第2話 予期せぬ訪問者


 俺たちは、家族総出で、新しい家の準備に取りかかった。


 家の中に置いてあるものを全て庭に出す。家の中が空になると、俺は点魔法で家を消した。愛着がある家なので、壊れないよう、点収納しておいた。

 次に、棒きれで、地面に間取り図を書いていく。


 まずは三階の間取りだ。書きおえたら、土魔術で持ちあげる。三階部分が地面から「える」。

 引き続き、二階部分を建ちあげる。

 そして、一階部分。 

 地階は一階部分の中に入って作る。建物の荷重が掛かりにくい部分を選び、小さめに作った。


 一番難しかったのが、三階と一階を繋ぐ、すべり台だ。これは、家の外壁の外にぐるりとらせん状に巻きつく形にした。支えは、家とは別に土魔術で地面から持ちあげる。

 何度か失敗して点魔法で消したが、やっと完成した。これで、三階の子供部屋と一階のリビングが繋がる。音も伝わるので、とても便利だ。

 すべり台でもある太いパイプに向かい、「ご飯ですよー」って言えば、子供たちが、そこを滑りおりてくる仕組みだ。

 ナルとメルは、部屋の整理そっちのけで、何度も滑っていた。


 デロリンとチョイスの部屋は、一階キッチン脇に作った広めのパントリーから入れるようになっている。建物の外壁に、彼ら専用の出入り口もつけた。


 一階には、食事用の広いリビングを作った。全員が食事できるだけの、広い作りつけのテーブルがある。浴室も一階だ。浴槽は大き目に作っておいた。床と壁の下半分は、後で色タイルを貼る予定だ。


 二階には、リーヴァスさん、コルナ、コリーダの部屋があり、客間も作った。


 三階は、俺の部屋、ルルの部屋、子供部屋がある。この階にも広い空き部屋を確保した。その空き部屋からは、屋上に出ることができる。


 俺は、ルルを呼び、二人で屋上に出た。


「シロー、これは?」


 屋上には、対角線上にあずま屋が二つあり、それ以外はふかふかの土が入っている。


「ルル、花が好きでしょ。

 ここを、お花畑にできたらいいかなって……」


「シロー……」


 ルルは、目に涙をためている。

 湿っぽくなった空気を払うため、彼女にあずま屋を案内した。


「このあずま屋は、お茶用なんだよ」


 六角形の部屋にある、丸テーブルの下を指さす。丸テーブルは、太い支柱で支えられていて、その支柱には扉付きの棚がしつらえてあった。


「ここに、茶道具をしまうことができるんだよ」


「まあ!」


 お茶が好きなルルは、目を輝かせている。

 もう一方のあずま屋にも連れていく。


「この大きなお椀のようなものは、何ですか?」


 円形のあずまやの屋根が、そのお椀にかぶさるような造りになっている。


「ああ、そうだな。

 これは秘密にしておいて、後で驚かせるかな」


 そのお椀は「付与 魔術属性」のスキルを手に入れてから、ずっと温めていたアイデアだ。


「楽しみにしています。

 ありがとう、シロー」


 彼女は俺に近づくと、頬に軽くキスをした。ここで彼女を抱きしめると、自分が抑えきれなくなりそうなので、ぐっと我慢する。


 階下からは、すべり台を元気よく滑る、ナルとメルの笑い声が聞こえてきた。


 ◇


 近所の人々は、突然現れた大きな建物に驚いていた。


 通りすがりに、チラチラとへいの向こうからのぞきこんでいる。

 俺たち家族は、ハウスウォーミング・パーティーを開くことにした。


 地球でお土産用として大量に買っておいた色紙いろがみが、飾りとして役に立つ。チョイスが、驚くほど手先が器用なところを見せる。

 折り鶴なども、すぐに覚えて作ってしまう。地球で買ってきた折り紙の本は、手順が絵で説明してあるから、彼にも理解できる。飾り棚の上は、あっという間に彼が作ったいろんな紙の動物で一杯になった。


 折り紙の動物に、興味を持ったのだろう。 

 ナルとメルが、チョイスにまとわりついてる。


 忙しくしている俺たちの家を最初に訪れたのは、予期せぬ人物だった。


 ◇


 翌日にパーティーを控えた日の午後、その人物がやって来た。

 ノックがしたのでルルが出てみると、冒険者の格好をした犬人族の男性が立っていた。

 獣人世界ケーナイの町にあるポータルの管理官ワンズが見たら、シローがポータルを潜ってすぐ、部屋に現れた男だと気づいたはずだ。


 年の頃三十過ぎに見えるその男は、こう切りだした。


「こんにちは。

 こちらは、シローさんのお宅で間違いありませんか?」


「ええ、そうですが」


「私、ケーナイのギルドから来た、テレンスと申します」


「え? 

