第24話 ナルとメルの秘密作戦(中)



「あら、ナルちゃん、メルちゃん、久しぶりだねえ」


 竜人の街に姿を現したナルとメルは、ポンポコ商会ドラゴニア支店の前に来ていた。

 商会の向かいで商店を開いているおばさんが、声を掛けてきた。


「「こんにちはー!」」


「おや、ナルちゃんにメルちゃん、その子たちは?」


「友達です」


「また、えらくちっちゃな友達だねえ」


 おばさんが言っているのは、二人が連れている子供たちのことだ。

 三人とも、三、四才に見える。


「パーパを見ませんでしたか?」


「ああ、シローさんかい?

 十日ほど前になるかね。

 カトーのお兄ちゃんたちと来たよ」


「どこに行ったか知りませんか?」


「ああ、それは知らないね」


「ありがとう」


 ◇


 ナルとメルは、ポンポコ商会ドラゴニア支店の引き戸をからりと開けた。


「「こんにちはー!」」


「あれ?

 ナルちゃん、メルちゃん、こんにちは。

 よく来たね。

 お父さんは?」


 副店長のおじさんが、二人に尋ねる。


「パーパがどこに行ったか、知りませんか?」


「うーん、ちょっと分からないな。

 ちょっと待ってね。

 おーい、ネアさん、イオちゃん!」


 店の奥から、ネアとイオが出てくる。


「あっ、ナルちゃん、メルちゃん!」


 イオが二人に飛びつく。

 

「まあまあ、よく来たわねえ。

 お父さんは?

 それに、この子たちは?」


 ネアが、ナルとメルの頭を撫でながら尋ねる。


「この子たちは友達だよ。

 パーパがどこに行ったか、教えてください」


「ええと、リニアさんとエンデさんが帰ってこないからそれを探しに……ああ、そうそう、お役所に行きましたよ」


「お役所ですか?」


「そうなの。

 でも、もう十日も前だから……。

 二人とも、ルルお母さんは?」


「うーん、お役所は、どこですか?」


「お母さんが来るまで、ここにいるといいよ。

 イオ、みなさんにクッキーとお茶を出してあげて。

 お茶は、ちゃんと冷ましてから出すのよ」


「はーい!」


 イオが、ナル、メルと三人の子供を連れ、店の奥に入っていく。

 ネアは、それで安心し店の仕事に戻った。


 ◇


「ふーん、じゃあ、お兄ちゃんは、リニアさんたちを探しに、どこかに行ったのね?」


「そうだよ。

 私たち『ちいドラ隊』は、パーパを見つける依頼を受けているの」


 ナルは、父親がいつもギルドで依頼を受け、仕事しているのを知っていた。


「へえ、誰から依頼を受けたの?」


「え、えーとね……メルからよ?」


 イオの質問に、ナルは何とか答えることができたようだ。

 

「えっ?

 メルちゃんが依頼を出したの?」


「んー、メルは、お姉ちゃんからイライをもらったの」


「うーん、よく分からないけど、とにかくシローお兄ちゃんを探せばいいのね?」


「「そうだよ」」


「面白そうね。

 じゃ、私も、そのなんとか隊に入る!」


「なんとか隊じゃなくて、『ちいドラ隊』だよ」


「うん、それに入る!」


「「いいよー!」」


「じゃ、まずお役所に行ってみよう!」 


「「おー!」」


「イオちゃん、これは秘密任務だから、ネアさんにバレちゃだめだよ」


「えっ!

 秘密任務か。

 なんかワクワクするね!」


「「わくわくー!」」


「ふふ、私に任せて」


 ネアは、子供たちがそんな企みをしているなどと夢にも思わないから、彼女たちがいなくなったのに気づいたのは、お店を閉める時だった。


「イオ!?

 ナルちゃん!

 メルちゃん!

 ああ、どうしましょう!

 いったい、どこに行っちゃったのかしら、あの子たち」


 天竜からの加護があるとはいえ、まだ年端もいかない女の子たちだ。

 ネアが心配するのは当然だ。


「こうしちゃいられないわ!

