第11話 黒い森
翌朝。
討伐は、十のパーティと数名のギルド職員で行われるらしい。ギルド前は、早朝からたくさんの人が集まっていた。ざっと五十人は冒険者がいる。
装備の革製品からだろうか、独特のニオイがする。
俺を見つけたブレットが話しかけてくる。
「おう、おはよう!
ギルマスから聞いてるが、ルーキーも参加するんだな。
シロだっけ、今日はよろしくな!」
「おはようございます。
シローです。
よろしくお願いします。
荷物持ちくらいしかできないでしょうが」
「お、いいもの持ってるじゃないか」
ブレットは、俺が腰に差した剣に目をとめる。
昨日、討伐参加が決まってすぐ、町の武器屋で見繕ってきた剣だ。刃渡り四十センチくらいの直刀で、灰色の鞘に入っている。
ルルが選んでくれたのだが、剣など振ったことがない俺には、まず無用の長物だ。小型の盾、バックラーといったか、これも買ったが、それはルルのポーチに入っている。
ブレットは、俺の横に立つルルを目にすると、急に硬直してしまった。
「ブブ、ブレットです。
こ、こ、こんにちは。
よ、よろしく、です」
彼は壊れたロボットのように突然動きだすと、ルルに話しかけた。
「こんにちは、ブレット様。
ルルと申します。
こちらこそ、よろしくお願いします」
ブレットは顔がまっ赤だ。
「さま……さま……、ブレットさま……」
そうつぶやいている。
いい人ブレット、どんだけ女性に耐性が無いんだよ。
「ガハハハッ!
来たか、坊主!
こいつらが、ブレットのパーティメンバーだぜ」
マックが二十代前半と
「ハピィフェローのナルニスです。
よろしく」
小柄な青年は、魔術師だろうか。茶色いローブを着て、白い杖を持っていた。
「同じくビーチだよ。
おはようさん」
がっちりした大柄な女性は、剣士だろう。革鎧を着て、かなり大きな剣を背負っている。ウエーブがかかった燃えるような赤い髪が印象的だ。
「ミースです。
今日は、よろしくお願いします」
生真面目な感じの小柄な女性は、肩越しに弓が見えるから弓師だろう。
「俺、ダン。
よろしく」
金属鎧を着た
「私は新人のシローです。
こちらはルルです。
今日は、よろしくお願いします」
「まあ、こいつは新米だから、荷物持ちくらいにしかならねえだろうがな」
拳骨でゴリゴリと
ギルド職員だろうか、四十代のがっしりした男性がホイッスルのようなものを吹く。
てんでばらばらだった冒険者が、一斉にそちらを向く。
「お早うございます。
今日は討伐への参加、ありがとうございます。
目的地は『黒い森』です。
各パーティーは、リーダー中心に動いてください。
ギルドマスターからお話が……。
え?
そうですか。
では、出発です」
こういう討伐に慣れているのか、説明する方も最小限のことしか伝えないようだ。パーティーごとに考えて動けってことだろう。
冒険者がぞろぞろと歩きだす。
冒険者の一団は、俺たちが昨日出かけた『聖騎士の森』とは反対の方向へ進んでいった。
◇
俺とルルは、マックとハピィフェローの後ろを歩いている。
マックとハピィフェロー。ハゲマッチョと愉快な仲間たち。ぶほっ。笑いのツボに入っちゃった。
お腹を抱えて、ひーひー言いながら歩いていると、前からブレットが下がってきた。
「えー、ル、ルルさんは、どのような戦闘スタイルでございますか?」
ご、ございますか? 似合わねー。ブレット、いいやつだ。だけど、すでに笑いで死にかけている俺には、クリティカルヒットだ。
お腹を押さえ体を折り曲げている俺を見て心配したのだろう、ルルが話しかけてくる。
「旦那様、お体の具合でも……?」
ルル、心配しなくても大丈夫。思いっきり笑ってるだけだから。
「だ、旦那様!?
