第8部 赤いサソリ

第42話 闇の商人


 史郎たちが神樹を癒す旅をしている頃、中東のある町に職業を同じくする男たちが集まっていた。


 オイルマネーで建てられた大きな屋敷の一室には、十人の男たちがいた。

 彼らは表の職業として様々な看板を掲げていたが、裏の稼業は皆一つだ。

 死の商人。

 つまり、武器商人である。


 男の一人が、目の前のテーブルにドンと握りこぶしを落とす。


「これは一体どういうことだ!」


「やはり、お前のところもか」


 別の男がため息とともにぼそりと洩らした。

 恐らく白人と中国人の混血であるだろう痩せた老人が、テーブルの上を扇子でぴしりと叩いた。

 皆の注目が集まる。


「これまで世界のあらゆる場所で、我々は人々の憎悪をかきたて、戦争を促してきた」


 他の九人が頷く。


「ところが最近になって、人々が争いを止め、対話を求めはじめておる」


「まさにその通りです。

 それが武器の売りあげ減少に影響しています」


 サングラスを掛けた若い白人が、少し間を置いたうえで、テーブルの上に組んだ拳の上から発言した。


「原因は、おそらく異世界との接触です」


 彼の言葉に、他の九人が目を見開く。


「異世界との接触については知っているが、それがどうしてこのことと結びつく?」


 発言したのは、軍服を着た黒人である。

 サングラスの白人は組んだ拳を解くと、こう発言した。


「将軍、あなたは『地球人』という言葉を聞いたことがありませんか?」


「……うむ、最近ちょくちょく新聞で見るな」


「いいですか、人々が争うのは、隣人と自分たちが違うという考えを持っているからです。

 その彼らが、もし、隣人が自分と同じ人間だと気づいてごらんなさい」


「なるほど、そうなると争いの種は生まれないな」


「しかし、彼らが現れてからというもの、いくつかの国では武器購入が増えているぞ」


 パナマ帽を頭に乗せた太っちょが、葉巻を振りまわしながら発言する。

 二人の男がそれに頷いた。


「ああ、彼らが軍事基地を消した国ですね」


「基地を消した?」


 サングラスの若者は一人一人と目を合わせた後、こう発言した。


「非公式な情報ですが、異世界からの帰還者が、核ミサイル基地を含むいくつかの軍事関連施設を消したようです」


 場を沈黙が支配する。

 中国系の老人が口を開く。


「私の所にもその情報は入ってきているが、さすがに信じる訳にはいかんと思い、放っておったのだがな」


 サングラスの若者が続ける。


「武器を大量に失った国は、一旦それを補おうとするでしょう。

 しかし、先ほど言ったように、憎しみの連鎖が作りだせなくなった後でも、同じ量の武器を購入すると思いますか?」


 再び静寂が訪れた。

 将軍と呼ばれた黒人が発言する。


「ならば、一体どうすればいいのだ」


「消すんですよ」


 サングラスの答えは、間髪入れなかった。


「異世界との接触が途切れたら、再び憎しみの連鎖を作りだすのは容易です」


 今まで発言していなかった、褐色の肌を持つ男が立ちあがる。


「おい、帰還者はポータルズ条約で守られているんだぞ。

 それを狙うとなると、相当の覚悟が必要だ」


 相当の覚悟というのが、母国を巻きこむことであるのは言うまでもあるまい。

 死の商人は、全員が複数の政府と太いパイプで結ばれている。政府の協力なくしては、武器など売れないからだ。

 ほぼ全ての紛争、戦争は、権力者と彼ら死の商人が組んで引きおこしたものだ。


「国の首脳部が何人死のうが、我らには何の関係もありません。

 違いますか?」


「……それもそうだな」


 サングラスの発言に、褐色の肌の男も納得したようだ。


「今回は失敗できませんから、『赤いサソリ』を使うつもりです」


 サングラスはそう言うと、全員を見回した。


「高くつくのう」


 中国系の老人が、ため息をつく。


「しかし、確実ですよ」


「ロン、ここは費用の事は言っておれまい」


 パナマ帽の男が、きっぱりした口調で言う。


「では、前回と同じく、費用は十等分という事でよろしいですね?」


 サングラスの言葉に全員が頷いた。


 武器商人たちは、異世界からの帰還者と異世界人を抹殺することに決めた。

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