第2話 マナと魔術

「今日は、転入生のショータ君もいることだし、魔術の基礎について、もう一度おさらいしておきましょう」


 学院で受ける初めての魔術授業は、マチルダ先生のそんな言葉で始まった。


「私たちは、何もないところから魔術を生みだすわけではありません。

 魔術を唱えるとき、魔術師は空気中にある不思議なエネルギーをつかいます。

 メイベルさん、それは何ですか?」


「はい! 

 マナです」


 ブロンドを頭の両脇でドリルのような形にしている女の子が元気よく答えた。


「そう、空中に漂うそのマナをつかって魔術を唱えます。

 各属性の魔術によって、マナには様々なものがあると仮定されていますが、今のところ、その研究は進んでいません」


 先生は、教室をぐるりと見まわした。


「いつかこの学校から、その謎を解明する人が現れて欲しいと願っています」


「マチルダ姉さん、だけど、ヴォーモーン大先生は、それについて書物を残してるんだろう?」


 教室の一番後ろに座ったヒゲの男性が、太い声でそう尋ねた。どう見ても二十才より若くはないだろう。

 教室がざわつく。


「ペータ君、確かに彼は偉大な魔術師でしたが、その危険性から、彼の本は全て禁書となっています。

 だから、本はあっても研究には使えません。

 私は、君たちが自分の力で魔術の謎に挑戦してくれることを期待しています」


 マチルダ先生の言葉で、教室のざわめきは収まった。

 初めての魔術授業は、なかなか刺激的だった。


 ◇


 休み時間になると、女の人や女の子が、ボクの周りに集まってきた。

 なぜか男の子は集まってこない。これも地球にいた時と同じだね。


「ねえねえ、ショータは、どんな所から来たの?」


「『学園都市世界』だけど」


 本当は『地球世界』なんだけど、ボクはお城でお姉ちゃんから言われた通りに答えた。


「だからー、『学園都市世界』のどこ?」


 ボクと同い年くらいの女の子が、目をキラキラさせて尋ねてくる。

 よっぽど『学園都市世界』に興味があるんだろうな。

 でも、その辺を追及されると困るから、ボクは黙っていた。


「そんなの、どこでもいいよね、ショータ君」


 ボクのお姉ちゃんくらいの年齢かな。胸の大きな女性が耳元で囁く。耳がこそばゆいなあ。


「ねえ、お姉さんがとっても素敵なお店を教えてあげるから、放課後そこに行ってみない?」


「ありがとう。

 でも、家の都合で、すぐに帰らないといけないんだ」


 この辺は、ルイから教わった通り答える。


「ねえ、ルイ先輩とどういった関係なの?」


 これは髪をポニーテールにした、そばかすがある女の子からの質問だね。


「親戚なんだ」


 これも打ちあわせ通りに答える。


「えっ! 

 すごい!

 あの名門と親戚なんて。

 ルイ先輩のおじさんって、宮廷魔術師で一番偉い人なんでしょ」


 へえ、そうか。ルイさんのおじさんって、ハートンさんだったのか。

 ハートンさんは、ボクが魔術師に覚醒するのを手助けしてくれた人なんだ。


「ジーナ! 

 プライバシーの詮索はほどほどにね」


 そう言ったのは、眼鏡を掛けた、やや濃い茶髪の少女だった。


「うるさいわね、ドロシー! 

