第44話 追放された男


 勇者と国王を狙った暗殺未遂事件の五日後、城下町は勇者歓迎パレードでにぎわっていた。

 今までは、勇者が町を巡るのに合わせて花を投げたり、声を掛けたりするだけだったが、今回は自分たちの手で本格的に歓迎できる。


 町の人々は、地区ごとに分かれ、歓迎イベントを企画することとなった。

 王宮から見て東西南北に分けられた各地区が、三日おきにイベントを主催する。初日から三日間は、北地区が担当だ。

 王宮の北門前の広場では、趣向を凝らした様々な催しが行われている。この地区には、貴族や富裕層が多い。山車だしや屋台にも、ずいぶんお金がかかっているのがわかる。


 門から勇者の姿が現れると、もの凄い歓声が上がった。

 打ちあげ花火ならぬ、打ちあげ魔術も花を添える。

 鮮やかな青色で全身をコーディテイトした勇者の正装を目にし、彼がこの国に亡命したかもしれないと思った者もいただろう。

 青はマスケドニア国旗の色だからだ。


 また、勇者の横でつつましやかに控える、ミツの美しさも注目を集めた。

 青色のドレスをまとい、時おり勇者と言葉を交わすその姿に、男性だけでなく、女性からも称賛の声が上がった。


 二人は騎士に守られながら、一つ一つの催しに声を掛けていく。声を掛けられた人々は、さらに勇者に魅せられるのだった。


 すぐ近くで勇者の姿を見て興奮した子供たちが、「勇者ごっこ」で走りまわっている。

 その光景は、楽しく、明るく、開戦の事など忘れさせる力があった。


「ミツ、この国は、いい所だな」


「ユウにそう言ってもらえて嬉しいわ。

 この国は、私の自慢なの」


 それは、国のために命を懸けてきた、ミツの偽らざる気持ちだったろう。


「もっと自慢していいぞ!

 いや、もっと自慢してくれ。

 俺は、それが聞きたい」


 世間から隠されている暗殺未遂事件は、加藤の心をますますアリストから遠ざけ、この国に近づけたようだ。


『加藤、イチャイチャもいいが、周囲には十分警戒しろよ!』


 どこからか聞こえる史郎の声に、加藤は眉を寄せた。だが、はるばるアリストからやって来て護衛に加わってくれた友人のことを思うと、いつものような軽口は叩けなかった。

 なにより、ミツが横にいるだけで、彼は上機嫌だった。

 北区主催の演劇や演奏なども披露され、予想をはるかに上回る人出があった。


 歓迎イベント初日は、大成功と言えた。


 ◇


 マスケドニアで華やかな一日が終わろうとしているとき、アリスト王城、王の執務室は、それと全く違う雰囲気が立ちこめていた。

 すなわち、驚愕、落胆、怒りだ。


「な、なんだと?! 

 どうして勇者が生きている!」


「そ、それは……」


「マスケドニア王の姿も、確認されたそうではないか!」


「……は、はい。

 そのようです」


「お前は、どこまで無能なんだ!」


 アリスト王が振りおろしたグラスが、下げていたコウモリ男の後頭部にぶつかり、こなごなに砕けた。


「お前など、もう顔も見たくないわ!

 部下を代わりに寄こせ!」


 言いわけをする余地もないので、コウモリ男は、だまったまま唇を噛んでいる。唇からつうと血が滴った。


「な、なにとぞ、今一度だけ機会を!」


「その機会を与えた結果が、これであろうがっ!」


 王は執務用のペーパーナイフをつかむと、力任せに振りおろした。ナイフはコウモリ男の頭をかすめ、彼の頭髪がばさりと床に散った。

 怒りが過ぎ、立ちくらみを起こした王は、よろよろと椅子に沈みこんだ。


「二度と顔を見せるな!

