第24話 幻の島


 俺は、驚くべき予想と、それが恐らく事実であることを家族に伝えた。


 リーヴァスさんが驚愕したほどだから、他の家族の驚きは、さらに凄かった。

 コルナなど、首を左右に振り、

「信じられない」

 と繰りかえしていたほどだ。


 昨夜ばらまいた点からは、次々と新しい情報が入ってくる。点ちゃんノートがなかったら、頭がパンクするほどの情報量だ。


 相談の上、俺とリーヴァスさん、ルルが調査に出ることになった。

 今回は、戦闘が予想されるので、このメンバーとなった。

 雑用係として、チョイスも連れていく。


 出発する前に、気がついたことをやっておく。

 土魔術による井戸造りだ。


 フェアリス広場の片隅に土魔術で穴を掘っていく、固い岩盤の掘削には点魔法も使う。

 すると、三十分も掛からず、立派な井戸ができた。

 構造をうろ覚えだったので、ポンプの作成には一時間ほどかかった。レバーを下ろして水が出ると、子供たちが歓声を上げ、水浴びを始めた。


 この集落で使っていた水は、ある種のつたの茎から得られるものと雨水だけだった。

 そのため、水が非常に貴重なものだったそうだ。

 水浴びするフェアリスの子供たちを、おさが涙を浮かべて眺めている。他の大人たちも、感無量の様子だ。

 俺は、それを見てから集落を後にした。

 集落のシールドを抜け、点ちゃん1号までボードで上がる。


 こうして、俺、ルル、リーヴァスさん、チョイスの調査行が始まった。


 ◇


 点ちゃん1号は、昨夜通った空路を再び南東に向かう。


 ばらまいておいた点から入った情報を元に、停止する位置を決めた。

 外壁は透明にしてあるから、下方の海もよく見える。


「シロー、あれが本当に?」


 ルルがこちらを見る。

 俺は頷いて、点ちゃんに合図を出した。

 点ちゃん、お願い。


『(・ω・)ノ はいはーい』


 まあ、歴史的瞬間って言っても、点ちゃんには、ただのお遊びだからね。


 さっきまで海だったところが、一瞬にして広大な陸地に変わる。

 大陸の北部は森林が広がり、町らしきものもあちらこちらに見える。

 南部は白く雪に覆われている。


 幻の『南の島』が姿を現したのだ。


 ◇


 点ちゃん1号は、大きな町の上空に浮かんでいた。


 俺は、郊外のドーム型施設の真上に来るように、1号の位置を調整する。

 この場所は、あらかじめ撒いておいた点からの情報で選んだ。

 チョイスには待機を指示し、俺、ルル、リーヴァスさんは三人用ボードで降下した。

 ドームの屋根を点魔法で円形に消し、そこから中へ降りる。


 俺たち三人の姿は、敵から見えないようになっている。

 フェアリスが使っていた魔術だ。

 解析した点ちゃんによると、闇魔術だそうだ。


 ボードが、通路のようなところに着陸する。

 俺を先頭にルル、リーヴァスさんの順で通路を進む。


 前方から足音がする。

 俺は、念話で二人に壁際でじっとするように指示する。

 現れたのは、エルフの男性が二人だった。


 ただ、肌の色が黒に近い褐色で、髪もこげ茶色だ。

 恐らく、彼らがダークエルフだろう。


 二人は、俺が見慣れた服を着ていた。

 アルカデミアの秘密施設で、研究者が着ていたものだ。


「今までに見たことが無い数値なんだ」

「上に報告する必要があるか?」

「馬鹿、きちんと調べてから報告しないと、叱られるだけだぞ」

「それもそうだな」


 二人は、こちらには気づくことなく、通りすぎていった。

 俺たちは、また通路を進みはじめた。


『(・ω・)ノ□ このドアだよ』


 点ちゃんの合図で壁を見ると、金属製の頑丈そうなドアがあった。

 丸ごと消すこともできるが、念のためロックを解除し、ドアを開ける。


 中は、広大な空間になっていた。

 工場を思わせる空間の床には、おびただしい数のカプセルが置いてあった。

 カプセルは金属製で、中は見えない。

 点ちゃん、なんとかなりそう?

『(*ω・) 前に、モリーネさんに使った方法を試してみる』


 そういえば、カプセルに入っていたモリーネ姫を目覚めさせたのは、点ちゃんだったね。

 頼むよ、点ちゃん。


 一番手前のカプセルに点がいくつか入っていく。

 治癒魔術の光がカプセルから外に漏れだす。


『(^ω^)b うまくいったよー』


 じゃ、次はカプセルを開いてね。


『(^▽^)/ はーい』


 カプセルの蓋が、ゆっくり持ちあがる。

 白いもやの中に、ぼんやりした表情で上半身を起こしている女性がいる。


 紛れもなく、彼女はフェアリスだった。


 ◇


 俺は、カプセルのフェアリスが話せるようになるまで、少し待った。


 その間に、点ちゃんは、部屋に残る全てのカプセルを開放に掛かっていた。

 無数のカプセルが治癒魔術の光で包まれる光景は、こんな時でなければ、幻想的で美しいものだったろう。

 カプセルが次々に開きはじめた。

 俺は、自分たちを見えなくしていた、魔術を解除した。


「大丈夫ですか?」


「なぜ人族が? 

 ここは、どこ?」


 考える力は、失われていないようだ。


「あなた方は、ダークエルフにさらわれて、『南の島』に連れてこられています」


「え? 

