第17話 天竜国のダンジョン10
俺たちの前に現れた巨大な骨のドラゴンは、口を上に向け開くと、咆哮を放った。
グゥオオーンン
巨大な銅鑼の音のような声が、空間を振動させる。腹の底が震えるような音だ。
いくら何でも、これとは戦えないだろう。俺がそう思った瞬間、頭の中に声がした。
『試しの儀をおこなう者よ。
その勇気を讃えよう』
え? じゃ、戦わないで済むの?
俺の思考を読んだようにテレパシーが続く。
『我を倒すまで、この部屋からは出られぬ。
お主らが持つ全ての力を使い、我を倒して見せよ』
ええ、分かってましたよ。どうせそんなことになるって。
リーヴァスさんの指示で、俺たちは竜を取りかこむような陣形を取った。まだ本調子でないミミは、俺の後ろにいる。
『(・ω・)ノ ご主人様ー、キュンッて消しちゃわないの?』
簡単に言ってくれるね、点ちゃん。しかし、さっきこの竜が言ってた「試しの儀」という言葉が俺の予想通りなら、その戦い方はできないんだよね。
『(^ω^)ノ 分かったー、別の方法で倒そー』
この絶体絶命の状態で、相変わらず軽いな点ちゃんは。
しかし、その点ちゃんの軽さのおかげで、俺は至って冷静になれた。
巨大竜の身体をよく観察する。青く光る骨の部分は、どうみても攻撃が通りにくそうだ。そして肋骨の内部、本来心臓があるだろう場所には、ことさら強い光があった。
小さな太陽の様に見えるそれは、周期的に小さくなったり大きくなったりを繰りかえしている。
もしかすると……
俺は全員に念話を飛ばし、作戦を伝える。
その間にも、ドラゴンは首を後ろにぐっと引いている。何かの予備動作のようだ。
「ドラゴンブレスが来ますぞ!」
リーヴァスさんが警戒を促す。
全員の前に、三層の点ちゃんシールドを展開した。
竜の首が突きだされると、開いた口から猛烈な炎が迸(ほとばし)った。これに比べたら、「焼殺の魔道具」など線香花火に過ぎない。
直径一メートルを越える炎の柱が、部屋の中を蹂躙(じゅうりん)する。
展開したシールドの二枚までが破られた。点ちゃんシールドが壊れたのは、これが初めてだ。
「ブレスは連続して打てない。
各自、隙を見て攻撃!」
リーヴァスさんのアドバイスが頼もしい。
俺は各自のシールドを五枚に増やすと、少し下がって準備に入った。
その間にも、ドラゴンが振った骨の尻尾(しっぽ)が、シールドを何層か叩き割る。
パーティメンバー各自が骨竜の尻尾や足に攻撃を加えているが、ほとんど効いていないようだ。しかし、これは俺が考えた作戦の一部だ。
俺はバイク型の点ちゃん4号を出すと、それにまたがる。手には、点魔法で作った長さ二メートルほどの馬上槍がある。
ドラゴンが吐く二発目のブレスを凌いだ俺たちは、総攻撃に出る。ミミと俺を除く全員が攻撃を始めた。
ルルは、スリングショットで頭部を狙う。
コルナは黒い霧を竜の頭部にかぶせ、視界を奪う。
ポルは骨の尻尾を避けながら、足に攻撃を集中する。
リーヴァスさんが見えないほどの速度で動きながら、同じく足を狙う。
巨大竜が一瞬ぐらつく。その巨体ゆえに、一度バランスを崩すと体勢を立てなおすのが難しい。それでも、骨の翼をばたつかせると、ドラゴンは浮いた方の足を無理やり地面に着けた。
今だ! 行くよ、点ちゃん。
『d(`^´)b ゴー!』
点バイクは、蹴飛ばされたように走りはじめる。一瞬で竜の所まで走りきった。
重力付与でバイクが宙に躍る。
俺を乗せたバイクは猛烈な勢いで、ドラゴンのあばら骨にぶつかった。
空中でバイクから離れた俺は、点魔法の槍(ランス)を光る球につき刺した。
思ったより硬い手応えから返ってくる衝撃に、ランスを手放しそうになる。俺は必死でランスの柄にしがみついた。
パリン
何かが割れるような音を立て、竜の心臓を成す光球が辺りに散った。
空中でバランスを崩した俺は、慌てて自分に重力を付与する。ガラガラと崩れていく骨の上に静かに降りたつ。
「お兄ちゃん、また無茶をして!」
コルナはプンプン怒っている。
