第4部 ドワーフ国王都へ

第17話 皇女様のわがまま(上)


 神託武闘の翌日、闘士の宿舎を一台のカバ車が訪れた。

 ピンクのカバに牽かれた白い客車には、大きな紋章が描かれていた。たまたま客車の到着に居合わせた俺は、その紋章が武闘で使われていた旗の模様と同じだと気づいた。


 客車のドアが開くと、白い塊が飛びだしてきて俺にぶつかった。


「シロー!」


「ええと、あなたは?」


「シリルよ、さあ、一緒に遊んで!」


 純白のローブに身を包み、身長が一メートルほどしかないドワーフ族の皇女は、よく見ると、とても可愛い顔をしていた。

 何か期待しているのか、目がきらきら輝いている。  

  

「シリル様、そのようなは、およしください」


 客車から、竜人の女性が出てくる。白竜族の彼女は、とても美しく、族長であるジェラードの面影があった。


「あなたも、姫様に近づかないで!」


 女性がこちらを睨みつける。


「おい、何の騒ぎだこりゃ?」


 俺の後ろから加藤が現れた。


「カ、カトー様!」


 つんけんしていた白竜族の女性が、頬だけでなく耳まで赤くしてモジモジする。


「カトーも一緒に遊ぼうぞ!」


 小さな皇女が加藤を誘う。


「誰だこりゃ?」   


「加藤、武闘場に来てた皇女様のようだ。

 あまり失礼がないようにな」


「そ、そう?

 皇女様、カトーです」


「そんなことは知っておる。

 早う、遊んでくりゃれ!」


「遊ぶって、何をして?」


「何でもよい、わらわはいつも退屈しておる。

 あの『ドーン』というやつでもよいから」


 ああ、花火の事だな。


「そうですね、じゃ、ちょっと近くまで出かけますか」


 俺は皇女シリルの手を引き、近くの草原に向かった。


 ◇


 皇女と竜人の侍女から見えないうちに、草原の一部を土魔術でならしておく。


「なんじゃ、ここは?

 お前たち二人で、武闘でもするのか?」


 そこだけ草がなく、土がならされた四角い土地を見て、シリル皇女が俺と加藤を見る。


「乗り物を用意しますから、少しお待ちを」


 ここに来る途中で作っておいたボードを出す。ボードには木目が刻まれており、いかにも木で作られたように見える。ボードの前と後ろには、鉄棒のようなものが立っている。


「皇女様、ここに乗ってみてください」


「こうか?」


 シリルは、ならした地面から十センチくらい浮いたボードに上がる。


「この横棒をお持ちください」


 シリルが、両手で棒を握ったのを確認する。


「絶対に手をお放しにならないように。

 怪我をしますよ」


「ワクワクするのお!

 城ではこんなことできぬからの」


 竜人の女性が口を挟みそうなので、加藤に声をかける。


「加藤、皇女様が乗ったこのボードを、後ろから押してくれ」


「ああ、こっちの棒は、俺が押すためか」


 皇女様の背後にある棒を、ボードの外から加藤が握る。


「よし、加藤、押してみろ」


 加藤が棒を押すと、ボードは音もなくスーッと動いた。


「おお、凄いな!

 これはよいぞ!

 カトーとやら、早う押せい!」


「シリル様、この者がボードを押しますから、好きな方へお進みください」


「なんと、そのような事ができるのか?

 カトー、もっとスピードを出せ」


 皇女シリルは、ボードが気に入ったようで、しきりに加藤に指示を出している。


「ほう、いいぞ、カトー。

 ほれ、そこを右、次は左じゃ。

 あはははっ、これはいいの~。

 もっと飛ばさぬか!」


 しばらく、加藤にボードを押させていたシリルは、やっと彼を解放してくれた。


「カトー、大儀であった、褒めてつかわす。

 シロー、わらわは空腹じゃ」


 皇女と侍女が目を離した一瞬の隙をつき、土魔術でテーブルと椅子を立ちあげる。


「ど、どうして、こんなところにこんなモノが……」


 侍女が驚いている間に、お茶と焼きたてクッキーを出す。


「おお、いい匂いじゃの。

 むぐっ、なんじゃこれは、ものすごく旨いの!

 それにこの茶の味……このように旨い茶は初めてじゃ。

 鉄茶は好かぬが、これは気にいったぞ!」


 シリルは、出しておいたクッキーを、あっという間に全部食べてしまった。


「クッキーに掛かっておった、あの甘いものは何じゃ?」


「蜂蜜でございます」


「蜂蜜?

 わらわも食べたことがあるが、これほど旨くはなかったの。

 どこのものじゃ?」


「私とカトーは、迷い人でございます。

 これは、他の世界よりお持ちしました」


「おおっ!

 外世界そとせかいか。

 わらわも、一度行ってみたいのお」


 シリルは夢見るような表情をした。


「あのう……カトー様も、異世界からいらっしゃったのですね?」


 竜人の侍女が、赤くした顔で加藤に話しかける。


「ああ、そうだよ。

 ドラゴニアにも行ったことがある」


「ド、ドラゴニア……」


 白竜族の侍女は、その名前を聞いた途端、暗い表情になり黙りこんだ。


「皇女様、もう一度、さっきの乗り物にお乗りになりませんか?」


「おお、ぜひとも乗りたいのじゃ!」


「というわけだ。

 加藤、頼むぞ!」


「ボー!

 お前、厄介ごとを俺に押しつけてないか?」


「それじゃ、詳しい説明を彼女にする役を代ろうか?」


 俺が侍女を指し、そう言うと、加藤がブンブン両手を回す。


「さあ、皇女様、今度は飛ばしますよ」


「おお、やってくれ!」


 二人が手押し車ならぬ手押しボードで遊んでいる間に、侍女に俺たちの目的を明かすことにした。


「あなた、お名前は?」


「ローリィですが」


「ローリィさん、俺と加藤がこの世界に来たのは、さらわれた竜人をドラゴニアに帰すためです」


「ええっ!?」


「声を上げないように。

 皇女様に聞かせないほうがいいでしょうから」


「でも、これにはドラゴナイトが使われていて、我々にはどうすることもできません」


 ローリィは、首輪を指さした。


「分かっています。

 それは、俺が何とでもできます」


「では、本当に故郷に帰れるんですね」


 ローリィの目が涙で一杯になる」


「ええ、帰れますよ。

 ただ、この世界にいる竜人全員を一度にと考えていますから、ちょっとだけ待ってください」


「そ、そんなことを、どうやって」


「スキルに関わることですから、詳しくは話せませんが、とにかくそれが可能だということはお伝えしておきます」


「ドラゴニアに帰れる……」


 ローリィの涙が止まらなくなる。

 

「あっ、シロー!

 お主、見かけによらず、やるのお。

 こんなに短時間で、堅物のローリィを泣かすとはな」


 皇女シリルを乗せた手押し車が、ちょうど帰ってきたようだ。


「ははは、俺にそんな甲斐性はありませんよ」


 ローリィが、慌てて涙を拭く。


「シリル様、そろそろ帰りませんと」


「そうじゃな、明日からも遊べるしな、フフフ」


 皇女は意味ありげな笑いを浮かべると、ローリィの手を取り、即席の遊び場を後にする。


 どうも厄介事が起こる予感がした。


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