第33話 訓練討伐の依頼
王城からギルドへ、勇者が行う訓練討伐の補助をしてくれという依頼が来た。
あらかじめマスターに根回ししておいた俺は、すんなり補助班に入ることができた。
今は、その打ちあわせ中だ。打ちあわせは、ギルド二階の大会議室で行われている。
ギルドの会議室には、補助班の面々と、ギルドマスター、騎士団の副団長がいる。
補助班の中には、席が足りず立っている者もいる。
レダーマンが出てきた場合に備え、俺はガチガチに変装している。
すなわち、牛乳瓶底眼鏡を掛け、口ひげをつけている。山高帽子にローブを羽織り、手には杖を持っている。
この変装は、ルル指導のもと、キツネたちまで手伝って完成した。田舎から出てきたばかりの魔術師というのがコンセプトだ。
ルルは、相変わらずの完璧メイドさんぶりだ。
大柄でがっちりした、四角い顔の副騎士団長が話しはじめる。
「それでは、討伐補助班のメンバーを紹介してくれ」
お、この副団長、偉そうだな。レダーマン、教育がなってないぞ。
マックが一人一人、簡単に経歴を説明していく。
今回の補助班には、ハピィフェローの面々も選ばれている。金ランク冒険者も二人含まれており、ギルド側は総力態勢だ。
「そういえば、ゴブリンキング討伐は君らだったな」
副団長が眉をひそめ、ジロリとブレットの方を見る。
ブレットのパーティがゴブリンキングを討伐したせいで、ドラゴン討伐に向かう羽目になったのだから、彼の気持ちは分かる。
「さて、それでは、訓練地としてどこを選ぶか、ということですが……」
妖精っぽい緑色の服を着た小さなキャロが、ちょこんと椅子の上に立って話しはじめる。
今日も可愛さ全開だ。
「こちらのセンライ地域を考えております」
彼女が細長い棒で指した先には、かなり大きな地図が貼りつけてある。
等高線は無く、国境らしいものが太い線で引かれている。幹線道路や大きな町だけが表記されているようだ。
地球の地図を見慣れた俺からすると、ずい分いい加減なものだった。
「ふん、その地域を選んだ理由は?」
副団長が鼻を鳴らす。
「アリストとマスケドニアの国境に広がる、タリー高地と地形が似ているからです」
キャロが続ける。
「タリー、センライ両地域とも、起伏に富んだ地形となっています。
当然、平地での戦闘とは、一味違った能力が必要となります」
タリー、センライともに石灰岩地形だ。自然の力で太古から浸食を受け、極端な凸凹ができており、鍾乳洞も点在する。隠れやすく進軍しにくい、守る側から言えば、まさに天然の砦だ。
「ふむ。
訓練地選定の目的は分かった。
具体的には、何をどのように討伐する」
「センライには、洞窟を棲みかとするホワイトエイプが生息しています。
個体だとCランクの魔物ですが、知能が高く、道具も使います。
今回の訓練目的にぴったりだと考えています」
「いいだろう。
班分けについて聞かせてくれ」
「勇者班、聖騎士班、聖女班に分ける予定です」
副団長は、討伐、索敵、補給などの班分けを尋ねたつもりだったから、予想外の答えにとまどう。
「なぜ、三人を分ける必要がある?」
「現地に行けば分かることですが、枝分かれした細い道が多く、常には三人一組で行動できない場合があります。
それならいっそのこと、それぞれが別行動した場合にも備えるべきだと考えます」
「なるほどな。
ギルドに任せたのは、無駄でなかったようだ。
では、こちらは、騎士を三グループに分けておく。
当日は、どこで集合する?」
「センライ地域近くの、ダートンという町を考えています」
「よかろう。
では当日、現地でな。
連絡役をよこしてくれよ」
副団長は立ちあがると、そそくさと部屋を後にした。貴族出身の彼からしてみれば、怪しい身分の者が集まるギルドは、居心地が悪かったようだ。
「おう、細かい打ちあわせをするぞ。
パーティリーダーと金ランク以外は帰っていいぞ」
マックの声で大半の者が部屋を去る。
俺も帰ろうとするが、がっしと肩をつかまれ、引きとめられる。
「お前は、残っておけ」
あー、またこれですか。まるでお経を聞くような時間は、もう勘弁してほしいんですが。
結局、その日帰宅できたのは深夜になってからだった。
しかし、同じウトウトでも、会議室と河原ではどうしてああも気分が違うかねえ。
◇
「勇者が城から出る?」
信じられない知らせに、ヒトツは我が耳を疑った。
「はい、間違いありません。
戦争へ向けての戦闘訓練ということでした」
