第38話 地球世界の神樹5 ― 南アメリカ ―
俺は手始めにブラジル中央政府に勤務する全ての人に『・』をつけた。
その『・』を目標に、小さく分裂したスライム=ブランが各人に取りつく。
ブランが送った情報を、点ちゃんがチェックする。
人間ならコンピューターを使っても、もの凄く時間がかかるだろう作業が、あっという間に終わる。
まず、職員から麻薬関係者にかかわる記憶を全部消した。
急に中央政府とのコンタクトが切れた麻薬王は、慌てて幹部会議を開いた。
場所は、ジャングルの中に建つ豪邸だ。
複数のプール、ゴルフ場、ヘリポート、飛行場まである。
軍用機や装甲車さえ、複数揃えていた。
屋敷で一番広い部屋には、白い大きなテーブルがあり、その周りに麻薬組織の幹部が座っている。
必要以上に大きな椅子に座る、小太りな麻薬王が、
「おい、中央との連絡が途絶えた理由は分かったのか?」
「それが、親しい者が会おうとしても、知らぬ存ぜぬでらちがあきません」
「家族を誘拐して脅してみたか?」
「ええ、やっていますが、警察が動いて面倒なことになっています」
「警察にいる協力者は何をしている」
「それが、彼らも知らぬ存ぜぬで――」
「そんな馬鹿な話があるか!
良く調べてみろ!」
口答えすると殺されるのが分かっているから、幹部は黙りこんだ。
その時、ドアが開き「警備員」とは名ばかりの傭兵が飛びこんできた。
「おいっ!
会議中は絶対に入ってくるなと言ってあるだろうが!」
幹部の一人が怒鳴りつける。
「で、で、でも、せ、戦闘機と装甲車が、ぜ、全部消えちまったんですよ!」
警備員が悲鳴のような声を上げる。
「馬鹿を言うな!
そんなわけがないだろう」
麻薬王が部下から双眼鏡をひったくり、窓の外を見る。
「ど、どういうことだっ!」
飛行場に並べてあった戦闘機やヘリが一台も無い。
格納庫さえ全て消え、
彼は気づいていないが、見渡す限り人がいない。
麻薬王は、双眼鏡から目を離そうとした瞬間、滑走路の一角に動くものを見つけた、
頭に茶色の布を巻いた少年が、ゆっくりこちらに向かって歩いてくる。
原住民が一人迷いこんだのかもしれない。
「おい、お前!
調べてこい!」
彼は警備員に命令した。
「し、しかし……」
麻薬王は、言いよどむ警備員の口に、部下から奪った拳銃の先を突っこんだ。
「今ここで死ぬか、調べに行くか?」
警備員は銃口で切った口から血を滴らせながら、必死で頷いた。
警備員と言う名の傭兵が部屋から出ていって十五分、彼が持っているはずの無線からは何の応答もない。
突然、静かにドアが開くと、頭に茶色い布を巻いた少年が立っていた。
「お前、どっから迷いこんだ!」
幹部が立ちあがろうとしたが、なぜか体が動かない。
麻薬王は周りを見まわそうとしたが、彼自身も体が動かせなくなっていた。
少年が肩に乗せていた白猫が、ぴょんと飛びおりるのが見えた。
その猫が幹部の一人の肩に飛びのると、前足で彼の額に触れる。
そして、少年の所に戻ると、彼の額にも手を当てた。
「なるほど、お前は人殺しが趣味で、三十四人も殺してるな」
猫は一人一人の幹部と少年の間を往復する。
「お前は子供や女性をいたぶるのが趣味で、二十五人殺している」
「ほう、お前は村ごと原住民を焼き払ったことがあるな」
少年は、幹部自身さえ忘れていた悪行まで暴いていった。
最後に麻薬王の所から猫が戻ってくる。
「お前は、ありとあらゆる犯罪を重ねてきたな。
特に、〇〇の町ではひどいことをやった」
少年が白いカーテンを引きちぎると、一瞬でそれが何枚かに切りわけられた。
麻薬王を始め、それぞれ幹部の背中に白い布がぺたりと貼りつく。
布には、それぞれの本名が黒々と浮かびあがった。
ご丁寧に麻薬組織内での通り名まで添えてある。
殺してきた人の名前がその下に書かれていた。
少年が指を鳴らすと、麻薬王とその幹部はある町の広場に現れた。
その町は、彼らが繰りかえし略奪、強盗、殺人を行ってきた場所だった。
街の人々が彼らに気づき、集まってくる。
麻薬王とその仲間は、体の中で唯一動くその口で助けを求めた。
しかし、住民たちは無表情に近よってくるだけだ。
草を刈った帰りなののだろう。
一人の老婆が、鎌をもったまま幹部の一人に近づく。
「そうかい。
ウチの娘と孫を殺したのはお前かい」
彼女の声は静かだった。
別の男がカバンの中から金属製のボールペンを取りだす。
「そうか、彼女を殺したのはお前だったか」
麻薬王とその部下は口々にそれを否定するが、住民たちは誰もそれを聞いていない。
いつの間にか、砂糖に群がる蟻のように、多数の住民が麻薬王たちを覆いつくした。
◇
全てが終わったあと、住民たちは自分が町のそばにある草原にいることに気づいた。
たった今まで何か楽しいことをしていた気がするのだが、それを覚えていない。
そして、みんな手に持っていたものを失っていた。
なぜか、各自の服が新品のようにきれいになっている。
顔見知りの住民たちは、何がおこったか分からなかったが、かつてないような充足感と安らかな気持ちが広がるのを感じ、お互いに微笑みあった。
同じ頃、通報を受けた若い警官が二人、町の広場に駆けつけると、地面が赤く染まっていた。
誰かがペンキでもまき散らしたに違いない。
一人の警官がそれは血かもしれないと思ったが、鑑識はこのような事件に駆りだせるほど暇ではない。
二人は、イタズラの一つとして事件を処理した。
麻薬王とその一味は、姿も記憶も人々の中から消えうせた。
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