第25話 常識破壊(下)


「では、次に質問する方?」


 進行役がマネキンのように動かなくなったので、柳井さんが声を掛けた。


 手を挙げた記者は、四、五人だった。

 驚いた顔で凍りついている者が多いからしょうがないよね。


「えー、どうやって、そんな力を手にいれたのですか?」


 これには、加藤が答えた。


「ああ、俺たち、去年の三月から異世界に行ってたんだよ。

 で、向こうに行ってる間に、いつの間にかそういう力が手に入ってたってわけ」


「い、異世界……」


「まあ、信じる信じないは、あんたの勝手だけどね」


 会場に入ってすぐはビビっていた加藤だが、どうやらいつもの調子を取りもどしたようだ。


「はい、では、次の方」


 柳井さんが、質問を打ちきる。

 質問者は、まだ何か言いたそうにしていたが、先ほどのやり取りを思いだしたのか、黙って腰を下ろした。


 今度は、十人くらいが手を挙げた。


「はい、そこのスカーフの女性」


 柳井さんが指名する。


「〇〇新聞の望川です。 

 先ほど、『異世界』という言葉が出ましたが、それについて詳しく話してください」


 これには、畑山さんが答えた。


「そもそも、私たちが異世界に行ったのは、この世界に開いた『ポータル』、まあ門のようなものですが、それを通ったからです。

 この四人が一緒に転移したので、自分たちのことを、『初めの四人』と呼ぶことにしました。

 この世界には、『ランダムポータル』というものしか開かないようですが、我々が行った先の世界では、常駐型の『ポータル』も珍しくなく、それを使って世界間で行き来がおこなわれているのです」


「あなた方は、その『ランダムポータル』ですか?

 それを通ったということでいいですか?」


 柳井さんが、畑山さんの方を見る。

 この質問者からの二つ目の質問だからだ。

 畑山さんが頷いたので、柳井さんは質問を通した。


「そうです」


「はい、次の方」


 畑山さんが答えると、すかさず柳井さんが質問を次へまわす。

 今度は、ほとんどの者が手を挙げた。


「はい、その後ろの、フードをかぶった方」


 民族衣装を身にまとった女性が立ちあがる。彼女は褐色の肌をしていた。


「〇〇ニュースのモリーです。

 異世界の様子を詳しく教えてもらえますか?」


 彼女は、流暢な日本語で質問した。

 これには、俺が答える。


「異世界といっても、その様子は世界ごとに全く異なります。

 短い時間で答えるのは無理ですから、『異世界通信社』からの報告をお待ちください」


「また『異世界』さんかよー!」


 会場から不満の声が上がる。

 柳井さんは、構わず次の質問を促した。


「次の方、いらっしゃいますか?」


 ほとんどの手が挙がった。


「そこの青い腕章の方」


「〇〇日報の上田です。

 紹介によると、渡辺さんは『聖女』という事ですが、どんなことができるのですか?」


 舞子が、柳井さんの方を見る。

 柳井は手でバツを作った。


「その質問に、お答えすることはできません」


 舞子が落ちついた声で答える。


 恐らく、俺たちの能力で、知られると一番まずいのが舞子の治癒能力だ。

 だから、前もっておこなった打ちあわせで、そのことは絶対に漏らさないように決めてある。


「なぜですか? 

 なにか危険な能力でも持っているんじゃないですか?」


 質問者が、なんとか答えを得ようとあがく。


「あなたの質問は、もう終わっています。

 次の方」


 柳井さんの言葉はにべもない。


「茶色のジャケットの方」


 次の質問者は、大柄な白人の男性だった。


 通訳が横に付く。

 男は、ドイツ語を話しているようだ。

 俺たち「初めの四人」は、多言語理解の指輪を着けているから、何語をしゃべっていても関係ないんだけどね。

 通訳は、次のように訳した。


「我々も、その異世界とやらに行くことができますか?」


 俺が加藤の肩を叩く。


「行くことはできません」


 加藤は、おそらく流暢なドイツ語で答えた。

 俺にはそれが本当に流暢かどうか分からないからね。

 記者たちは、加藤がドイツ語を話したことで目を丸くしている。


「あなた、なぜドイツ語しゃべれる?」


 質問者の白人男性が、カタコトの日本語で話しかけた。


「はい、次が最後の質問です。

 質問される方」


 柳井さんが小気味よく、質問を打ちきる。


「はい、そこのシャツを腕まくりした方」


 次は、ひょろっとした背が高い白人男性だった。質問は英語でなされた。

 通訳は、こう訳した。


「どうして、今まで能力を隠していたのですか?」


 これには、畑山さんが英語で答えた。


「まず、私達が異世界から帰ってきたのは、ごく最近のことであるということをご理解ください。

 次に、最初は能力を明かすつもりはなかったのです」


「ええと、『最初は』ということは、何かそれを明らかにしなければならない理由ができたんですね?」


 柳井さんが、畑山さんをチラリとみる。

 畑山さんが頷くと、二つ目の質問が許された。


「実は、私たちの恩師が、いわれなき理由で窮地に立たされています。

 彼が私たちの写真を持っていたというだけで、誘拐殺人の疑いを掛けられたのです。

 私たちがこうして姿を見せたので、殺人の部分は嫌疑が晴れましたが、いまだに誘拐の疑いをかけられています」


 畑山さんは、そこで一拍おいた。


「私たちは、ポータルに巻きこまれただけ。

 失踪は、先生に何の関係もありません。

 みなさん、どうかこのことを報道してください」


「ということは、あなた方は、その教師を救うために、能力や異世界のことを公開したのですか?」


「そう考えていただいてかまいません」


 会場の記者たちががざわざわと揺れた。

 質問者が大きく目を開くと、「ジーザス」と洩らしたのが口の動きで分かった。

 柳井さんが、進行役に手で合図を送る。


「では、今日のインタビューはここまでです。

 取材に応じてくださった坊野君、加藤君、畑山さん、渡辺さん、翔太君に大きな拍手を」


 盛大な拍手は起こったが、あっという間にそれが消えた。

 なぜなら、会場にいた記者たちが、我先に出口へと走りだしたからだ。


「超特大スクープだー!!」

「常識破壊だ!」

「こんなスクープ二度とないぜ!」

「すぐにデスクにつなげっ!」

「これ記事にできるなら、私、死んでもいい!」


 中には物騒な発言をしている者もいる。

 数名の報道関係者がこちらに近づこうとしたが、主催者によって阻まれた。


 俺たちは、会場外の階段に逃れると、踊り場から『ホワイトローズ』へ瞬間移動した。

 柳井さんと後藤さんを後に残しているが、彼らは後ほど回収する予定だ。


 こうして、俺たち『初めの四人』は、異世界転移について無事公開することができた。

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