第34話 出会い
宿での夕食は、勇者が泊まる部屋に配膳された。
これは警備上の都合による。
ギルド関係者には、外食が許可されている。
宿の配膳係は、年配の女性二人と一人の少女だった。朴念仁の加藤が、珍しく少女に話しかけた。
「いい宿ですね」
「……」
「お客さん。
その
中年の女性はそう言うと、少女をたしなめた。
「お客さんから話しかけられたら、きちんと返事をなさい」
「も、申しわけございません」
少女が、鈴を転がすような声で謝る。
「いえいえ、お気にせず。
この土地のことを、いろいろ教えてもらってもいいかな?
なんせ、遠方から来たものだから」
「は、はい。
答えられることなら」
「じゃ、ゆっくり話したいから、食事が終わったらまた来てね」
畑山が眉をしかめ、加藤の背中を叩く。
「いいかげんにしなさい!」
「でも、せっかくの滞在なのに、外出もできないんだぜ。
せめて町のことくらい聞いてもいいじゃないか」
「もう!
しょうがないわね」
畑山は、加藤の説得を諦めたようだ。
「じゃ、あなた。
申しわけないけど、食事の後にまた来てくれる?」
「は、はい。
承りました」
「くれぐれも、お客さんに失礼がないようにね」
年配の女性が少女に釘をさす。
食事は、お城のものに比べると素朴なものだが、味は悪くなかった。
舞子などは、
「ここの食事のほうが自分に合うみたい」
と、言ったほどだ。
食事が終わり、膳が下げられると、例の少女が一人部屋に残った。
「なかなか美味しかったよ。
懐かしい味って言うのかな」
加藤が話しかける。
「ありがとうございます。
この辺りの郷土料理でございます。
お口に合ってなによりでした」
少女はきちんと応えるが、慣れないからか、少し表情が硬い。
「君は、この町の出身かい?」
「いえ、もう少し西の出です」
「ふ~ん。
この町は、長いの?」
「いえ、つい先週ここへ来たばかりです」
「親御さんは?」
「小さな頃に死に別れました」
「えっ……それは、いけないこと聞いちゃったね。
ごめん」
「いえ、お気になさらないでください」
「でも、それじゃ、この町のことには詳しくないね?」
「割と近くに住んでおりましたから、簡単なことならご説明してさしあげられるかと」
「いいよ、いいよ。
気にしないで」
その時、騎士の一人が入ってくると、大浴場使用の許可が出たことを伝えたので、畑山と舞子はそちらに向かった。本日二度目の入浴だ。
部屋は、加藤と少女だけになった。
「ふ、二人きりになっちゃったね」
「は、はい」
「あ、そうだ。
名前は、何ていうの?」
「ミナです。
若様のお名前は?」
「若様って言われるような身分じゃないけどね。
加藤って言います」
「黒髪でカトー……もしかして、勇者様ですか?」
「ははは。
まあ、そうですね」
「す、すごいです!
私、勇者様にお目にかかったの初めてなんです!」
「あ、そんなにかしこまらないで。
多分、同い年くらいだから、敬語は無しにしてね」
「はい、でも……」
「他の人がいない時ならいいでしょ?」
「わ、分かりました」
「じゃ、俺のことはユウって呼んでね」
「はい……ユウ」
何かが加藤の胸に突きささった。いわゆる恋の矢というやつだ。
「お、俺も君のこと、ミナって呼んでもいいかな」
「はい。
勇者様から名前を呼ばれるなんて、私、幸せです」
「だ、だから敬語は無しでね」
「はい」
じっと上目づかいで見つめられた加藤は、まっ赤になり、今にも倒れそうだ。
それから二人はダートンの歴史や、その風物について話をした。主に、加藤が質問し、ミナが答える形だったが。
「ねえ、ミナの事も教えてくれない?」
「あ、あのー……」
バタン
「あー、いいお湯だった~。
加藤、あんたも入るといいわよ。
露天風呂で、すごく気持ちいいんだから」
「はあー、全く!
いいところに帰ってくるよ、ホント!」
加藤は、ミナとの会話が中断されてがっかりだ。
「長いことこいつの相手してくれてありがとう。
ここは、もういいわよ」
加藤の気持ちなど知らない畑山は、少女の迷惑を考え、早く部屋から出ていってもらおうとする。
「で、ではユウ、あ、いえ若様。
失礼いたします」
「そ、そう?
また、朝、話せるといいね」
「は、はい」
ミナはドアに向かう。途中で一度振りかえり、加藤と目が合うと、ぺこりとお辞儀して出ていった。
「加藤……加藤?」
まっ赤な顔をしている加藤に畑山が話しかけるが、恋のお花畑が満開になった彼には、それが聞こえていないようだ。
肩を掴んで揺すると、さすがに我に返った。
「え?
あ、何?」
「何、じゃないわ。
あんた、どうしたの?
ぼーっとして」
「あ、俺、ぼーっとしてたの?」
「意味分かんない。
しっかりしなさいよ。
明日は、失敗できないんだから」
「あ、ああ、分かってる、分かってる」
さすがに、そこまで来るとピーンと来た畑山は、加藤をそのまま放置することにした。
「ああ、分かってる、分かってる」
畑山は、加藤に全く分かってない、と突っこみたかったが、これは何をしてもだめだと思ったので、そのまま寝ることにした。
加藤と少女の間に、何があったか知らないが、自分には関係ないと思うことにした。
畑山は、イライラしている自分の気持ちをごまかすように、早めに床に就くのだった。
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