーナはポニーテールを結びなおしている。

 そして、ボクは机の上に置かれた紙を前に困っていた。

 こんな小さなものを浮かせた経験がなかったからだ。

 ボクに魔術を教えてくれた先生が最初の練習用に渡してくれたのは、金属製のバケツだったしね。

 こんな小さなものを、うまく浮かせることができるだろうか。


「風の力、我に従え」


 集まってくる緑色のマナをコントロールし、細く細く絞った。

 それを小さな点のようにして、机の上に置いた紙の下で魔力として解放した。


 ブウォンッ


 はっと気がつくと、ボクは教室の後ろの壁まで飛ばされていた。

 ボクが壁に衝突しなかったのは、シローさんがローブに付けておいてくれた仕掛けのおかげだろう。

 広がったローブのクッションに、ぱふんと受けとめられたからね。


 教室を見まわすと、教科書や机が吹きとんで、大変な事になっていた。

 後で気がついたのだけど、マナを絞ったのがいけなかったみたい。

 風魔術とマナの関係が一つ分かったのはいいけど、みんなの授業がムチャクチャになってしまった。

 ボクは、とても暗い気持ちになった。


 ◇


 その日の放課後、ボクは学院長室に呼ばれた。

 部屋には、担任のマチルダ先生、白ひげの学院長、それからシローさんがいた。


「ショータ、頑張ってるみたいだね」


 シローさんは、少しも怒っていなかった。


「でも、シローさん、ボク、いっぱい失敗しちゃって……」


 ボクは思わず涙が出そうになった。


「ショータ、君は俺が特別な魔法を使えると知ってるだろう?」


「はい、知っています」


「その魔法を最初から上手く使いこなせていたと思うかい?」


「よ、よく分かりません」


「そりゃ、酷いものだったよ。

 何度も失敗してね。

 危うく死にかけたこともあるんだ」


「えっ!?」


「だから、君は魔術を使うのを恐れてはいけないよ。

 君がここにいるのは、持ち前の強い魔力をコントロールするのが目的だろう?

 当然、失敗することもあるだろう。

 クラスの迷惑になる事もあるかもしれない。

 だけど、魔術を使いこなせるようになった時、君は多くの人を救うだろう」


 マチルダ先生と学院長も、横で頷いている。


「失敗を恐れない事。

 失敗を後悔しないこと。

 そこから学んで前に進むこと。

 これは、魔法とつきあってきて、俺が感じてることだよ」


 シローさんは凄い人なのに、ボクと同じ目線で考えてくれている。

 ボクは涙が止まらなかった。


「君の担任になれて、私は光栄だわ」


 マチルダ先生が、ボクに微笑みかける。


「ふぉふぉふぉ、この学園から偉大な魔術師が誕生しそうじゃの。

 楽しみじゃわい」


 学院長が笑っている。

 シローさんが立ちあがり、ボクを抱きしめてくれた。

 ボクは、絶対凄い魔術師になってやる。

 きっとこの日が、魔術師としてのボクが生まれた日だったと思う。

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