第10部 ポンポコ商会地球支店
第42話 坊野家からの干渉
前々から予想していたことが起きた。
俺の周囲に金銭が流れこんでいるのを知った「父」が、『異世界通信社』や加藤家、渡辺家を通し、こちらに接触しようと画策を始めた。
まあ、いつかこうなるとは思ってたけどね。
今日、俺はエミリーの様子を見に、舞子の実家を訪れている。
「ボー、毎日お前の父さんから電話がかかってくるぞ。
どうすりゃいいんだ」
エミリーの護衛役として渡辺家に滞在してくれている、加藤が呆れている。
「朝六時くらいから夜十二時くらいまで、掛かってくるね」
別に嫌な顔はしていないが、舞子にとっても迷惑なのは間違いない。
ヤツらしい行動だ。人の都合など考えもしない。
「二人とも、着信拒否にしてくれ」
「史郎君、本当にそれでいいの?」
舞子は、薄々、俺の家族が普通ではないと知っていたようだが、具体的に何があったかまでは知らないからね。
「構わない。
この世界に俺の家族はいない」
俺は微笑むと、舞子の頭を撫でた。
舞子は、俺の穏やかな顔を見て安心したのだろう。それ以上は何も言わなかった。
みんなは、そろそろ異世界に帰る準備を始めていたので、こちらの事情で彼らを振りまわす訳にもいかない。
それから二三日して、加藤家、渡辺家、『異世界通信社』、『ホワイトローズ』に父親から掛かっていた電話が、ぱたりと止んだ。
着信拒否しているのもあるだろうが、加藤家の固定電話にも掛かってこなくなったそうだ。
あの男のことだから、何か企んでいるにちがいない。俺は、そう思っていた。
◇
テレビ局から、『異世界通信社』に取材の申しこみがあった。
もちろん、これまでもいろいろな局からの取材申しこみはあったわけだが、今回のそれはちょっと毛色が変わっていた。
取材申しこみは、その局が来週放送する『帰って来て家族』という生放送の番組からだった。
家族が行方不明になった身内に呼びかけ、番組内でその出会いを演出するというものだそうだ。
電話を受けた遠藤によると、番組には俺の「父」、義理の「母」、彼らの娘が出演する予定で、俺に対する呼びかけをするらしい。
全く、よくやってくれるよ、この忙しい時に。
対策として俺がしたことは、ただ一つ、その番組を絶対に見ないよう舞子に言うことだった。
俺は、みんなのように家族とのあれこれが無いので、エミリーを遊園地や動物園に連れていったり、バイク型点ちゃん4号改を調整したりして過ごしていた。
エミリーは、こちらに来てから、ますます舞子に甘えるようになった。
一人っ子で妹か弟が欲しかった舞子も、実の妹のようにエミリーを可愛がっている。
舞子の両親も我が子のようにエミリーに接するので、彼らの絆が毎日強くなっていくのが分かる。
やはり、畑山さんが言うように、家族というのは、最初から家族なのではなく、家族になっていくんだなあ。
俺は今更のように感心しながら、彼らの姿を見守っている。
ところで、点ちゃん4号改の方だが、今、俺が作ろうとしているのは、加藤用のバイクだ。
オリジナルは、俺と点ちゃんだけにしか運転できないから、それを第三者にも――この場合は加藤だが――運転できるよう改造している。
これが意外に難しく、運転と加速まではなんとかなっているのだが、ブレーキシステムが問題だ。
天竜国で、『枯れクズ』を運ぶトレインに付けたブレーキシステムを試しているが、それだと急停車できない。
異世界に変えるまでの予定を考えると、あと十日ほどで乗れるようにしなければならない。
テスト走行を行うなら、一週間以内といったところか。
出発までにポンポコ商会の支店も正式に立ちあげなければならないから、ますます忙しくなりそうだ。
異世界への帰還を前に、くつろぎが減った俺は、少し暗い気持ちになっていた。
◇
忙しくしているうち、あっという間に『帰って来て家族』放映の日が来た。
番組開始直前に、加藤家のテレビがある座敷に瞬間移動する。
部屋には、おじさん、おばさんはおらず、加藤だけがあぐらをかいていた。
「お、ボー、来たか」
「ああ、準備オッケーだ」
「じゃ、番組にするぞ」
加藤がチャンネルと変えるとすぐ、画面にオープニングのテロップが流れる。
そこには、次のような文字が躍っていた。
<冷酷な異世界帰還者! 彼は、なぜ家族を捨てたのか?>
引きつづき、何人かの家族が、失踪中の身内に呼びかける場面が映された。
しかし、この番組の趣旨は何なのか。
失踪しているからには、その人なりに何らかの事情があったはずだ。
それを、無理に会わせてどうするのか。
恐らく失踪中の人が生存しているなら、今どこかで生きている環境がすでにあるはずだろう。
写真などで画面に顔が出れば、その場所にすら居られなくなるのではないか。
俺がそんな疑問を抱いている間にも番組は進み、いよいよ最後のコーナーとなった。
画面に、レポーターに連れられた「父」、義理の「母」、彼らの娘が現れる。
厚く塗りたくった義母の顔や、着飾った娘の姿より、そのレポーターに驚いた。
それは、かつて俺たちに取材したダメダメレポーター沢村さんだった。
ヒロ姉が以前彼女の事を「感じが悪い」と言っていたが、画面に映った沢村さんは、あれから何があったか知らないが、俺でも「感じが悪い」と分かる顔になっていた。
特に、その目つきが、並んで立っている「父」とそっくりだ。
「おい、この二人、感じが似てねえか?」
画面を指さしている加藤は、その事に気づいたようだ。
「では、お父さん、お母さん、画面に向かって呼びかけてください」
沢村さんが、男女にマイクを向ける。
「史郎、どうして帰ってきてくれないんだ?」
「ずっと心配してるの。
ご飯はきちんと食べてるの?」
マイクが少女の方に向く。
「お兄ちゃん、私、ずっと待ってるの。
早く帰ってきて~」
その女の子は目に手を当て、しくしく泣くようなそぶりを見せた。
それが、あまりにもウソくさい。
『(*'▽') ぱねー』
点ちゃんの、『ぱねー』頂きました。
「おい、これ放送していいのか?
