第46話 報復(下)


 舞台上に残っているのは、ジェラードとビガ、そして人質の女だけになった。 

 そして、竜舞台は、観客から飛び降りてきた黒竜族に囲まれている。最前列は影一族だ。


「これで、もうお前は逃げられない」


 ビガがジェラードに向けニヤッと笑う。まさに邪悪を絵にかいたような笑いだ。

 人質の首筋に右手のかぎ爪を突きつけたビガが、左手を上げて合図すると、取りかこんでいる黒竜族の輪が一気に縮まった。


 影一族が竜舞台の斜面をスルスルと上ってくる。そして、試合場に足を踏みいれた。


 キュキュキューン


 金属が立てるような甲高い音が場内に響いたとたん、影一族の男たちが消えてしまった。


「ど、どういうことだっ!」


 ビガが叫ぶ。

 消えた影一族に代わり、黒竜族の最前列が竜舞台に上がる。


 キュキュキューン


 再びあの音が聞こえると、黒竜族の最前線にいた男たちも瞬時に姿を消した。

 さすがにその後ろの男たちは、竜舞台へ上がる前に踏みとどまっている。


 ビガが彼らに向かって吠える。


「やってしまえ!」


 その気迫に押され、最前列の足が竜舞台の上に触れた。


 キュキュキューン


 再び最前列の竜人が消える。


「ひ、ひーっ!」

「た、助けてー!」


 黒竜族の男たちは、恐怖に引きつった表情で逃げだそうとした。


「お前らっ! 

 待てっ!」


 ビガが叫ぶが、誰も足を止めない。しかし、男たちは逃げだすことができなかった。

 なぜなら、竜舞台から十メートルほど離れたところで、透明な壁にぶつかってしまったからだ。

 茶色い布を頭に巻いた少年が、見えない壁の前で戸惑う男たちを投げとばしていた。狙いは竜舞台を支える土の斜面だ。


「ぐあっ」

「げっ」

「ごっ」


 それぞれが悲鳴を上げ、土に突っこむ。雨で柔らかくなった斜面に身体の半分以上を埋めた男が、気を失う。

 竜舞台はその周囲から男たちの手や足が生えた、巨大なオブジェと化した。


「こ、これはどういうことだ!?」


 ビガが叫ぶが、答える者はいない。


「ええい!」


 ぶち切れたビガは、右手のかぎ爪を人質の女性に叩きつけた。


 カキン


 固い音を立て、それが弾かれる。


「な、何だ? 

 どうなってる?」


 ビガは、答える者のない問いを繰りかえす。

 人質の女が、自分の髪に手をやる。

 カツラを取って現れたのは、ビガがかたきと狙う人族の少年だった。

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