第55話 獣人世界へ
ポータルがある鉱山都市へ向かう日の早朝、俺はナルとメルの寝顔を見てから家を後にした。
ポータルまでは、ルルも同行する。
女王陛下から、出発前に立ちよるよう言われていたので、王城へ向かう。
城門の前まで来ると、門が開き、騎乗した数名の騎士が先導する四頭立ての馬車が出てきた。客車の窓が開き、女王陛下が顔を見せる。
「女王陛下、お早うございます」
「うむ、これから散策だが、もし方向が重なれば、よろしく頼むぞ」
「ははっ」
俺は、念話で確認する。
『畑山さん、これはどういうこと?』
『散策に名を借りた、見送りってとこね』
『よくレダーマンが許してくれたね』
『途中までだけどね』
女王は従士に合図して、客室のドアを開けさせた。
俺たちが乗るよう手招きする。
八人乗りだろうか。客車の中は、思ったより広かった。向かいあったシートの片側に女王が、もう一方に俺とルルが座った。
「こんな豪華なタクシーにになんて乗ったことないよ」
「ふふふ、確かに豪華さだけなら自慢できるわね」
金糸銀糸で飾られた内装は、素人目にも素晴らしかった。
シートの間にはテーブルがあり、お盆が乗っていた。お盆には、水滴が付いたグラスが三脚置いてあった。馬車が走りだしても、揺れはほとんどない。テーブルの上のグラスは、ピクリとも動かなかった。
「すごいでしょ。
魔道具が、ふんだんに使ってあるらしいわ」
「はーっ、こりゃ、タクシーどころじゃないな」
俺が言うと、女王は誇らしげに胸を張った。
ルルも目を丸くし、室内を見まわしている。
「貴方がルルさんね。
初めましてじゃないんだけど、ほとんど初めてのようなものね」
「はい、お城に勤めておりましたおり、一度だけお目にかかりました」
「こいつが、迷惑かけてない?」
「いえ、旦那さ……シローさんは、とてもよくしてくださいます」
「城を追いだされてから、彼女には、ずっとお世話になりっぱなしなんだけどね」
「そうよねえ。
でも、あの時から、二人がこうなるって、なんとなく分かってたかな」
「えっ!
こうなるって?」
「それは、言わなくても分かってるでしょ」
ルルが、まっ赤な顔を隠すようにうつむく。
ルルさん、それでは誤解を招きますよ!
「あなたも、こいつから解放されてほっとするわね」
畑山さんが、はじめて見せる優しい表情でルルに話しかける。
「いえ、早く帰ってきて欲しいです」
ルルが俺の目を見る。
「あー、もう見せつけちゃって!
今の私には、あんたたち二人は目に毒だわ」
「毒ってねえ」
俺と女王陛下が軽口を叩きあっていると、馬車が速度を落とす。
陛下が、視線を窓から外へ向ける。そこにあるのは、森だった。
「私の見送りは、ここまで。
この森はね、『霧の森』という名前なんだけど、何か気づかない?」
「……もしかして」
「そう、私たちがこの世界に転移したときの森よ」
馬車から降りると、そこは森の間を抜けていく一本道の入口だった。
「保安上の問題で、ここから先は許可が出なかったの。
女王様って言っても、しょせんはそんなもんよ」
「いや、助かったよ。
ありがとう」
「じゃ、騎士と馬を貸すから……」
畑山さんは急に言葉をとめ、森へ視線を向けた。
俺も点魔法の準備をする。騎士たちも、そちらを警戒している。
「あなたたち、下がって待ってなさい」
畑山さんが、騎士に命令する。
「しかし、陛下、それは――」
騎士が反論しようとした瞬間、巨大な白い影が森から躍りでた。
「なっ!
マ、マウンテンラビット!」
騎士たちに動揺が走る。
「鎮まれ!」
女王の威厳ある一言で、騎士たちの混乱がすぐにおさまる。
彼女が白い巨体に近づくと、それは姿勢を低くし、甘えるように鳴いた。
きゅぅ~ん
女王は、ウサギの大きな頭に手を当てて話しかけた。
「ウサ子、会いにくるのが遅くなっちゃった。
ごめんね」
ええっ! これって、あのウサ子ですか!?