 ケーナイからですか?」


 ルルは、男がわざわざポータルを渡ってきたと知り、少し驚いた。


「彼に直接お話する用件がありまして、ギルマスのアンデから頼まれたのです」


 自分が知っているアンデの名前が出て安心したルルは、彼を家の中に招きいれた。


「では、こちらでお待ちください」


 ◇


 犬人の男は、リビングの隅にある来客用の椅子に座り待っていた。


 俺が部屋に入っていくと、彼は立ちあがってお辞儀をした。


「こんにちは。

 私がシローですが、アンデの用件は、何でしょう?」


 俺は、そう言いながら、彼の向かいの椅子に座ろうとした。


『(・ω・)ノ ご主人様ー』


 何だい、点ちゃん。


『(・×・) この人、犬人に見えるけど、犬人じゃないよ』


 えっ? なるほど、モーフィリンか。


 俺は、何食わぬ顔をして、警戒心を高めた。


「エルファリアから、何か持ちかえられたものがありますか?

 それを、確認させて欲しいとのことでした」


 ははあ、猫賢者が「宝玉を狙う者が現れる」と警告してくれたが、さっそく来たか。

 俺がどう対処するか考えていると、部屋にチョイスが入ってきた。


「シローさん、この飾りつけですが……」


 ガタッ


 後ろを、振りむくとテレンスが驚愕の表情を浮かべ立ちあがっていた。彼の視線の先には、チョイスの後から部屋に入って来た、ナルとメルがいた。

 二人とも、手に折り紙を持ち、ニコニコ笑っている。

 テレンスの尋常でない様子に、チョイスは訝し気な表情を浮かべている。


「あ、あ、あなた方は……」


 男の震える唇から、言葉にならない音が漏れた。


「パーパ、これナルが作ったんだよ!」

「メルも作ったー」


 二人の無邪気な声が、場の緊張感とは関係なく流れる。

 俺は、娘二人とテレンスの間に、見えない点魔法のシールドを張ると、こう言った。


「テレンスとか言ったな。

 お前、本当は誰だ?」


 テレンスの唇は、震えたままだ。顔色が、まっ青になっている。

 俺は、手をパンと合わせた。目の前に、犬人の男から変身した別人の姿があった。

 ヤツは、犬人どころか、今まで見たこともない種族だった。


 黒髪の若い女性で、身長は一メートル七十センチほど。細身だがよく引きしまった体をしている。顔のこめかみのあたりから頬骨の上にかけ、黒いうろこのようなものが生えている。

 自分の偽装が解けたと知った女は、ズボンのポケットから丸い何かを取りだし、床に叩きつけた。

 一瞬で、煙が部屋に満ちた。

 俺は念のため、自分たち四人を点魔法の箱に入れておく。


 煙はじきに消えたが、女の姿は無かった。まあ、点をつけているから、逃げても意味は無いんだけどね。


「パーパ、さっきのモクモク何?」

「パーティー?」


 娘二人は、いつも通りだ。

 チョイスは、目を大きく開け、驚いた顔で固まっている。

 俺は、すぐに、ギルドに滞在中のフィロさんと念話を繋いだ。


『フィロさん、聞こえますか?』


『ええ、何でしょう?』


『すぐに、キャロの所へ行ってもらえますか?』


『いいですよ』


 理由も聞かず、彼はすぐに行動に移ってくれた。彼の頭上に設置した点からの映像にキャロが映った。彼女には、まだ点を着けていないので、すぐに着けておく。

 念話で話しかける。


『キャロ、聞こえる?』


『え? 

 シロー? 

 何、これ?』


『俺の魔法。

 それより、今、こういうことがあったよ』


 俺は、彼女に先ほどの出来事を話して聞かせた。


『ふうん、頬に鱗ねえ。

 その女は竜人かもしれないわね』


『竜人?』


『ええ、伝承にすぎないけど、かつてそういう人たちが、現れたことがあるらしいわ』


『彼らの世界へのポータルはあるの?』


『まだ、見つかっていないの。

 だから、今までは、誰も彼らの存在をまともに信じる人は、いなかったんだけど……』


『何か、危険な匂いがするんだ。 

 すまないが、ケーナイのギルドに連絡を取って、ミミとポルに警戒するように伝えてくれないか?』


『分かったわ。

 その女が、ケーナイのギルメンを名乗っていたなら、ギルドとしても無関係ではないしね』


『頼んだよ』


『任せて。

 そちらも、気をつけてね』


 俺は、キャロとフィロさんにお礼を言うと、念話を切った。

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