第20話 西の島


 俺たちは、『西の島』東岸に到着した。


 目標にしていた港町の桟橋は、杭しか残っていなかった。

 海中に無数の杭だけが並ぶ光景が、島に荒涼とした雰囲気を与えていた。


 俺は点魔法で、船のデッキから岸へ、手すりつきの歩道を伸ばした。

 皆が渡りおえると、点ちゃん3号をしまう。

 デロンチョコンビが、突然消えた船に腰を抜かしていた。

 ワイバーンは、俺たちの上空を旋回している。

 上空から何か襲ってきても、まず彼らが対処してくれるだろうから心強い。


 俺たち一行は、リーヴァスさんを先頭に、キャンプ予定地に向かった。


 ◇


 恐らく、かつては石造りの街並みがあったであろう港町は、徹底的に破壊しつくされていた。


 辺りに散らばる瓦礫がれきが、町の名残をとどめているだけだ。

 道なき道を、ゆっくり内陸へと進んでいく。


 やがて、一行は広場のような場所に着いた。

 恐らく、かつては邸宅の庭だったのだろう。

 広場の横には、瓦礫の山がある。

 一角に、崩れかけた井戸があった。


 リーヴァスさんが、紐をつけた鉄製のコップを井戸に投げこんでいる。

 引きあげたコップの水をグラスに移す。透明な水で、不純物は、ほとんど入っていないように見えた。


「何とか飲めそうですな」


 当面は持ってきた水を飲むが、そのうちに使うかもしれない。

 いざという時には、水の魔道具もあるしね。


「ここにベースキャンプを張りましょう」


 全員が寝られる数のテントも持ってきていたが、ここなら『土の家』を建てても問題ないだろう。

 魔獣の襲撃を考え、塀つきの二階建て家屋を作ることにした。造りなれた土魔術の家だ。およそ十分じゅっぷんほどで大枠を作りおえると、後は工夫を凝らしていく。

 二階から屋根部分に出る階段を作り、屋根の上に物見台をつけた。また、ワイバーンのために止まり木のようなバーをいくつか用意する。


 全ての部屋には窓を設けたが、壁の上部に小さな開口部を作るにとどめた。

 一階中央には、地下へ降りる階段を作った。

 地下室は、六畳ほどだが、万が一の時シェルターになるように特に頑丈に作っておく。シェルターからは、二百メートルくらい離れた地上に出られる、抜け道も用意しておいた。


 家屋から十メートルほど離して塀を作る。

 これは、厚さを二メートル程にし、その上を歩けるようにした。高さが五メートルくらいあるので、よほど跳躍力がある魔物でなければ越えられないだろう。

 塀の外壁は、上部が外側に張りだしており、壁を駆けのぼるタイプの魔獣に備えている。


 次々、建てられていく建造物に、デロンチョコンビは口をポカーンと開けていた。そのうちに、見慣れるだろうけどね。


 俺は当面の仕事が終わり、ほっと一息ついた。


 ◇


 俺が家を一通り作りおえたので、皆はリビングに入った。


 土魔術で作った八つの椅子に、エルフの町で入手したふかふかマットを載せる。

 みんなも、座り心地に満足したようだ。


「シローには、いつも驚かされますな」


 リーヴァスさんが、笑っている。

 テーブルの上に地図を広げ、どの地区から探索を始めるか意見を出しあう。

 あらかた意見が出おわったところで、俺が発言する。


「リーヴァスさん、探索の地区を決めるまで、一日待ってもらっていいですか?」


「ええ、それは何か、お考えがあるのですな」


「はい、貴重な時間を取りますが、よろしくお願いします」


「では、今日は旅の疲れを取るためにも、早めに寝ますかな」


「お風呂を作ってありますから、どうぞ入ってからお休みください」


「過酷な探索のはずが、バカンスになりそうですな」


「ははは、探索が始まれば、そうもいかないと思いますよ」


「そうですな。

 では、ルル、コルナ、子供たちと、先に入浴を済ませなさい」


「はい、おじい様」


「えっ! 

 ルルさんは、リーヴァスさんのお孫さんで?」


 デロリンが驚いている。


「ええ、そうです。

 デロリンさん、明日から料理の方は任せますね」


「ま、任せてください。

 雷神様とそのお孫様のためです。

 最高の朝食をご用意します」


「デロちゃん、つまみ食いすんなよ」


 すかさず、チョイスが突っこんでいる。


「するか! 