演技だってバレバレじゃねえか」
加藤が呆れはてている。
「では、番組から電話をしてみます」
すぐに俺たちがいる部屋の電話が鳴る。番組には、ここの番号を教えてある。
「もしもし、加藤さんのお宅ですか?」
「ああ、俺、坊野史郎だけど」
画面にテロップが流れる。
<ついに異世界人の兄と接触!!>
おいおい。異世界人ってなによ、異世界人って。宇宙人みたいだな。
隣で加藤が腹を抱え笑っている。まあ、その気持ちは分かる。
画面内の男と電話が繋がったようだ。
「史郎か?」
「呼びすてにするな。
俺はお前の息子ではない」
画面内で四人の表情が凍りつく。
「……何を言ってるの、史郎?
早くママのところへ帰っておいで」
厚化粧の女が、無理に猫なで声を出す。
「俺が子供の頃、さんざん虐待しておいて今になってそれか?
俺にとって、母とは死んだ母さんだけだ」
俺の声で、四人がさらに凍りついた。
「異世界から帰ってきて動揺してるんだろう。
史郎、早く帰ってこい!」
男のこめかみに青筋が浮いている。かなり腹を立てているようだ。
「俺は、お前らにとって、すでに死んだ存在だ。
今さら、
テレビから聞こえる俺の声は、自分でも驚くほど感情がこもらないものだった。
「息子は、異世界で精神を病んだに違いない!」
「史郎、正気に戻って!」
「お兄ちゃ~ん」
「そうですよ、史郎君!
ご家族がこんなに心配してます!」
そろそろ茶番は、終わりにしようか。
四人が再び凍りつく。今度のそれは、俺が点魔法で仕掛けたものだ。
番組セットの背後が白くなる。
そこに映しだされたのは、暗い玄関だった。
玄関のたたきに、目つきが悪い少女が立っている。
「あんた誰?
外人さん?」
「俺はシロー。
お父さんかお母さんいるかな?」
少女の姿が、奥に消える。
やがて、くたびれた中年の男性が現れる。
「こんな遅くに誰だ……」
「ああ、シローって言います。
息子さんの消息が分かったので、お知らせしようと思って」
「息子?
誰の事だ。
ウチには、息子なんていないぞ」
「ああ、そうですか。
こちらの勘違いでした。
夜分失礼しました」
「まったく、迷惑な奴だ」
「良い風を」
「え?」
「では失礼します」
これは、俺が前回地球に一時帰還したとき録画した映像だ。
ただし、声だけは、友人ブレットのものから俺のものに吹きかえてある。
画像が一度消え、衣裳部屋のような部屋が映った。
そこは、この番組の楽屋だ。
つい今しがた撮影した映像が流れる。
化粧台の前に座った厚化粧の女に、少女が話しかける。
「お母さん、私、テレビになんか出たくないわ。
だって面倒くさいんだもん」
「つべこべ言わずに、目薬を差しなさい!
それじゃ、泣いてるように見えないじゃない」
「でもー」
「いいかい、あのガキはね、あたしたちにとって金のなる木なのよ。
ホホホ、なんてツイてるのかしら!
ねえ、あなた」
「その通りだ。
うっぷんを晴らすサンドバッグでしかなかったあいつが、金のなる木に化けるとはな。
あははは!」
「ほら、あなたも。
目薬、差してちょうだい」
動画は、女が男に目薬を差すシーンで終わっていた。
動けない四人は、背後に映った画像は見えていない。しかし、その音声は聞こえている。四人ともまっ青になっていた。
画面からは、他人のもののような俺の声が聞こえてくる。
「俺は、異世界に愛する家族も友人もいる。
二度と俺に関わるな」
番組は、そこでコマーシャルに切りかわった。
加藤が、真剣な顔で俺に話しかける。
「すまん!
お前がそんな辛い目にあってたって、ずっと気づいてやれなかった」
加藤は、涙を流していた。
それだけで、暗かった少年時代が全て報われる気がした。
「おい、加藤、お前らしくないぜ。
それより、例のバイクが完成したぞ。
乗ってみないか?」
加藤はしばらく黙っていたが、急に勢いよく言った。
「おお、ぜひ乗せてくれ!」
やがて加藤家の庭では、少年の歓声が上がった。
そこには白銀のバイクに夢中になる少年二人の姿があり、それを加藤の両親が微笑みながら見守っていた。
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