第29話 猿人族の焦り


 猿人族の長、ダスクは途方に暮れていた。

 北にある村から順に、人が消えていくのだ。

 理由は分かっている。

 何せ、毎回同じ置手紙があるのだ。

 あまりにも痕跡を残さない手口に、初めは身内の犯行を疑った。しかし、目撃者の証言が重なるにつれ、誰かが外部から侵入し、連れさっていくというのがはっきりしてきた。


 問題は、その手口だ。

 一つの村に住む全員が突然宙に浮き、そのまま空を飛んでいく。飛んでいく方角がいずれも北であることから、大陸北部の諸部族いずれかが関わっているのは間違いない。

 しかし、そんな力を持つ部族など、聞いたことが無い。


 迷信深い者たちの間では、「神獣様の怒り」という言葉が流れはじめていた。人族の片棒を担いだ猿人に神獣様の怒りがくだった、というのがその中身だ。

 一部では人族排斥の動きさえ出ており、このままでは長自身の地位さえあやういところまで来ていた。


 一刻も早く決断せねばなるまい。北部部族のどれか一つを敵とみなし、そこに総攻撃を仕掛けるのだ。

 その結果がどうなるか分からないが、このままじっとしていては自滅するだけだ。幸い、他部族の捕獲を担当していた実行部隊は丸々残っている。

 これを全部動員すれば、十分な戦力になるはずだ。


「実行部隊の班長全員を、闘技場に集めよ!」


 お付きの者にそう告げると、族長ダスクは、どの部族を目標にするか選びはじめるのだった。


 ◇


 猿人の実行部隊が、三々五々、闘技場に入っていく。

 イタリアのコロッセウムに似た巨大な闘技場は、すでに人であふれていた。今この場にいる者たちこそ、猿人が他部族を滅ぼして来た歴史そのものだった。

 すり鉢状の傾斜をつけ並べてある観客席に戦闘員が座り、闘技場中央には各部隊の班長クラスが勢揃いしていた。


 銅鑼どらが鳴らされると、闘技場は静まりかえった。

 観客席中央の特別席で、猿人族のおさダスクが立ちあがる。普段なら行動を共にすることが多い人族の女性ソネルは、部屋で待機してもらっている。


「同胞諸君よ!」


 魔道具を通し、長の声が闘技場の隅々まで響きわたった。


「我々は、かつてない危機に直面している。

 北部に巣食う下等な蛮族どもが、我らの家族をさらうという暴挙に出た」


 長は、怒りを込めた自分の言葉が、群衆の頭に入っていくまで少し待った。


「今まで生かしておいてやった恩を忘れ、我々に牙をむいたのだ。

 そのようなことを企てた、ヤツらの中心も判明しておる」


 闘技場全体がどよめく。


「今回の企ての中心におるのは、狐人族じゃった。

 確かな証拠もある」


 無論、そんなものは無いが、戦闘を始めれば後は何とでもなる。


「諸君は、狐人族を許しておけるか?」


 否定を表すありとあらゆる叫び声が、雷鳴のように闘技場を震わせた。そして、それは、いつしか一つの声へとまとまっていった。


「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」


 ここまでくれば、あとは一言で済む。

 ダスクは、内心ほっとしていた。


「出撃じゃ!」


「「「おおーっ!!」」」


 彼の一言に、ときの声が応える。

 狐人族を一人残らず滅ぼす。

 猿人族の意思が、一つにまとまった。


 ◇


 俺は、その様子を上空に浮かべた点ちゃん1号の中で見ていた。


 闘技場の中央、十メートルくらいの高さに設置した点が、映像を音声つきで送ってくる。内容さえ問わなければ、なかなかのスペクタクルだ。


「あちゃ~、狐人族が悪者にされちゃってるよ」


 さすがに俺も、心底呆れていた。


「猿人め。

 ここまで他種族を見下していたのじゃな」


 やはり、呆れ顔をしたコルナの口調が獣人会議議長のものへと戻っている。


「し、史郎君、これ大丈夫なの?」


 映像のあまりの迫力に、舞子が顔色を変えている。


「あー、それは大丈夫。

 ヤツらが使ってる魔道具も、もう無効化できるようになったしね」


 山岳地帯で敵から押収した魔道具を使い、どの部分にどういう処置をすれば、それが無効化できるか、すでに調べてあった。

 点ちゃんが戻ってきた今、魔道具の攻撃を受けても大丈夫なのだが、念には念を入れた。


「でも、ものすごい数いるよ」


 舞子は、当然の心配をしてくる。

 まあ、点ちゃんのことは、詳しく教えてないからね。


「舞子、絶対に大丈夫だから。

 安心するといいよ」


 俺が微笑みかけると、彼女は、まっ赤になってうつむいた。


「うん、信じてる」


 二人の間に何かを感じたのか、コルナが割ってはいる。


「お兄ちゃん。

 コルナたち狐人族を助けてね」


「ああ、コルナ。

 俺に任せておけ」


「キャー、お兄ちゃん、カッコイー!」


 コルナが飛びついてくる。

 こうなると舞子が参戦して、シリアスムードはどこへやら。


「はー、毎回毎回、よくやるね」


 ミミが、自分のことは棚に上げて呆れている。


「だ、大丈夫でしょうか?」


 さすがにポルは不安そうだ。

 俺は、これから起こる戦闘に、彼だけは参加させるつもりでいる。滅ぼされた部族の生きのこりである彼こそが、歴史の生き証人となるべきだ。


「さあ、ヤツらに点もつけたし、帰ろうか、点ちゃん」


『(^▽^)/ はいはーい』


 すでに俺の興味は、点ちゃん1号に設置したばかりの風呂に移っていた。

 点ちゃん1号が普通に飛ぶと、風呂にゆっくり入る時間もないから、どうやってゆっくり飛ばすか頭を絞らないとね。

 俺は、のんびりとそんなことを考えていた。

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