 それより、お前までデロちゃんはないだろう」


「何度も聞いてるから、うつっちゃった。

 ははは」


 まあ、いいコンビだね。


 ◇


 俺は、二階から物見台へ上がってみた。


 ワイバーンは、すでに丸まって寝ているようだ。一匹がちらっとこちらを見たが、俺だと分かると、また目を閉じた。

 重力魔法を付与した点ちゃん1号を出す。

 空中に浮かせたまま、開いた側面から飛びのり、一気に空へ上がる。


 じゃ、点ちゃん、やるよ。


『(^▽^)/ はーい!』


 俺たちは、夕焼けに染まりかけている『西の島』が見わたせる位置まで上昇した。

 点ちゃんに、映像機能と風魔術を付与し、コピーする。

 これは、学園都市世界で思いついた方法だ。

 上空から、無数の点を島中にばらまく。

 任務完了。

 次は、明日の朝だね。

 点ちゃん、ご苦労様。


『(*´∀`*) えへへ、どういたしましてー』


 俺と点ちゃんは、刻々と色を変える空と西大陸の美しさに、しばし見いるのだった。


 ◇


 『西の島』二日目の朝。


 朝起きるとすぐに、俺は昨日夕方にばらまいた、点の散布状況をパレットで確認していた。

 点は、島の全域に行きわたったようだ。


 皆がデロリンの絶品朝食を食べおえるのを待ち、壁に映像を映す。

 壁には、点ちゃんが選んだ九か所の映像が現れた。

 ほぼ、四角い島を縦横に九等分し、その地域で代表的な映像が映っている。


 まず、中央は山岳地帯だ。

 岩だらけの山肌と、そこを這いまわる巨大なトカゲが映っている。画面に縮尺を示すバーがあるので、大きさがよく分かる。

 このトカゲは全長が三メートルはある。

 こうなると、もう恐竜と言った方がいいかもしれない。

 上空を飛ぶ、大型の魔獣も映っていた。


 他の画面にも、森林の映像が映っている。

 ただ、映っている魔獣の姿はそれぞれに異なる。

 壁の上側三つ、つまり、大陸の北側には大きな猪の群れが映っていた。大きいものは、体長が五メートルくらいある。

 それが凄まじい勢いで突進すると、大木が雑草のように薙ぎたおされている。


 壁の中央右には、廃墟が映っている。

 俺たちがいるのもこの地区だ。

 時々、廃墟の隙間からネズミのような形の魔獣が顔を覗かせる。全身が映らないから正確な大きさは分からないが、顔だけで三十センチくらいあることを考えると、全長は一メートルを超すだろう。


 壁の中央左には、森林だけが映っており、魔獣の姿は無い。

 これは、大陸西部にあたる地区だ。


 壁の左下には、大きな蛇が映っていた。

 二匹の蛇が争っている。

 片方は五メートルほどある青い蛇で、もう一方は、赤と黒の二メートルくらいの蛇だ。どう見ても小さな蛇がやられるだろうと思った瞬間、小さい方の尻尾が青い大蛇の胴体をチョンと突いた。

 大きな蛇の全身が痙攣する。恐らく、小さな蛇が尻尾から毒を入れたのだろう。

 大きな蛇は、あっという間に動かなくなった。

 ルルが青い顔をしている。蛇が苦手なんだね。気をつけてやろう。


 壁の中央下には、おとなしそうな熊のような魔獣が映っていた。

 本物の熊というより、ぬいぐるみの熊に似ている。問題は、その大きさだ。なんと、十メートルくらいはある。

 これは、設置した塀の高さを考えなおす必要があるな。


 壁右下の映像には、小さな黒い虫が沢山映っていた。

 どうも、蟻らしい。

 一見、無害そうな蟻が危険な存在であることは、なにかの拍子に蟻の山が崩れた時に分かった。その下から現れたのは、巨大な骨だった。

 もしかすると、熊のような魔獣の死骸かもしれない。

 俺たちは、過酷な『西の島』の環境に、息を止め、見いっていた。


「あれ?!」


 ガタっと立ちあがったコルナが声を上げる。

 壁のところまで行くと、目を凝らして画面を見ているようだ。


「お兄ちゃん、この画面拡大できる?」


 コルナが指さしたのは、大陸西の映像、つまり魔獣が映っていなかった場所だ。

 俺は、すかさず壁全部を、その場所の映像に変えた。


「やっぱり……」


 コルナは何かに気づいたようだが、他の者は首をかしげている。


「ほら、ここ!」


 コルナが、ある場所を指さしたことで、やっと我々も何かが動いているのに気づいた。

 森の木々を背景に、透明なガラスのようなものが動いているようだ。

 動いているものの光の屈折が均等でないのかもしれない。その背後の景色が少し歪むから、何か透明なものが動いていると分かる。

 これに気づくとは、さすが獣人だ。


「リーヴァスさん、心当たりがありますか?」


「うーむ、いくつか可能性は考えられますが、これだけでは何とも……」


 その後も、俺たちは西地区の画面を調べたが、先ほどのような現象は、その後、見られなかった。

 一体、あれは何だったんだろう。


 俺は、さらに謎が深まる『西の島』に一層興味を引かれるのだった。

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