第27話 天竜祭(上)
ドラゴニア滞在二日目、イオの家に白竜族のジェラードが訪れていた。
「白竜の若様、どうかお顔を上げてください」
イオが困った顔でそう言った。家に招きいれられたとたん、大柄なジェラードが少女であるイオの前に平伏しているのだ。
「天竜様の加護を受けたお方を、おろそかになどできません」
イオが天竜から加護をもらったことを彼なりの情報網で知ったのだろう。その後、俺が必死で彼を説得し、なんとか同じテーブルに着いてもらった。ふう、なんか疲れる。
『(・ω・)つ いつもだらだらしているから、その程度で疲れるんですよー』
ぐはっ。点ちゃんのセリフがクリティカルヒットする。
極秘にするよう念を押し、天竜国であったことをジェラードに伝えた。
ただ、ナルとメルが古代竜であるということは伏せてある。二人が人族で、竜に変身できると勘違いしているイオにも一応口止めしておいた。
竜王様の名前が出るたびに、彼が平伏しようとするので、それを止めるのが大変だった。
隣に座り話を聞いていた加藤が、呆れ顔で言う。
「はーっ。
エルファリアの時もそうだったが、ボー、お前ってマジ厄介ごとに巻きこまれる体質だよな」
お前にだけは言われたくないがな。確かに自分でもそう思うよ。
最後に肝心な話をしておく。
「ということで、今回の天竜祭は、これまでに無いことがいろいろあるってことだよ。
それを四竜社で徹底しておいてくれないか」
「承りました」
「おいおい、俺に対しては今まで通り頼むぞ」
「はあ、まあ、そうもいきませんが、なるべく努力してみます」
ジェラードは爽やかに笑うと立ちあがった。
くそう、なんでも絵になるやつだぜ、全く。
俺は去っていくジェラードを見送った。
◇
天竜祭当日。
式典は昼過ぎからだが、朝のうちに天竜たちがイオの家にやってきた。天竜モースの背中に人化した長たちが乗ってきたのだ。
今回やってきた十体の天竜は、ほとんどが高齢だ。
通常なら天竜祭には若い天竜が三体で参加するらしいから、彼らにとっても今回の天竜祭が異例であることが分かる。
人化したモースも加えた一行は、俺が臨時に建てた『土の家』で休息してもらう。せっかくだから、ネアさん、リニア、エンデに彼らの世話をしてもらった。
監督役はイオだ。
天竜がイオに対し恭しい態度を取るので、ネアさんたちの緊張が幾分ほぐれたようだ。天竜は、これからも蜂蜜目当てにここを訪れるだろうから、慣れておかないとね。
長には、さっそくポルとミミが採ってきた蜂蜜を渡しておく。
「おお!
これですじゃっ」
長が蜂蜜のビンに頬ずりしている。
よっぽど好きなんだなあ。
その時、外に目をやったネアさんが俺に声をかける。
「シローさん、ラズローさんが来ています」
「あ、もう時間なんですね。
ありがとう」
外に出ると、立派な鹿車があった。護衛役を兼ねた赤竜族の若者二人が御者台から降りる。一人が客車の扉を開けると、ラズローが降りてくる。
「シロー殿、先日は竜闘に父をお呼びいただき、誠にありがとうございました。
父は体の調子もよくなり、自分で立って歩けるようになりました。
この度のことで、気が済んだと申しておりました」
簡単には心の整理がつかないだろうけど、少しは気持ちが軽くなったかもしれないね。
ラズローのお父さんには、これから赤竜族の、そして、全ての竜人の重鎮として、しっかり働いてもらわないと。
「では、天竜祭へは私が送りますので、どうぞこちらへ」
ラズローが鹿車の方へ手を広げる。
「ああ、それが――ジェラードから聞いていると思うけど、今年はちょっと天竜祭の内容が変わってまして」
「ああ、そういうことを言ってましたね」
「そうそう、せっかくだから、ラズローさんも俺たちと一緒に竜舞台へ行きませんか?」
「それはかまいませんが……」
俺は天竜たちが休んでいる『土の家』にラズローを招きいれた。
「おや、シロー殿、そちらの方は?」
天竜の長が、声を掛けてくる。
「こちらは、ラズローさんです。
赤竜族の族長でもあり、四竜社の新しい頭(かしら)でもあります」
「そうですか。
ラズローとやら、これから竜人たちのとりまとめ、よろしく頼むぞ」
「はあ、あなた方は一体?」
「えー、驚くかもしれませんが、こちらの方は天竜の長(おさ)です」
ラズローは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。
「ええと、もう一度お願いできますか?」
まあ、信じられないのも無理はない。天竜の人たち、ネアさんやイオと気軽に笑いあってるからね。
。
「こちら天竜の長ですよ」
俺が二度説明しても、彼はまだ首を傾げている。竜気は見えているはずなんだけどね。俺が長に耳打ちすると、彼は『土の家』から外に出て、竜に姿を変えた。
すぐに人化して戻ってくる。
ラズローは、ブルブル震えだした。
「ほ、本当に、天竜様……しかも、その長であらせられる――」
「ほら、ラズローさんがそんなだと、みんなの和やかな雰囲気が壊れちゃうでしょ」
俺は彼の肩や背中をポンポン叩いた。
「ラズローとやら、平伏はなしじゃぞ」
ちょうど膝を折ろうとしていたラズローが、長に機先を制される。仕方なく彼はよろよろと椅子に座った。
「し、史郎さん、ここにいらっしゃるのはもしかして……」
「ええ、ネアさんたち以外は天竜の方々ですよ」
ラズローはまっ青になっている。でも、これからの事を考えると、この壁は乗りこえてもらわないといけないんだよね。
ラズローは気安く天竜たちから話しかけられていたが、ただ、「はっ」「はっ」と繰りかえすだけだった。
◇
「あっ!
史郎さん、時間が……」
ラズローが慌てだす。
「ラズローさん、鹿車のところにいる護衛の方々は、そのまま竜舞台へ向かってもらってください」
彼が護衛に声を掛けてから戻ってくる。
「言われた通りにしましたが、どうやって竜舞台まで行くのです?」
ラズローは自分が主催者だから、本当に心配している。
「ご安心ください。
俺の魔法を使います」
「しかし、魔法といっても、これだけの人数をいったいどうやって?」
パーティメンバーと加藤に念話を繋ぎ、庭に出てきてもらう。
そこで六畳ほどの点魔法の箱を三つ出し、それぞれドア型の入り口を開けた。すでに何度か使った箱なので、テーブルや椅子も完備してある。
俺の指示で、天竜、竜人、俺のパーティに分かれ、箱に入る。
皆が入ったところで箱に透明化の魔術を掛け、竜舞台に瞬間移動した。
ジェラードとの打ちあわせで、竜舞台の上は空けさせてある。
すでに観客席には竜人たちがぎっしり座っており、その一角には女性たちの姿もあった。
竜闘を観戦してくれた女性たちにもう一度集まってもらったのだ。女性が参加するのは、長い天竜祭の歴史でも初めてのことだ。
人族である俺一人が舞台の上に現れたので、観客はポカーンとしている。俺の肩には白猫が乗っているしね。
俺はすぐに舞台脇のジェラードに合図をした。
ジェラードの大きな体から朗々とした声が流れだす。
「みなさん、今回は特別な天竜祭となります。
これまでの式次第と全く異なることに驚かれる方もいるでしょう。
しかし、式が進めば、その理由が分かってもらえると思います。
では、天竜祭を始めます」
銅鑼の音が鳴り、天竜祭が始まった。
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