第16話 『枯れクズ』の可能性


 俺は、エレノア、レガルス夫妻をギルド本部へ瞬間移動させると、エミリーと翔太、ブランを連れ、セルフポータルを渡った。


 キャロとフィロさんには、時限式の点を付けてある。

 一週間したら、ギルド本部に瞬間移動するように設定してある。

 そこからは、自分たちで、ポータルを通り、獣人国経由でアリストまで帰ることになっている。


 俺は、翔太、エミリーと学園都市世界にある、ギルドが所有する建物の庭に転移した。

 ここは、かつて俺がこの世界にいた時、住んでいた所でもある。

 今日から数日間、この建物を空けてもらうよう、エレノアさんを通し、ギルドに頼んでおいた。

 ギルドには、異世界を結ぶ通信網があるからね。


 俺たちが現れると、すぐに建物のドアが開き、この町にあるギルドの責任者マウシーが出てきた。

 彼は痩せた小男で、立派な口ひげを生やしている。


「シロー様、お早いお着きで」


 マウシーが恭しく挨拶した。この世界では、まだ早朝のようだ。


「マウシーさん、お久しぶりです。 

 朝早くからありがとう」


「とんでもないです。

 この世界を救った英雄のお帰りですから」


 あちゃー、また『英雄』が来ちゃったよ。


「お願いですから、英雄はやめてください。

 ところで、ダンとは会えますか?」


「はい、すでに連絡済みです。 

 ここで昼食を予定しております。

 メラディス首席もご出席の予定です」


「分かりました。

 それまで、少し休んでおきますね」


「はい、承知しました」


 マウシーは、建物のカギである指輪を二つ渡すと、去っていった。


 転移する前、夜だったから、翔太とエミリーは眠そうだ。

 コケットを取りだし、二人を寝かせる。

 俺自身もコケットに横になり、目を閉じた。


 ◇


「おい、シロー、起きろ」


 体を揺さぶられ、目が覚める。

 頭に黒いバンダナを巻いた、丸っこいダンの顔が目の前にあった。


「ふぁ~、もう昼か?」


「ああ、メラディス首席は、もう席に着いてるぞ」


 俺は慌てて起きると、バスルームに行き、顔を洗った。


 テーブルが置いてあるスペースに行くと、メラディス首席、この地で働くポンポコ商会の店員たち、翔太、エミリーがすでに席に着いていた。


「お、お待たせしました」


「ホホホ、お気にせず。

 シローさんはお疲れのようですね」


「メラディス首席、申しわけありません」


「今日は、私にもお話があるとか」


「ええ、軽い案件ではないので、ぜひ主席と直接お話ししたかったのです」


「では、お食事の後、すぐにうかがいましょう」


 食事は、久々に会う友人との気兼ねない楽しいものだった。

 翔太とエミリーは、最初見知らぬ人に囲まれ緊張していたが、ダンの部下たちは、元パルチザンということもあり、気さくな者が多いから、ほどなく打ちとけていた。

 行政府の議会では、威厳ある姿勢を崩さないメラディス首席も、二人に優しく話しかけてくれる。


「ショータは凄いわね。

 その年で、ポンポコ商会の支店を任されるなんて」


「い、いえ。

 仲間に助けられています。

 ボクだけでは無理です、メラディスさん」


「ははは、人が周りに集まるのも才能だぜ、ショータ」


 ダンが、翔太の頭に手を置く。


「ダン、ドーラさんは?」


 今日は、いつも彼と一緒に行動する奥さんの姿がない。


「ああ、ホープが風邪ひいちまってな。

 看病に残してきた」


「そうか。

 ホープちゃんが風邪をね。

 確か、いい薬があったはずだが……」


 俺は、点収納からケーナイで手に入れた獣人用の水薬ポーションを出した。


「おお! 

