第72話 報酬と感謝(1)



 アリストに帰ると家族会議を開き、エルファリアであったことを報告した。 


「シロー、コリーダとの婚礼があったなら、私たちを呼んでくれたらよかったのに」


 珍しくルルが頬を膨らせている。

 俺がめったに見られないその表情に見入っていると、後ろ頭をパシンと叩かれた。


「全く、シローは!

 ルルの言う通りよ」 

 

 コルナもご立腹のようだ。いつもは俺を「お兄ちゃん」って呼んでるからね。


「ごめんよ。

 突然決まったことで、式が始まるまで知らなかったんだ」


「本当よ、父がサプライズのつもりでやったんでしょう」


 コリーダが取りなしてくれる。


「三人で改めて式を挙げましょう」


 彼女の言葉に、ルルとコルナは赤くなり黙ってしまった。


「シロー、聖樹様から預かった褒美とは何でしたかな?」


「リーヴァスさん、これです」


 俺は神樹の種をテーブルの上に出す。


「ほう!

 神樹の種ですか」


「ええ、一万個ほど頂きました」


「い、一万……」


 さすがのリーヴァスさんも呆れている。


「俺は、これを持ってマスケドニア王の所へお礼に行ってきます」


「そうですな。

 では、ルル、シローについて行きなさい」


「はい、おじい様」


「獣人世界へも行く予定ですかな?」


「ええ、その予定です」


「では、そちらはコルナが一緒なさい」


「はい、おじい様」


 こうして、俺のお礼旅行が始まった。


 ◇


 俺とルルは、点ちゃん3号、つまりクルーザーでサザール湖を走っている。

 マスケドニアへの船旅はルルが希望した。

 今回は、俺とルルだけの旅行だ。白猫は一緒だけどね。


 俺とルルは船の甲板に出て、風防の後ろに座っている。

 

「風が気持ちいい……」


 ブロンドの髪をなびかせながらルルが目を細めている。

 絵になる光景だなあ。

 おれは、点ちゃん写真に彼女の姿を納めておく。

 いつかレガルスさんに見せてあげよう。


「そういえば、ルルと二人だけでって久しぶりだね」


「今はナルとメルがいますから」


「二人はずい分しっかりしてきたから、時々こうして旅行しようね」


「シロー、いいんですか?」


「いいに決まってるよ。

 ルルには、いつも感謝してる」


「そ、それは――」


「みんなは俺が世界を救ったように言うけど、ルルがいなければ俺は何もできなかったんだから、君のおかげだと思ってる」


「シロー」


 俺とルルの顔が近づく。


「おーい、ボー!」


 えっ? 何?


 日が翳ったので見上げると、巨大な帆船の舷側から身を乗りだした加藤がいた。

 

「か、加藤!?

 なんでこんなとこにいるんだ?」


「見慣れない船が高速でマスケドニアに近づいているってんで、警戒してたんだ」


 全く、いいムードを台無しにしてくれるよ、オマエは。


「しかし、でかい船だな」


「ああ、今回の戦役には間に合わなかったが、大量の兵を送れるよう陛下が建造を命じたんだ」


「なるほど」


「陛下に謁見するんだろ?」


「ああ、戦役で助力してもらったお礼も言わなくちゃな」


「だけど、あれって世界群のためだったんだろう。

 お礼が必要か?」


 加藤らしい、ざっくばらんな考えだな。


「まあ、それでもお礼は必要なんだよ」


「お前がそう言うならそうなんだろう。

 じゃ、俺もそっちに乗っていいか?」


「うーん、そうだなあ……」


「加藤さん、こんにちは」


「やあ、ルルさん。

 そっちに乗ってもいいですか?」


「どうぞ」


 くそう、加藤め。

 せっかくルルと二人きりだったのに。


 ◇


「救世の英雄殿!」


 王宮に入り、アリスト王が俺の顔を見た途端、これだよ。

 もう、嫌になるよね。


「陛下、俺の事は今まで通り、シローでお願いします」


「そうか?