 次にお前の顔を見るのは、その胴体から離れた時だ!」


 王はハンドベルを鳴らし、近衛騎士を呼んだ。

 すぐに二人の騎士が現れる。


「この顔を、よく覚えておけ。

 二度とワシの前に顔を出させるな!」


「はっ」


「城から放りだせ!」


「はっ、ただちに」


「二度と城内に入れるなよ」


 力なくうなだれたままのコウモリ男を、騎士二人が両脇から抱えあげるように連れさった。


「ふうー、しかし、どうしたものか」


 そこには一人になり、途方に暮れる王の姿があった。

 今こそ各分野で有能な者から意見を聞きたいところだが、思いうかぶ顔は全て、過去に自分が奸計かんけいを用い葬ってきた者のそれだ。


 王が椅子に身を預けたままの執務室には、かげりはじめた陽の光さえ入ってこなかった。


 ◇


 うりざね顔の若い宮廷魔術師は、当惑していた。

 指示を仰ぐべきコウモリ男の屋敷は、門が閉ざされ、人がいる気配もない。大切な勇者護衛の任務に失敗したとはいえ、まだ挽回するチャンスはあるはずだ。

 その大事な時に姿を消した上司に、彼は不吉なものを感じていた。


 門の前から立ちさろうとするところを、二人の騎士に呼びとめられた。名前を確認された後、問答無用で騎士詰め所まで連行される。


「お前、あの屋敷の主と、どういう関係だ?」


 血で黒ずんだ壁を前に尋問されると、魔術師は震えあがった。


「じょ、上司と部下の関係です」


「ふむ、では任務内容にも関係しているな」


 男は、一瞬、嘘をつくことも考えた。しかし、同じ任務に関係しているのは調べればすぐ分かることだ。諦めて本当の事を言う。


「関係しています」


「任務は、王命で極秘におこなった。

 間違いないか?」


「は、はい、そうです」


 騎士は、もう一人と何か囁きあうと、男の腕を取り無理やり立たせた。


「お前を連行する」


「ど、どこにでしょうか?」


「黙ってついてこい」


「……」


 ◇


 うりざね顔の魔術師が連れてこられたのは、意外にも王城の最上階だった。

 それだけでも驚きなのに、そこでは、さらに彼が驚くことが待っていた。

 騎士が扉をノックすると、部屋からしわがれた声がする。良く聞こえないが、「入れ」と言ったようだ。 

 騎士がドアを開けると、そこに立っていたのは、驚くほど姿が変わった国王だった。


 髪はざんばらに立ち、目が血走っている。頬はこけ、歯が黄色く汚れているのが見える。口の端からは、よだれまで垂れている。


 これが、陛下?

 宮廷魔術師の任命式で見た威厳ある姿からの、あまりの変わりように、男は我が目が信じられなかった。しかし、そんな驚きなど吹きとばすほどの衝撃が、彼を待っていた。


「お主、レッドドラゴンといったか、その構成員を皆殺しにしたな?」


 な、なぜ陛下がそのことを? 

 私は一言も発することができなかった。足元で生じた震えが、膝に、腰に、体に伝わり、今は全身が震えていた。


「まあ、そのことはよいわ」


 よい? 何がよいのだろうか。 自分の命運は、すでに決した。

 男は、そう覚悟した。


「お主、上司が関わっておった仕事について、何か知っておるか?」


「は、はい。

 勇者護衛とだけ聞いております」


「ふむ、そこまでしか知らぬか。

 あやつは、すでに放逐ほうちくした。

 今後は、お前が責任をもって任務を継続せよ」


「は、はい。

 それは光栄であります。

 恐れながら、その任務とは何でございましょう」


 王が耳元でささやく。あまりの酒臭さに、無意識に体を遠ざけかけた魔術師だったが、ささやき声の内容がその足を停めさせた。


 ゆ、勇者を殺す?


「そ、そのような事は、私の手に余ります!」


「勘違いしておるぞ。

 お前は選ぶことなどできぬ」


 王は充血した目で、男の顔を覗きこんだ。


「レッドドラゴン一味のことが明るみに出れば、お主の一族はみな極刑じゃ!」


 若い魔術師は力が抜け、そのまま床に膝を着いた。


「よいな、一週間だ。

 一週間後に勇者が生きておれば、お前の家族はこうじゃ」


 王は、親指で喉をかき切る仕草までしてみせた。

 すでに呆然となっている男には、どこか遠くで第三者がこの場面を見ているような心持ちだけがあった。


 かつて悪魔に心を売った、その本当の意味を、この若い魔術師は味わいつつあった。


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