第7部 新たなる世界へ

第38話 リーヴァスの復讐


 次の日、俺の家族は、朝から河原へ遊びに来ている。

 ナルとメルは、じーじ(リーヴァス)に教えてもらった魚獲りに夢中だ。

 俺は、砂地に敷いた布の上で、ルルとリーヴァスさんに獣人世界で体験したことを話した。各エピソードごとにルルの表情が変わり、とても可愛いかった。


「なるほど、一回り大きくなるのも頷けますな」


 リーヴァスさんも、俺の話に感銘を受けたようだ。


「しかし、ヤツがそのようなことになっていたとは」


 彼が言う「ヤツ」とは、コウモリ男改めピエロッティのことだ。初代国王の息子、つまり皇太子を殺した彼の事を、リーヴァスさんはずっと探っていた。


 子供たちが疲れて眠くなったので、背負って家へ帰る。

 家の前では、コルナが待っていた。


「お兄ちゃん、やっと帰ってきた」


「お、お兄ちゃんって……?」


 ルルが問いかけるように、こちらを見る。

 俺には、修羅場が見えていた。


「とにかく、中に入ろう。

 きちんと、紹介するから」


 子供たちを寝かしつけ、三人で居間のソファーに座る。リーヴァスさんは、子供部屋だ。


「ええと、こちらは、元狐人族の長、コルナ様です」


「初めまして。

 お噂は、お兄ちゃんからかねがね聞いていました。

 狐人のコルナと言います。

 ルルさん、よろしくお願いします」


「は、初めまして、ルルです。

 シローさんとは、どういう……?」


「え~と、モフモフした仲です」


「えっ! 

 モフモフ!?」


「そ、それは……」


「お兄ちゃんは、黙ってて」


 発言しようとしたが、コルナにピシャリとさえぎられる。


「シローさん、少し席を外してもらえますか?」


 真剣な顔のルルさんが怖いです。


「は、はい……」


 俺は、すごすご庭へ出た。

 手持ち無沙汰だったので、点ちゃん1号に乗りこみ、お土産の整理をする。一時間ほどして、もういいかなと思いリビングに戻ると、二人はニコニコと話しあっていた。


 あれ?! 

 修羅場はどこへ?


 どうしていいか分からず、俺がきょときょとしていると、二人が手招きしてきた。


「シローさん、コルナさんにずい分お世話になったんですね」


 今、「ずい分」のところにアクセントがあったようだが、きっと気のせいだろう。


「ああ、いろいろお世話になったんだ。

 コルナ、改めてお礼を言うよ、ありがとう」


「お兄ちゃん、他人行儀はよして」


 え!? 他人なんですが……。


「彼女には、ウチに住んでもらいます」


 ええっ!! ルル、な、なんでそんなことに?


「ど、どうして?」


「どうしてもです。

 心当たりがありませんか?」


 あるといえばある、無いといえば無いような……。

 俺が黙っていると、ルルが手をパンと打ち、こう言った。


「そうなると、お部屋の用意をしないと。

 必要なものを、準備してきますね」


 ルルは、そそくさと部屋から出ていく。だが、すぐに戻ってきた。


「シローとおじい様に、お客様です」


 え? 二人共通の知りあいか。

 マックなら、そのまま中に入ってくるだろうし……誰だろう。


 俺が玄関に出ると、そこには意外な人物が立っていた。

 ピエロッティだ。


 ◇


 ルルが、二階にリーヴァスを呼びに行く。

 その後、彼女とコルナは、買い物に出かけた。


 居間には、俺、リーヴァスさん、ピエロッティが残された。

 リーヴァス、ピエロッティの二人が向かいあい、ソファーに座る。


 沈黙がしばらく続いた。

 こ、これは気まずい……。

 しょうがないから、俺が話しだす。


「こちらが、リーヴァスさん。

 俺がお世話になっている方です。

 こちらがピエロッティさん。

 元宮廷魔術師で、今は聖女様の従者です」


 少しして、リーヴァスさんが口を開いた。


「元宮廷魔術師ヴィナスだな」


 自分の名前を聞いたピエロッティがピクリと身体を動かす。


「はい」


「皇太子殺害の顛末を、話してもらおう」


「はい」


 ピエロッティは、皇太子殺害について話しはじめた。

 当時、勇者の妻である女性から、皇太子毒殺を命じられたこと。

 勇者はこのことを知らなかったようだが、その妻の実家であるドラコーン子爵家(現公爵家)は、毒の入手などに関わっていたこと。

 そういったことを淡々と述べると、彼は床にひざまずいた。

 リーヴァスさんは、黙って部屋を出ていった。

 すぐに帰ってくると、その左手には彼の愛剣が握られていた。

 ピエロッティはそれを目にすると、黙って目を閉じこうべを垂れた。


 リーヴァスさんが、剣をすらりと抜く。薄青い光を放つその剣は、きっと伝説級の魔剣だろう。リーヴァスさんは、ピエロッティの首筋に、その剣をピタッと当てた。

 ピエロッティは、静かに目を閉じ、身じろぎもしない。


 どのくらい、そうしていただろうか。

 リーヴァスさんは剣をさやに納めると、こう言った。


おのれから殺されようとする者を殺しても、復讐にはならぬ」


 涙が一筋、つうとリーヴァスさんの頬を流れた。

 彼は、黙って二階へ上がっていった。


 俺は、姿勢を崩さないピエロッティを立たせ、香草茶を入れてやった。彼はそれをゆっくり飲みほすと、俺の目を見て頭を下げ、立ちさった。


 ◇


 後日、ドラコーン公爵家は、全ての財産を没収され、貴族の身分を失った。国の財をわたくしした罪だそうだ。

 さすがに真相は、明かせないよね。

 一族郎党、国外追放の憂き目に遭ったが、これは万一真相が露見したとき、彼らに対する民衆の敵意を防ぐためだそうだ。


 こうして、長年にわたるリーヴァスの復讐劇は幕を閉じた。

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