◇
畑山さんは、ついさっき、ウサ子からテレパシーを受けとった。
ウサ子は、彼女と会えなくて、ずっと寂しがっていたそうだ。
俺はルルと二人して念願のウサ子モフモフを体験させてもらった。
あー、くつろぐわ~。
あまりに長いことモフっていたので、畑山さんに呆れられてしまった。
「あんたねえ、今日が何の日か、分かってるの?」
分かってますよ。分かってますがね、この手が止まらないのですよ。
「いい加減にしなさい!」
とうとう、女王様に叱られてしまった。
畑山さんは、ルルと俺に騎士二人と馬二頭を付けてくれた。
二人がそれぞれ、騎乗した騎士の後ろに乗ると、彼女は大きく手を振った。
畑山さんが、俺の目を見る。俺も、彼女の目を見てうなずいた。
加藤と舞子のことは任せろ!
俺は心の中で叫ぶと、馬を走らせる騎士の背に体を預けた。
◇
騎士と俺たちが乗る馬二頭は、一時間ほどで鉱山都市に着いた。
あまり高くない山の斜面を覆うように、町が広がっている。
馬を降り、騎士に礼を言うと、俺とルルは歩いてギルド支部へと向かった。
この町のギルド支部は、小屋と言った方がいい小さく質素なものだった。内部も小さなカウンターが一つあるだけで、狭い壁には全面に依頼書が貼られている。受付で、キャロからの手紙と女王陛下の許可証を見せると、中にいたおばさんが慌てて駆けだしてくる。
なんと、彼女こそが、この支部のギルドマスターだった。
ギルマスは二軒隣の建物へ行き、背が低い少年を連れてくる。
その子の案内で、俺とルルはギルドの裏口から続く階段をどんどん登っていった。
階段はやがて薄暗い洞窟の中へと続き、そこを抜けると明るくひらけた場所に出た。
振りむくと、岩の隙間から向かいの山頂が見える。かなりの高いところまで登ってきたらしい。鉱山の頂上が近いはずだ。
広場の奥には、祭壇のようなものがあり、それがポータルだった。
少年は、もう一度、手紙と許可証を確認すると、ポータルを指さした。
俺はルルの前に立ち、その手を取った。
「ルル……」
彼女が俺の手をぎゅっと握りかえす。
俺は思わずルルを抱きしめるのだった。
◇
史郎がポータルの向こうへ姿を消した後も、ルルはしばらくその場にたたずんでいた。
案内役の少年が身振りで促すと、彼女はやっと歩きだした。階段の下まで降り、裏口から小屋のようなギルドに入る。
なんと、そこにはマックが待っていた。ハピィフェローの面々もいる。
「お帰り!
シローは、無事ポータルを渡ったかい?」
ルルが頷くと、みんなが歓声を上げる。
「おじさま、どうして、ここに?」
「ギルドから、お前を護衛する任務を受けてな。
依頼主は、リーヴァス兄貴だ」
驚いた顔をするルルに、マックが説明する。
「別れはシローとお前の二人だけで、ってのも依頼の一部でな」
「みなさん……本当にありがとうございます」
ルルは、ここにいる人たちだけでなく、今回のことで働いてくれた全ての人に感謝した。
「あとな、これを史郎から預かってるぜ」
マックは、背中に担いだ袋から青い箱を取りだした。
「あ、シローさんの……」
ルルには、その箱が点魔法で作ったものだと、すぐに分かった。
手の上に載せ箱に触れると、上蓋が静かに横へ滑り、すうっと消えた。
箱の中に残されたのは、封筒と薄紫色の花だった。
「セイレンの花だな」
マックがつぶやく。
手紙には、次のように書かれていた。
ルル。君がこれを読んでいるとき、俺はもう獣人世界にいるだろう。
いつか、聖騎士の森で、二人で花を摘んだのを覚えているかい。
あの時、俺はその意味も知らず、君の髪にこの花を挿してしまった。
今、もう一度、この花を君に捧げたい。
愛するルルへ
ルルは、嬉しくて嬉しくて、何度もその手紙を読みかえしたかったが、涙で文字が見えなくなり諦めた。
シローが帰ってくるときは、セイレンの花で髪を飾り、彼を出迎えよう。
「みんな、帰るぞ!」
「「「おーっ!」」」
家までの旅路が、決して寂しいものにはならない。
マックとブレットたちの元気な声は、そう約束しているかのようだった。
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第1シーズン「冒険者世界アリスト編」終了。第2シーズン「獣人世界グレイル編」に続く。
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