ルルは笑顔で俺とハイタッチした。
ポルは、「は~、怖かったー」と腰を抜かした形だ。ミミは、そのポルの頭を撫でている。
リーヴァスさんが、ぐっと俺の手を握った。
「やりましたな」
俺もその手を握りかえす。
「なんとかなりましたね」
リーヴァスさんは、もう一方の手で俺の肩をポンポンと叩いた。
「さて、いよいよですな」
数多くのダンジョンを踏破したリーヴァスさんは、これからの展開が予想できているらしい。再び骨の周りから遠ざかるよう指示を出す。
俺たちは骨の山から少し離れた所に集まり、リーヴァスさんの後ろに控えた。
骨の山が再び光りだした。
◇
崩れおちていた骨は音を立て組みあわさり、再び竜の形になった。
『挑戦者よ、見事であった』
頭の中に声が聞こえる。
骨の竜は、三度頭を下げる仕草をした。
『試しの儀を果たしたお主らに、報酬とお願いがある』
俺は、まずお願いの方を聞いておくことにした。
普通に声に出して話しかける。
「まず、お願いをうかがいましょう」
『この部屋の奥にある『ゆりかご』と神樹を解放して欲しい。
そして、真竜の子らを守って欲しい』
「守る?
あなた以上の守り手は、いないように思いますが」
俺は当然の疑問をぶつけてみた。
『我はこの部屋から離れられん。
『ゆりかご』をこの部屋に出してほしいのじゃ』
「その『ゆりかご』とは、何です?」
『かつて、我ら古代竜が多くの種族の標的となった時代があっての。
その時に保護した子供たちが入っておる』
「古代竜の卵が入っているんですね」
『そうじゃ。
種族維持に十分なだけの数がある』
「しかし、そんな数が一度に孵(かえ)ったら、俺たちには世話ができないと思いますが」
『それはこちらでコントロールする。
子供たちがこの山から外に出た後、保護してやってほしいのじゃ』
成程、そういうことか。
『我(われ)が子供たちの教育も行うようになっておる』
ああ、この広い空間は、古代竜の子供たちにとって学校となるわけだね。
その風景を思いうかべた俺は、少し嬉しくなった。
「お子さんたちが外の世界で生きるときのサポートは、こちらに当てがあります」
『外で子供たちに与える食事の用意も、お主らを頼ることになるが大丈夫か?』
「一度に沢山の卵が孵(かえ)らない限り、大丈夫です」
『我を倒したその力で子竜たちを守ってほしい。
くれぐれも頼むぞ』
「分かりました。
ところで、神樹様というのは?」
『おお、『ゆりかご』は神樹によって守られておってな。
『ゆりかご』をこちらの部屋に移すことにより、その役目から解放してもらいたいのじゃ』
「やり方は、ご存じなんですね?」
『ああ、お主らが協力してくれたら簡単じゃ』
「分かりました。
お引きうけしましょう」
『かたじけない。
以後、我の事は『竜王』と呼ぶがよい。
それが生前の我が名であった』
「分かりました」
俺は、一人一人仲間の名前を竜王に伝えた。
『シロー、リーヴァス、ルル、コルナ、ミミ、ポルナレフじゃな。
では、報酬についても話しておこう』
体調が優れなかったミミの目が輝く、報酬という言葉を聞いて一気に元気になったようだ。
『もう一つの部屋には様々なものが置いてある。
人の身ならおそらく一生掛かっても使いきれぬであろう。
子竜の行く末に使うものを除き、全て好きなようにいたせ』
うーん、古代竜が成長する過程で何が必要になるか分からないから、実質宝物は使えないな。まあ、古代竜の子供たちに役立つなら、それで構わないよね。
『宝物(ほうもつ)は、お主らの知らぬものも多かろう。
その時は遠慮なく我に尋ねよ』
「ありがとうございます」
『では、まず『ゆりかご』への扉を開けるぞ』
巨大な空間の奥に、縦横十メートルくらいの正方形の扉が現れた。その金色の扉が縦半分に割れ、こちら側に開きはじめる。
向こう側の空間から虹色の光が溢れだした。
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