第8話 エルフの城


 城の内部は、迷路のように入りくんでいた。


 これでは、たとえ敵が中まで入っても、目的の場所にたどり着くことはできないだろう。

 エルフの騎士は、俺たちを広く落ちついた部屋に連れてきた。部屋の中には、さらにドアがいくかあり、それぞれが寝室になっている。


「こちらで、しばらくお待ちください」


 俺たち六人は部屋でくつろぐことにした。

 コルナが、俺の膝に座っているのを見て、ナルとメルがおねだりする。

 さすがのコルナも、二人には敵わない。渋々、膝を譲った。

 結局、俺は膝に二人の娘を乗せ、点ちゃんから仕入れた異世界の物語を聞かせた。


 ルルは、リーヴァスさんと、備えつけのお茶を飲んでいる。エルフのお茶は、独特の風味と香りがあるらしく、二人はお茶談議に花を咲かせている。

 コルナは、いつも話し相手だったモリーネ姫もいないので、寝室に入ってしまった。

 それから二時間ほどして、さっきとは別の騎士が現れた。


「どうぞ、こちらへ」


 ナルとメルは、いつもは眠くなる時間だが、バスの中でしっかり寝ていたから元気いっぱいだ。


 俺は、コルナに子供二人の世話を任せ、リーヴァス、ルルと共に騎士の後に続いた。


 ◇


 迷路のような廊下を進んだ後、緑の壁に巨大な金色の扉が現れる。


 騎士が呪文を唱えると、扉が開く。

 中は、素敵な空間が広がっていた。

 壁は緻密な文様の布で飾られ、下はエメラルド色の苔のようなものが敷きつめられている。天井のそこかしこに、優しい光で部屋を照らす魔道具が見られる。エルフの美意識が凝縮されたような部屋だった。


 部屋の奥に、空の玉座があり、その横にモリーネ姫とその母親が立っている。部屋の両側には、貴族だろうか、着飾ったエルフも立ちならんでいた。


 リーヴァスさんを先頭に、俺とルルは、玉座の前まで進んだ。


「聖なる木のもとに、我ら参上つかまつりました」


 リーヴァスさんが、王族への定型の挨拶を行う。


「聖なる木のもとに、あなた方を歓迎いたします」


 お后が、それに応える。

 挨拶が終わると、貴族たちの緊張が緩んだ。


「この度の事、誠に感謝します。 

 シローとやら、モリーネを救ったいきさつを教えてほしい」


「はい、かしこまりました」


 部屋にいる間に、どこまで話すか、皆で予め打ちあわせておいた。俺は、学園都市世界で起こった出来事のあらましと、モリーネ姫が捕らえられていた秘密施設について話した。

 エルフの貴族がざわつく。


「そ、そのようなことが! 

 一体、なぜモリーネは、そのような所に?」


「お后様、それはまだ分かっておりません。

 ただ、モリーネ様がこの地でさらわれたことから考えますと、一部の者が学園都市世界の者と通じていたと考えるのが妥当かと思います」


「どうしてそのような事が分かる?」


 口をはさんだのは、上座に立つ貴族の一人だ。

 初老の一際大柄な男で、胸に付けた飾りも多い。

 俺は、そちらの方をチラリと見ると、言葉を続けた。


「実は、モリーネ様は、さらわれたとき以外にも襲撃を受けております」


「なんだと! 

 そんな証拠がどこにある」


 分かりやすい奴だ。


「ポーラ港から、ここに来る途中、モロー街道で襲われました。 

 証拠を出せと言われるなら、襲撃者の死体をここで出しますが」


「死体を出す? 

 どうやってだ。

 いい加減なことを申すな!」


「では、仰せのままに」


 俺は、点魔法で収納した死体の内、比較的損傷が少ないものを一つ、男の足元に開放した。


「な、なに!」


 男が飛びのく。すぐに数名の騎士が死体の所に駆けつける。


「あっ、こいつは!」


 一人の騎士が声を上げる。


「モスリー伯爵の配下です」


 お后が声を掛ける。


「間違いありませんね」


「はっ、彼とは騎士学校で同期でありました」


「メスメル侯爵、あなたの弟が、襲撃に関与していたのはどういうわけです」


 お后の声は静かで冷たく、それだからこそ、その怒りの大きさが伝わってくるものだった。


「わ、私は関係ない! 

 この男が勝手にやったことだ!」


 俺は、彼の前にさらに三体の死体を積みあげてやった。それを調べた騎士が頷く。


「全員、モスリー伯爵の関係者です」


「メスメル、まだ言い逃れしますか」


「……違う、違うのだ」


 メスメルは、そう言いながら懐に手をやる。出てきたのは、俺がこれまでさんざん目にしてきたものだった。


 焼殺の魔道具。


 膨大な炎を生みだし、それで周囲を焼きつくす、恐るべき魔道具だ。メスメルは、筒の先をお后とモリーネ姫が並ぶ方へ向けた。

 気づいた騎士が飛びかかるが、メスメルの呪文が完成する方が早かった。


「ははははは!」


 彼は哄笑しながら、さらに筒を槍のように突きだした。しかし、筒からは、マッチの火さえ生じなかった。


「な、なぜだっ!!」


 彼が魔道具を振りまわしている間に、近よった騎士が拘束する。


「メスメル公爵、並びにモスリー伯爵の関係者をすぐに捕えなさい」


 お后の指示は明確だった。数人の騎士が、すぐに部屋を出ていった。


「シロー、あれは、あなたですね」


 お后が、俺に話を振る。 

 ごまかしてもいいのだが、危険を知らせるためにも、ここは本当のことを話しておく。


「はい。

 僭越せんえつながら、魔道具の力を封じさせてもらいました」


「そのような事が、どうやって?」


 それには答えず、魔道具のことについて説明する。


「先ほどの魔道具は、ありえないほどの炎を発生させ、全てを焼きつくすものです。

 あの男がお二方の命を狙ったのは、間違いありません」


「なぜメスメルは、そのようなことを……」


「それは、分かりかねますが、あの魔道具の製造を行ったのは学園都市世界の研究所だと判明しております」


 これは、秘密施設から得た資料の分析と研究員の証言から分かったことだ。


「つまり、メスメルはモリーネの誘拐にも関与していたということですね」


「少なくとも、誘拐を行った者の一味には違いないでしょう」


「……これから、緊急の会議を行います。

 申しわけないけれど、あなた方はお部屋に戻ってくれないかしら」


「はっ」


 俺は、部屋を出る前に一人の騎士に声をかけ、残った死体を別室に出しておいた。

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