 魔術委員だからって威張らないでよね!」


「もう一度言ってごらん!」


 二人は、今にも殴りあいを始めそうだ。すごい顔でにらみ合っている。


「ショータちゃんは、あんなおバカな人たちと遊んじゃ駄目ですよ~」


 さっき、誘ってきたお姉さんが、そう言った。


「「なんですって!」」


 たった今までいがみ合っていた二人が、お姉さんの方を睨んでいる。

 その時、若い男の先生が入ってきて、皆は席に着いた。


 ◇


「さて、それでは水魔術の授業を始めるよ。

 みなさん実技棟に移動してください」


 顔立ちが整った若い先生は、そういう言葉で授業を始めた。

 ボクたちは先生に連れられ、校舎の横に立つ実技棟に来ている。

 実技棟の広さは、地球世界にある学校の体育館と同じくらいだ。

 下がフローリングじゃなくて、地面がむき出しになってる所が違うかな。


「君たちが知ってのとおり、水魔術は、水の形成と移動、温度変化をつかさどる技だ」


 先生は、手に持った木の棒を振ると呪文を唱えた。


「水の力、我に従え」


 その言葉に答えるように、空中に水玉ができた。大きさは、野球のボールくらいだ。先生が振る棒の動きに合わせ、その水玉は彼の周囲をくるくる回った。

 生徒たちから歓声が上がる。


「セラス先生の水魔術、やっぱり凄いわね!」


 皆は感心したようにそれを見ていたけど、ボクには、ちょっと理解できなかった。

 だって、ボクが魔術の基礎を教えてもらったピエロッティ先生は、バスケットボールより大きな水玉を自由自在に操っていたんだから。

 本当にあれが凄いなら、ピエロッティ先生はとんでもない魔術の使い手だということになる。


「今日は、このサイズの水玉を操れることを目標にしよう」


 先生は、何かで造った丸い玉を出した。それは、ピンポン玉くらいの大きさだった。


「うわー、そんなの無理に決まってる!」

「先生、それ、大きすぎます!」

「いくら何でも、あの大きさは……」


 生徒たちは、先生の提案は無理だと考えているみたい。


「ちょっと待ちなさい、君たち。

 魔術には、理論上限界はないんだよ。

 例えレベル1でも、ゴブリンキングだって倒せるかもしれないんだ」


 へえ、ゴブリンキングって、そんなに強いのか。

 ボクが尊敬する人が、倒したことがあるそうだけど。

 その時、先生とボクの目が合った。


「おや?

 君は見たことがない生徒だね。

 学園長が話していた留学生かな?」


「はい。

 ショータです。

 学園都市世界から来ました」


「では、ショータ。

 君、水玉作りをやってみせてくれるかな?」


 うーん、どうしよう。なんか難しそうだな。

 だって、最近あんな小さな水玉作ってないからなあ。


「杖やワンドが使いたかったら、使ってもいいよ」


 杖やワンドは、魔術を安定させるからね。

 ただ、ボクに教えてくれた先生も、ボクが尊敬する人も、そういった道具は使わないから、ボクも使ったことがないんだ。


「いえ、このままでやってみます」


 ボクは、水魔術の最も基本的な呪文を唱えた。


「水の力、我に従え」


 ボクの周りに青いマナが集まってくる。これが水のマナだ。

 ボクには、マナが見えるんだよ。


 空中にピンポン玉くらいの水玉が現れる。でも、なかなか安定してくれない。

 すぐに大きくなりそうだから、小さなままにしておくのが大変なんだ。

 水玉はプルプルしながらも、ボクの周りを回転した。


 皆がシーンとしている。あれ? いったい、どうしちゃったの? 

 セラス先生も黙っているから、ボクは水玉を消した。

 先生の方を見ると、目を大きく見開いて、すごく驚いた顔をしていた。


「き、君! 

 今の、いったいどうなってる?!」


 ボクは先生の言っていることが理解できなかった。

 なぜなら、先生がやったようにマネただけだから。

 ボクが答えられないでいると、教室が次第にざわつき始めた。


「ショータ君、凄い!」

「魔術の天才だ!」

「ルイ先輩より凄いんじゃない!?」


 そういう声が上がったけど、ボクはますます理解できなかった。

 その後、クラスのみんなが水玉を作っていたけど、例の眼鏡をかけた女の子が、ピンポン玉くらいの水玉が作れたぐらいで、他の人は、パチンコ玉くらいの水玉が多かった。

 その上、みんな水玉が上手く操れないようだ。眼鏡の女の子も、せいぜいゆっくり上下させるくらいしかできなかった。


「ねえねえ、ショータ。

 私に水玉の作り方を教えてくれる?」


 ボクが手持ち無沙汰で立っていると、ポニーテールのジーナって娘が話しかけてきた。


「そうだね。

 水玉をはっきり思いうかべるといいよ」


「そんな説明じゃ分かんな~い、もっと丁寧に説明してくれないと」


 そう言うと、ジーナはボクの体にしなだれかかった。


「あんた! 

 またやってんの!」


 眼鏡の少女が、近づいてくる。


「あんたは、水玉作り上手なんだから、こっちに来ないの、ドロシー!」

「ショータ君、そんなヤツに教えちゃダメよ!」


 二人とも、顔が近いよ!


「ショータ、私にも水玉づくり教えて~」


 急に後ろから抱きしめられたと思ったら、例のお姉さんだった。

 大きな胸が、ムニムニとボクの背中に当たってる。


「ショータが、このララーナお姉ちゃんに水玉づくり教えてくれたら、かわりにイイコト教えちゃうぞー」


 ララーナと名乗った女の人はニヤニヤ笑うと、さらに抱きつこうとする。

 ボクは、風魔術を使って彼女の腕から逃れた。


「あれっ?」


 ララーナさんは、どうやってボクが腕の中から逃げたのか不思議だったみたい。

 さすがに見かねたのか、何人かの男子がこっちへ来てくれて、その後は特に何も起こらず授業が終わった。

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