報告しているのは商人の格好をした少女ミツだ。髪を短く刈っており、若旦那風に見える。
「うむ。
しかし、王国がどうしてそのような決定をしたか、それが気になるところだ。
ただの戦闘訓練なら、城内でも騎士相手に十分できるだろうからな。
お前は、その辺を探ってくれ。
ヨツ、お前は補給経路を当たってくれ」
「「はっ」」
ショーカから頼まれた勇者とのコンタクトは、開戦阻止が狙いだ。
たとえ勇者と接触できても、さすがにそこまでは無理だと思っていたのだが……。
もしかすると、わずかながら、その可能性が残されているかもしれない。
そう考えたのは、諜報の世界に長年身を置いてきた、ヒトツならではだった。
◇
ダートンは、センライ地域の西に位置する交通の要衝で、古くから交易都市として栄えてきた。
二階建ての木造家屋がほとんどだが、しっかりした造りの商家が立ちならぶ。今の領主が商業振興を治政の柱としたため、ここ最近は特に商人たちでにぎわっていた。
商人は、もうけが出ると聞けば、どこへでも行く。
町が昼時の賑わいを見せはじめたころ、商人姿の旅人が二人、町への門を潜った。
大店の主人とその手代に見える。彼らは町の雰囲気にすぐ溶けこみ、周囲から目立たなくなった。
「旦那様。
お宿はこちらでございます」
この町にいる間どういう役割を演じるか、それはすでに決めてある。怪しまれないコツは、その役を演じることではなく、それになりきることだ。
「そうか。
できれば少し市場調査もしておきたいが……」
「長旅の疲れもあります。
今日のところは、宿でお休みください」
「しかたないな。
そうするか」
彼らは、この町一番の大きさを誇る宿泊施設の向かいにある、比較的小さな宿屋に入った。
あらかじめ取ってあった部屋は、二階奥で表通りに面している。窓辺からは、向かいの宿泊施設がよく見える。そこは、勇者が泊まる予定の宿でもある。
部屋のドアを閉めきると、のんびりした二人の表情が、鋭く、油断ないものに変わった。
「ヨツ、ご苦労だったな」
ヒトツは、万事抜かりなく手配した息子に声を掛ける。
「はっ」
親子でも任務中は、
外から内側が覗けない程度に、細く窓を開け、向かいを見張りやすいよう、テーブルや椅子、ベッドの位置を変える。
宿の女将には心づけをはずみ、疲れていてすぐに寝るから部屋に入ってこないよう念を押してある。
ミツはすでに奉公人見習いになりすまし、目前の宿に潜入している。
勇者が宿に入るのは、夕方になるはずだ。すでに、そこまでの調べがついていた。
窓辺の監視をヨツにまかせ、ヒトツは明日からの計画に思いを巡らせる。
おそらく、明日が任務の山場になるだろう。
何としても、この千載一遇の機会を逃してはならない。
ヒトツは、任務の重要性を思い、さらに気を引きしめるのだった。
◇
ダートンに着いた勇者たち三人と騎士、そしてギルドの面々は、それぞれの部屋に分かれ休息した。
勇者たちには個室付きの広い特別室があてがわれ、部屋の前では、騎士が二人ずつ交代で警備にあたる。
今回は、十人の騎士が派遣されていた。
ギルド関係者は、パーティごとに部屋が取ってある。
史郎とルルはハピィフェローと同室だが、本来会議などに使う板敷の部屋なので、床に毛布を敷き、雑魚寝となる。
二人の金ランク冒険者は、それぞれに個室が割りあてられている。
格差社会は、どこでも同じだ。
加藤は、旅の疲れも見せず町を見たがったが、騎士から止められ、渋々諦めた。
『部屋に入ったわ。
次はどうするの?』
点ちゃんを通し畑山さんから、念話が来る。
『今日は、ゆっくり疲れを取ってくれ。
明日の訓練中に接触するぞ』
『分かったわ。
じゃあ、私たちは入浴してくるから。
覗かないでよ』
『誰が覗くか。
どうして、そんなこと考えた?』
『いや、ボーの魔法なら何でもできそうで――』
『できてもしないよ』
『わ、私、史郎君になら――』
『舞子!
血迷わないの。
連絡、もう切るわよ』
『訓練地で班が分かれた直後に連絡を取ってくれ。
それまでは、行動に気をつけてくれよ』
『了解』
念話での連絡が切れると、女子二人は、そそくさと入浴へ向かった。
一人だけ部屋に残された加藤は、ぼやいていた。
「おいおい。
これってボッチじゃない?
ボー、早くこっちへ戻ってきてくれよ」
その加藤には、思いがけない出会いが待っていた。
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