 なるべくそうするが、思わず英雄と呼んでしまったら許してくれ」


 勘弁してください。


「シロー殿、いらっしゃい。

 女王陛下から、用件はうかがっております。

 さあ、こちらへ」


 幸い、軍師ショーカが俺とルルを手際よく案内してくれる。 

 俺たちは、初めての部屋に入った。

 その部屋は、質素を旨としたマスケドニア王宮らしからぬ豪華な内装だった。

 金や銀がふんだんに使ってあり、美しい絵画や置物で贅を尽くした部屋だった。


「ショーカさん、この部屋は?」


「ああ、陛下が英雄専用の部屋ということで用意されたんだ」


 おいおい、何してる。


 俺は気疲れから、ノロノロとソファーに座る。

 そのソファーは、心憎い程ふわふわだった。


「シロー、大丈夫ですか?」


 ルルが心配するほど疲れた顔をしていたらしい。

 

「だ、大丈夫だよ、ルル」


 俺は空元気で背筋を伸ばした。


 俺たちが座るソファーの前には、普通のソファーがあり、そこに陛下、ショーカ、加藤が並んだ。


「英雄殿――」


 とりあえず、マスケドニア王の言葉を絶ちきっておく。


「陛下、この度は『神樹戦役』へのご助力、かたじけない」


「なんの。

 世界群の大事です。

 こちらから喜んで参加させてもらいました」


 う~ん、どうも言葉遣いが今までと違うなあ。


「陛下、どうか俺と話すときは今まで通りでお願いします。

 ところで、今回は聖樹様からもお礼を頂いております」


「ほう!

 聖樹様からのお礼とな!」


「はい、これをご覧ください」


 俺は低いテーブルの上に神樹の種を出した。


「これは?」


「神樹の種です」


「「「えっ!」」」


 陛下、ショーカ、加藤が声を上げる。


「この度、戦役に参加した全ての兵士に一つずつこの種を頂きました」


「なんと……」


 マスケドニア王が絶句している。


「しかし、シロー殿、戦役には我が国からだけでも五千の兵士が参加したのですよ」


 ショーカの疑問は当然だろう。


「はい、だから神樹の種も五千個以上持ってきております」


「な、なんと……」


 今度はショーカが言葉を失う。


「陛下の手から、一人ずつ渡していただくのが一番よいかと思います」


「……うむ、そうじゃな。

 一人一人が救世の英雄だからのう」


 陛下は整った顔でしきりに頷いている。

 

「シロー殿、聖樹様からのお礼ということは、とりあえず世界群の危機は去ったとみていいのだろうか?」


 さすが天才軍師、そこに気づいたか。


「ええ、まずそう考えて間違いないと思います。

 聖樹様からもそう伺っております」


「うむ、では、そのことはワシから神樹同盟の首脳に伝えておこう」


「陛下、よろしくお願いいたします」


「しかし、シロー殿よ。

 お主、最初にセンライの丘で会うてから、少しも態度が変わらぬの」


「ええと、そうでしょうか?」


「ルル殿、そなたの夫は素晴らしい男ぞ。

 ワシが女子おなごなら、やはりシローに惚れるわ、ははは」


「そ、それは俺ではなく加藤でしょう」


「俺?

 ボー、謙遜しすぎると嫌味だぞ」


 いや、ついこの前も、四人の女性が君を巡って争ってたでしょうが。


「とにかく、これから王宮に来た時は、この部屋を使うてくだされ。

 では、食事会まで失礼する」


 マスケドニア王とショーカは、部屋を出ていった。

 

「明日一日は、空けとけよ」


 加藤も、そんな言葉を残して去った。

 俺は嫌な予感がした。


『(・ω・) ふふふ、この国でも何か起きそうですね、ブランちゃん』 


『ミ~』(そうみたい)


 あれ、これってなんとなくブランの言ってること、俺、分かるんじゃない?

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