第15話 狐人族の少女


 俺たちは、立派な椅子に座る少女の前でひざまずいていた。

 犬人のアンデだけは、立ったままだ。おそらく、族長同士が対等であることを、重く見ているのだろう。


「長旅、ご苦労じゃった。

 私が狐人族のちょう、コルナじゃ。

 この地で、ゆるりと滞在なされよ」


「はっ、ありがとうございます。

 族長から、くれぐれもよろしくと申しつかっております」


 アンデが挨拶を返す。


「あの爺様じさまは、出不精じゃからな。

 アンデよ、それより、この者たちを紹介してくれぬか?」


 アンデが一行を一人ずつ紹介していき、最後に俺の番となった。


「この者は、異世界から来た人族、シローでございます」


「ふむ、この者がな……」


 少女は、こちらをじっと見ていたが、思いついたように手を打った。

 すると、壁かと思われていたところに四角い穴が開き、そこからお盆を掲げた女性たちが入ってきた。


「まずは、うたげを楽しむがよい」


 狐人の少女はそう言うと、椅子から立ちあがる。

 ミミと同じくらいの身長だから、百五十センチくらいかな。巫女服のような装束を着ている。上が白、下が茶色だが、少し色をかえれば、そのまま巫女として通用しそうだ。


 大広間には、座布団のような敷物が円を描くように並べられ、その円の内側にお盆が置かれる。敷物の上に座ると、薄いのにとても座り心地がよい。

 犬人族と狐人族が、交互に座っている。俺は犬人族あつかいで、なぜか隣に族長コルナが座った。

 案内役の文官ホクトが乾杯の音頭をとり、宴が始まった。


 食事は様々な料理が少量ずつ並ぶ形式で、一つ一つがとても美味しかった。道中、ほとんど食が喉を通らなかった俺でも、かなりの量を食べることができた。

 久しぶりに、お腹がいっぱいになるまで食べた俺は、少し眠くなってきた。

 それを見計らったように、コルナが手を打つと、膳が下げられた。


「今日は、長旅で疲れておろう。

 早めにゆっくり休むとよい」


 狐人の少女はそう言うと、ホクトに合図する。

 ホクトに率いられ、犬人族の一行は入ってきた扉から出ていく。


「お主は、少し残っておれ」


 コルナは俺にそう言うと、皆が出ていくまで黙っていた。

 皆の姿が消えると、彼女は立ちあがり、ちょこちょこ俺の前まで来た。そして、胡坐をかいて座っていた俺の膝に、後ろ向きにちょこんと座った。


「えー、コルナ様。

 これは、いったいどういう?」


「こ、これは、この国で高貴な者と話すときの姿勢じゃ」


 嘘だよね。今、嘘ついたよね?

 なぜそれが分かるかというと、目の前でコルナの三角耳がペタリと倒れたからだ。


「高貴なわらわとは、この姿勢でないと話せぬぞ」


「はい、それは良いのですが……」


「ところで、お主。

 異世界から来たと言うておったな」


「はい」


「それは、人族の世界じゃったか?」


「はい、そうですね」


 本当は二回異世界転移してるんだけど、両方とも人族の世界だもんね。


「そうか、そうか」


 目の前で、三角耳がピクピクしている。表情は見えないが、耳を見れば表情以上のことが分かるね。


「それで、お主、その世界で配偶者はおったか?」


「……いえ、いませんでしたが」


 いつか配偶者になって欲しい人はいましたけどね。

 俺は、ルルのことを思いだしていた。


「ふむ。

 やはり、そうか」


 コルナは、一人で何か納得して頷いている。


「えー、いったい、どういう事でしょうか?」


「それは、おいおい分かるであろう」


 話が終わったのか、コルナは黙りこんだが、膝の上からは動こうとしなかった。目の前でピクピク動く耳と、手の甲をくすぐる尻尾しっぽが、モフラー心をかきたてる。

 このままではやばい。何とかしなくては。


「では、そろそろおいとまを……」


「お、そうか。

 そうであるな」


 コルナは、渋々といった風に立ちあがった。

 目の前を、ふさふさ尻尾が通りすぎる。

 ああ危ない。もう少しで、撫でるところだった。


「では、失礼します」


 俺は、他の人たちが出ていった入り口から外へ向かう。

 出口で控えていた、布の帽子かぶった狐人の女性が、部屋まで案内してくれた。


 ◇


 案内された部屋に入ると、ポルが待っていた。


「どういうお話でしたか?」


「う~ん、それが、よく分からなくてね」


 大広間での事を話すと、ポルも首をかしげている。


「高貴な人と話すときに、狐人がそんな姿勢になるなんて聞いたことないですね。

 あ、でも、恋人を選ぶとき、そんなことをするんじゃなかったかなあ」


 え? 俺が、肉食系の狐人に狙われてるってこと?

 でも、相手は、まだ小さな女の子ですよ。


 こうして、不思議な会見の余韻を残したまま、狐人領での初日が終わるのだった。

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