第46話 子竜の活躍(1)
エルフの王都と港町を結ぶモロー街道沿いにある、王族所有の屋敷。その建物の二階には夕食の後、入浴しているリーヴァスの姿があった。
彼の身体は若々しく、ひき締まった筋肉の束でできている。
無数に刻まれた古傷が、若き日の冒険を物語っていた。
窓を開け放っているから、心地よい風と虫の音が浴室に入ってくる。
広い風呂で体を伸ばすと、長旅の疲れが、湯に溶けだすような気がした。
突然、虫の音がやむ。
窓の外に意識を向けると、そこには、ただならぬ気配があった。
かなりの人数が、屋敷をとり囲んでいるようだ。
リーヴァスは、流れるような動作で浴室から出ると、服を身にまといながら、コリーダの部屋へ急いだ。
ノックもせず、いきなり部屋のドアを開ける。
「何かあったのですね」
コリーダの声に、リーヴァスが頷く。
「屋敷を囲まれているようです」
「何かお考えがありますか、おじい様」
「うむ、敵の数が分からねば、動きようもない」
リーヴァスだけなら、敵が何人いようとも何とかなるが、コリーダを守りながらとなると、そうはいかない。
コリーダの部屋は、二階にある。カーテンの隙間から外を覗くと、屋敷の外でチラチラ動く灯りが見えた。
「ふむ、少なくとも、百人はいるだろう」
リーヴァスは、いざとなったら血路を開き、コリーダだけは逃がそうと覚悟を決めた。
メイドを呼び、使用人を全て地下へ避難させる。
旅用の動きやすい服装に着替えたコリーダを連れ、リーヴァスは、ベランダから屋根へ出ようとした。
轟音と共に屋敷の門が打ちやぶられ、兵士が庭へなだれ込んできた。
「屋敷を照らせっ!」
魔道投光器が、外壁を照らす。
光の輪に、屋根の上にいるリーヴァスとコリーダの姿が浮かびあがった。
「いたぞ!
ヤツだ!
姫は、殺すなよ!」
大柄なエルフが声を上げる。
エルフ兵たちが、弓を構える。
さすがのリーヴァスも、顔色が青くなった。
その時だ。
「ぐわっ!」
「げっ!」
「ごっ!」
投光器を持つ兵士が、次々倒れていく。
「な、なんだっ!」
「分からないっ!
小さな、何かがいるぞ!」
「気をつけろっ!」
兵士たちが互いに注意を促したにもかかわらず、あっという間に全ての灯りが消えてしまった。
「がっ!」
「ぐっ!」
「うっ!」
闇の中、次々に兵士が倒れていく。
「引けっ!
一旦引いて、隊を立てなお、がっ!」
ついに隊を率いていた、大柄なエルフまで倒れた。
指揮官を失った隊は、闇の中で襲われる恐怖から、総崩れとなった。
悲鳴をあげ、武器すら捨てて兵士が逃げていく。
安全を確認した後、リーヴァスはコリーダを連れ、バルコニーから家の中へ戻り、そして階下に降りた。
二人が玄関ホールまでやってきた時、入り口のドアが勢いよく開いた。
そこにいたのは、二本足で立つ、熊とウサギのぬいぐるみだった。
◇
二匹のぬいぐるみは、それぞれ二本の足をちょこちょこと動かし、コリーダに駆けよる。
ぬいぐるみの小さな口が開くと、思いがけない声が聞こえた。
「マンマ!」
「マーマ!」
「あ、なたたたちっ!」
二匹のぬいぐるみを、コリーダが両腕ぎゅっと抱きしめる。
「コリーダ、そのぬいぐるみは?」
「おじい様、この二人は子竜です」
「なんと!」
「いったい、どうやってここまで来たのでしょう?
二人とも、助けてくれてありがとう!」
「マンマー」
「マーマー」
コリーダに頬ずりされて、ぬいぐるみが、ぴょんぴょんしている。
ケエエエッ
「ぬっ、なんだ?」
聞こえた何かの鳴き声に再び緊張を見せたリーヴァスが、開いた扉から玄関の外へ出ると、家の中から漏れる明かりに照らされ、ワイバーンの姿が浮かびあがった。
「おお、お主たちであったか」
ワイバーンは、それに頷くように、首を上下させている。
「真竜廟から『聖樹の島』まで、子竜たちがどうやって来たのか、それは分からぬが、そこからは、こやつらに乗ってきたのであろう」
「まあ、あなたたち、無茶したわね」
コリーダが、小さな熊とウサギの頭を撫でる。
「キャハハ」
「キャ、キャッ」
ぬいぐるみは、嬉しそうな声を上げた。
「これは人化の練習ですな。
どちらのぬいぐるみも、ナルとメルが持っているものと、寸分違いませんからな」
「まあまあ、がんばったのねえ」
コリーダの甘い声に、二匹のぬいぐるみが、お尻ごと、
「せっかくだから、彼らの好意に甘えますかな。
コリーダ、すぐに出発の用意をなさい。
ワイバーンに乗せてもらいましょう」
「分かりました、おじい様」
こうして、コリーダの子竜は母を救った。
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