『南の島』って、伝説の?」


「実在しました。

 どうぞ、カプセルから出てください」


 俺は、彼女の手を取り、カプセルの外に出す。

 筋力が弱っているのか、彼女は立っているのがやっとのようだ。ルルとリーヴァスさんも、フェアリスの人々がカプセルから外に出るのに手を貸している。


『(6・ω・) ご主人様ー、外の人が、気づいたみたいだよ』


 点ちゃんが、そう報告したとたん、大音響で警報が鳴りだした。

 点ちゃん、ドアが開かないようにロックしておいてね。

 何か所かあるこの部屋の入り口が、がんがんと大きな音を立てはじめた。外からドアを壊そうとしているらしい。


 やっとのこと、全員がカプセルから解放される。

 急いで一片三メートルくらいの箱を十個ほど作り、フェアリスたちがその中に入るように指示した。よろめきながら、なんとか全員が箱の中に入る。

 俺は、すぐに箱を上空へ誘導した。


 すでに、屋根は大きめに切りとってある。

 ボードが、次々と空へ上がっていく。

 透明化の魔術も、付与しておいた。


 俺、ルル、リーヴァスさんは、一つのハッチ型ドアの前で、それが開けられるのを待つ。


 ◇


 ドアが大きな音を立てて、こちら側に倒れる。


 武装したダークエルフが、なだれこんでくる。

 俺は、前もって自分たちに、再び透明化の魔術を付与しておいた。リーヴァスさんとルルが、一瞬でダークエルフを無力化する。そして、手際よく全員を縛りあげた。


 このやり方で、他に二つある入り口も制圧した。

 武装したダークエルフが十二人の他、研究者が四人いた。


 ここでぐずぐずしていても、始まらない。

 俺は、捕えた十六人を一辺四メートルくらいの点魔法の箱に一度に入れる。

 もちろん、一人一人に点をつけておくのも忘れない。


 自分たちのボードも出し、三人で乗りこむ。

 捕虜を入れた箱を引っぱり、一気に上昇する。

 上空では、点ちゃん1号と、フェアリスたちが入った箱が待機している。


 俺、ルル、リーヴァスさんは、点ちゃん1号に乗りうつり、『西の島』へと向かった。


 ◇


 捕虜はともかく、体力を失っているフェアリスたちは、一刻も早く休ませなくてはならない。


 俺は、点ちゃん1号と引きつれたボード、両方のスピードを上げ、一時間ほどで瓦礫の町に着いた。

 ここには、土魔術で作った『土の家』のベースキャンプがある。

 着陸した俺は、捕虜を入れる牢を塀と家の間に三つ造り、その二つに武装解除した警備兵、残り一つに研究者を入れた。

 一人一人、点ちゃんで調べているから大丈夫だと思うが、万が一のための予防措置だ。


 彼らをフェアリスの集落に連れていくと、復讐目的で住民から危害を加えられる恐れがある上、何かの拍子に集落の位置が『南の島』に伝わるかもしれないからね。


 フェアリスも、家とその周囲で休息してもらったが、何分人数が多い。俺は仕方なく、あまり時間を置かず、集落に向かうことにした。

 体調が特に優れないフェアリスは、1号に乗せる。他の人は、大型のボードを数個作り、それに乗ってもらった。

 これなら、飛行中に調子が悪くなっても、お互いに助けあうこともできるはずだ。

 人数分の椅子と簡単な食事、水を載せたテーブルも備えつけておいた。


 リーヴァスさんとチョイスをベースキャンプに残し、俺とルルは点ちゃん1号で集落へ向かう。フェアリスたちに発信機の類が付けられていないか、改めて点ちゃんに調べてもらった。

 集落のすぐ近くの上空で点ちゃん1号を待機させ、ボードで木々が頭を並べる高度まで降りる。そのまま広場の真上まで横移動する。

 コルナに連絡してあるので、下では受けいれ態勢が出来ているはずだ。木を痛めないよう、あらかじめ点魔法で円筒形の通路を確保しておいた。


 俺は、フェアリスを乗せた大型ボードを一つ、広場のまん中に下ろした。

 着地したのを確認すると、ボードを消す。集落のフェアリスが大勢で出てきて、歓声を上げながら、よろめく仲間を介抱している。


 俺はコルナと連絡を取りながら、降下地点が空くごとにボードを下ろしていく。

 全部のボードを下ろすのに、一時間近く掛かった。

 最後に、俺とルルが乗ったボードが下に降りる。

 集落の人々から、拍手と歓声が上がる。


 フェアリスのおさが、まっ赤な顔をして駆けよってくる。


「シロー殿! 

 何とお礼を言うてよいのか……」


 彼は、そこで絶句してしまった。


「あの中には、ワシの孫娘もおりましたのじゃ」


 長は、やっとそう言うと、顔を両手で押さえ、うずくまってしまった。

 あー、こりゃ、困ったな。


 ルルが長の肩を抱き、彼の家まで連れていく。

 ナルとメルが、その後を追いかけていった。

 娘たちは、マンマが大好きだからね。


 コルナが、手を上げ、俺の所に来る。

 俺たちは、ハイタッチを交わした。


「また、やったわね!」


 その言い方だと、なんか悪いことしたみたいじゃない?


「ああ、まだ何も解決してないけどね」


「あれ見てごらん」


 コルナが、涙を流して再会を喜ぶ人々を指さす。


「まだやることがあるのは分かるけど、今だけは喜んでもいいんじゃない?」


 ま、そうかもね。


「ここからは、君の力が必要だからね。

 頼りにしてるよ」


「もう、お兄ちゃんたら……」


 コルナが抱きついてくる。

 まあ、コルナが言うとおり、今だけは喜んでおこうか。

 俺は、歓喜に満ちた広場を眺め、そう思うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る