 ジェラード様に相談しましょう!」


 ネアは店員に手分けして子供たちを探すよう指示すると、自分は仕事着のまま四竜社へと急いだ。


 ◇


「「「こんにちはー!」」」


「まあ、可愛いお嬢ちゃんたち、どうしましたか?」


 青竜族の役所を、六人の子供たちが訪れた。

 机に着いている若い女性が、年長の三人に話しかけた。


「パーパがどこにいるか、知りませんか?」


「パーパ?」


「パーパの名前は、シローって言います」


 机を並べ仕事をしている竜人たちの動きが、ピタリと停まる。


「あ、あ、あなたたち、シローさんの?」


「娘です」

「娘だよー」

「イオは、友達ー」


 竜人たちは、大騒ぎとなった。

 騒ぎを聞きつけ、役所の長であるハゲ頭の男性が二階から降りてくる。


「なんじゃ、この騒ぎは?」


 役所の長官シューダは、腰が引けている。

 こういう状況で、過去に何度も痛い目にあっているからだ。

 しかし、見まわしても、例の青年はいないようだ。

 ほっとしたシューダは、警戒しながらゆっくりと一階に降りてきた。


「なんじゃ、この娘たちは?」


「ちょ、長官、そ、それが、シロー様のお子さんだと――」


「な、な、なんじゃと!」


 よく見ると、娘の一人は天竜からご加護を頂いたイオではないか。


「イ、イオ様、こちらのお二人は?」


「シローお兄ちゃんの娘さんだよ」


「な、な、な」


「イオちゃん、このおじさんどうしたの?」


 メルは、「な、な、な」と言ったきり、青い顔で震えているシューダを、不思議そうに見ている。


「どうしたんだろうね。

 そうそう、お役所にギルドがあるって聞いたんですが」


 シューダは腰が抜けて立てなくなったので、先ほどの若い女性が三人を案内した。


「失礼します。

 マルロー様、ラズロー様、シロー様の娘さんとイオ様がいらっしゃっています」


 ギルドとして使っている部屋にいた、赤竜族のマルローとラズローが驚く。


「こ、これは、イオ様、ナル様、メル様。

 何のご用でしょう?」


 三人をよく知るラズローが尋ねる。  


「ラズロー様、シロー兄ちゃんがどこに行ったか知らない?」


 イオが尋ねる。

 

「シロー殿は、今、どこにいらっしゃるかよく分からないのです」


「なんで?」


「それが、獣人世界に行かれた後……」


「これ、ラズロー!

 そのようなことを、お子様方に話すでないわ」


 この件に関し全権を任されている、赤竜族の重鎮マルローが息子をとがめる。


「あ、こ、これは失礼いたしました」


「とにかく、皆さまは、こちらにお座りになってお待ちください」 


 ラズローが、ソファーを置いてあるコーナーに子供たちを案内した。

 部屋からマルロー、ラズロー親子が出ていくと、残ったのは六人の子供たちと、ラズローの娘リンだけだ。


「ナルちゃん、メルちゃん、久しぶりー!」


「「リンちゃん、こんにちはー!」」


「今日は、どうしたの?」


「あのね、パーパを探してるの」


「シローさんは、カトーさんと一緒にポータルを渡って、獣人世界に行きましたよ。

 その後、行く先がどこかよく分からないポータルを潜ったって聞いてます」


「ふーん、お兄ちゃんが使ったのって、四竜社の地下にあるっていう、もうすぐ使えるようになるポータル?」


 イオが尋ねる。


「そうです」


「なるほどねえ」


「私、お茶を持ってきますから、みなさん、こちらでお待ちください」


「リンさん、ありがとう」


 リンが出ていくと、部屋には『ちいドラ隊』六人だけが残された。


 ナルがテーブルの脇に置いてある椅子の上に立つ。

 

「パーパがどこに行ったか、探してるみたいね」


 彼女は、メルをもう一つの椅子に立たせると、机の上に置かれた資料をどんどんめくっていく。


「メル、覚えた?」


「うん」


「私も覚えたー」


「えっ!?

 ナルちゃん、メルちゃん、字が読めるの?」


 イオは二人が字を読めることに驚いている。


「うん、読めるー」


 メルが答える。


「イオちゃん、『よんりゅうしゃ』の場所、知ってる?」


「知ってるよ」


「じゃ、すぐ行こう」


「出発ー!」


「「「おー!」」」


 ナルとメルは、窓をいっぱいまで開けると、真竜の姿に戻った。

 この姿になると、二人は、それぞれ体長が二メートルほどになる。


 ナルとメルは、イオと子供姿の真竜を前足につかむと、順に窓から飛びだした。

 何枚かの窓が、その枠ごと吹きとばされる。

 部屋の中は、二人が起こした風で資料が舞う。

 二体の竜は、あっという間に空へ姿を消した。


 窓が壊れる音を聞きつけ、ラズローたちがギルド室に駆けつけると、そこには散乱した資料と壊れた窓の破片だけが残されていた。

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