 すまんな。

 人族用の薬が効きにくくて困ってたんだ」


 ダンは人族、妻のドーラは犬人だが、子供のホープには、犬人の形質が強く現れているからね。


 食事が終わると、皆にお茶を出し、俺、メラディス首席、ダンの三人だけは別室に集まった。

 話しあう内容が内容だけに、今回はさすがの俺も慎重を期している。

 点ちゃんに頼み、建物はもちろん、その周辺の盗聴装置などをチェックしてもらった。


 今回の事は、秘密保持が第一だ。

 いくら用心しても用心しすぎるということはない。


「では、ギルドを通して伝えた通り、今回は、大事なお話がいくつかあります」


「ええ、シローさん、うかがわせていただくわ」


 メラディス首席も、いつになく真剣な顔つきだ。


「では、重要度が低い順に、話しますよ」


 俺はそう前置きして、『枯れクズ』についての話を始めた。

 まず、テーブルの上に、丸いお皿のような形をした、『枯れクズ』を一つ置く。


「シロー、これは何だ?」


「これはある世界で、特別な木が枯れる時にできる、『枯れクズ』と言われるものだ」


「軽いが硬いな。

 それと、光ってるな」


「ああ、それは、光をエネルギーとして蓄える働きがある」


 メラディス首席とダンは、考え込むようにしばらく黙っていた。


「おい、それって……」


「ああ、エネルギー革命だ」


 俺は、察しがいい二人に向かい、説明を端折って結論を言った。


「と、とんでもない代物ですね」


 いつもは冷静なメラディス首席の声が震えている。


「首席、ポンポコ商会は、これを有償でお渡しする用意があります」


「シローさん! 

 本当ですかっ!」


「ええ、本当です」


「今、学園都市は、経済的な危機に瀕しています。

 獣人素材が使えなくなったため、魔道具の生産が思うようにできなくなったからです。

 多くの魔道具で、代わりの素材は目処がついているのですが、そうした場合、エネルギー消費がもの凄いことになり、半ば諦めていたのです。

 これでエネルギーの問題が解決すれば、魔道具が従来通り供給できるようになります」


 メラディス首席は、興奮した面持ちで、目の前に輝く『枯れクズ』を指さした。


「まだ、安心するのは早いですよ。

 それを使うにしても、中に蓄えられたエネルギーを、無駄なく取りだせるような仕組みが必要です」


「なるほど、その研究を学園都市に任せたいというわけだな」


 さすがにダンは呑みこみが早い。


「ああ、アプローチは異なるが、他世界でも、ここと並行して研究に当たる。

 メラディス首席、ポンポコ商会からの学園都市世界への正式な依頼です。

 お受けいただけますか?」


「もちろんです! 

 ぜひ、我々にお任せください」


「お願いしますよ。

 その際、『枯れクズ』の管理にはくれぐれも注意してください。

 兵器などに転用されないよう予防措置は取っていますが、研究する場所と人員はできるだけ絞って、秘密厳守でお願いします」


「分かりました」


「とんでもねえシロモンだな。

 だけど、お前、これが重要度が低い方の話って、一体、もう一つの話ってなんだよ」


 ダンは、そこに気がついたな。

 俺は、念話を通じエミリーと翔太に部屋へ来るよう伝えた。

 二人が入ってきて、俺の両側に座る。

 点ちゃんに頼み、建物周囲のチェックをもう一度してもらった。


「では、話しますよ。

 この件の機密度は、『枯れクズ』どころではありません。

 くれぐれも秘密厳守でお願いします」


 メラディス首席とダンが緊張した面持ちで頷く。


「お二人は、神樹様について何か知っていますか?」


「ええ、この世界にも昔は、たくさんいらっしゃったという伝承があります」


「俺は、名前を耳にしたことがある程度だな」


 まあ、ダンも地球からの転移者だからね。


「では、聖樹様については?」


「ポータルズ世界群の神樹様を取りまとめるお方としか……」


「俺は聞いたこともねえぞ」


「メラディス首席がおっしゃられた認識で、ほぼ正しいと思います。

 神樹様のお母上のような立場でいらっしゃると、理解しておいてください」


「分かりました」


「とんでもねえお方なんだな」


「先日、この二人は俺と同じ世界から転移したのですが、その時、それぞれが特別な存在に覚醒しました」


 俺は隣に座る、エミリーと翔太を指さした。


「特別な存在?」


「ええ、首席、こちらのエミリーは、『聖樹の巫女』という職につきました」


 メラディス首席は、当惑したような表情を見せた。


「ええと、『神樹の巫女』という職は聞いた覚えがあるのですが――」


「確かに、その職も存在します。

 けれども彼女の職はさっき話したとおり、『聖樹の巫女』です」


「おい、シロー、それにどういう意味があるんだ?」


「神樹様、聖樹様のお言葉では、ポータルズ世界群に危機が訪れる時に現れる存在だそうだ」


「そ、そんなっ!」

「なんだって!!」


「そして、それを守護する『守り手』が、魔術師に覚醒した、この翔太です」


「と、とてつもねえ話だな」


「ああ、ダン。

 聖樹様のお言葉だ。

 俺はそのまま信じてる」


「で、危機ってことだが、その具体的な内容は聞いているのか?」


「いや、そこまでの時間、お話ができなかった。

 ただ、予想ならできる」


「どんな予想だ?」


「……」


 俺は答えるのをためらった。話が大きすぎ、深刻過ぎるからだ。

 だが、彼らにも関係があることである。俺は話すことにした。

 翔太とエミリーは、部屋から出しておく。


 俺は、自分が考えている世界群の危機について、メラディス首席とダンに話しはじめた。

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