ルルさん、シローとは、どういったご関係で?」
まっ赤になったルルを見たブレットは、別の意味のクリティカルヒットを受けたようで、よろよろと前方へ帰っていった。
「ハァハァ、ふー」
やっと笑い虫が落ちついてくれたようだ。
冷静になると、何を討伐するか聞いていなかったことに気づいた。ギルド前では説明してくれなかったもんね。つまり、他のみんなは、それが分かってるってことだよね。
「今日の討伐ですが……これから行く『黒い森』の外縁部にゴブリンの集落らしきものが確認されたということです。
ゴブリンは非常に繁殖力が強いので、放っておくと
集落が小さいうちに討伐してしまうのがセオリーです」
ルル、心の中を
「ゴブリンって、どれくらい強いの?」
「一匹一匹は、それほど強くありません。
しかし、数が多くてリーダー役がいると、連携して戦うからとても厄介です。
今回は集落を作っていますから、まずリーダーがいると見てまちがいありません」
それで、この人数での討伐になるわけね。
「ゴブリンって、どれくらいの大きさ?」
「通常種だと、これくらいから、これくらいでしょうか」
ルルが彼女の腰のあたりから肩のあたりまで手を動かす。
「気をつけることってある?」
「連携の他では、弓や魔術を使う特殊個体が問題となります。
やや小さな個体で吹き矢を使うのもいて、これは非常に危険です。
吹き矢には、必ずといっていいほど毒が塗ってありますから。
小さいからといって、油断なさらないように」
この討伐、難易度が高くない?
俺みたいなルーキーを連れてっていいのかね。
「一応、各パーティに解毒薬が配られていますが、戦闘中はなかなかそこまで手が回りませんから」
とにかく毒に注意と。
「他にはどんなのがいるの?」
「さらに上位の個体としては、ゴブリンジェネラル、ゴブリンロードがいます。
こういった個体は、かなり良い武具を装備しています。
体も一回りから二回り大きいですから、見分けがつきます。
数体の取りまきを引きつれているのが普通です」
「つ、強そうだね……」
「普通のゴブリンなら、十体分くらいの力があると見ていいでしょう」
そいつらを見たら逃げる、これ決定。
「最も危険な個体は、ゴブリンキングと呼ばれるもので、体長も通常の三倍から四倍あります。
遠距離からの一斉攻撃で、一気に仕留めてしまうのが理想です」
まあ、いつも理想通りにいくとは限らないからなあ。こいつには出会わないよう、神に祈っておこう。
「ルルってすごいね。
なんでそんなに詳しいの?」
「小さな頃、おじいさまに連れられて、何度か討伐に参加したことがあるんです。
ギルドマスターとお目にかかったのも、その頃ですね」
はあー、経験者だったか。冒険者姿がやけに板についていたのは、それだからか。
「じゃ、ギルドにも登録してるの?」
「はい、してあります」
「ランクは何?」
「銀ですね」
えっ! それって、かなり高くない?
「討伐参加が許可されるのが十一歳からで、十五歳までは討伐中、常に銀ランク以上のサポートを受けることが条件となります。
依頼も全てが受けられるわけではなく、細かな制限が課せられます。
条件が厳しいので、あまり利用されていません」
まあ、そうだろうね。それなら、なおさら銀ランクって、凄いと思うけど。
あっ、当然リーヴァスさんって銀ランクより上ってことになるな。まあ、二つ名があるくらいだから当然か。
お、森が見えてきたぞ。
◇
「あの森は名前がついていない小さなもので、それを越えると『黒い森』となります」
あー、緊張してくるわ。森に入ったらお手洗いしとこう。
前を行く六人は、特に足取りも態度も変わったところがない。落ちついたものだ。ギルドマスターから目を掛けられるくらいだから、ハピィフェローは、かなり腕の立つパーティと考えていいだろう。
小さな森をあっという間に抜けると、荒れ地の向こうに黒っぽい森が見えてくる。
前を行く六人からも、さすがに緊張の色がうかがえた。『黒い森』から、ある程度の距離をおいて、パーティが停まった。
ブレットがこちらを見て、唇に指を当てる。
お、「静かに」のサインは、異世界でも同じか。
一つ後ろのパーティから、地味な服を着た小柄な男性が、足早にこちらに来る。彼は、あっという間に、俺たちを追い越し、荒れ地の草むらに姿を消した。
「彼が先に行って、偵察してくるんでしょう」
姿勢を低くしたルルが、そうささやく。
辺りは鳥の声もせず静かだ。ときどき風が吹くと、かさかさと草の音がするくらいだ。
空気が少し湿っぽい。
偵察役は、なかなか帰ってこなかった。
一時間以上は過ぎただろう。彼の身に何かあったんじゃないかと思った時、やっと姿を現した。偵察役は少しの間、マックと何か小声で話していたが、すぐに後ろへと下がっていった。
ブレットがこちらにやってくる。表情が固い。
「特殊個体がいるようだ。
調査時より、集落もかなり大きくなってる。
今からパーティリーダーで話しあって、討伐続行か出直すか決めてくる。
ヤツらの集落が近いから、ここで静かにしてろよ」
ルルと俺が頷くと、彼は後ろに下がっていった。先ほど通ってきた小さな森の中で話しあうのだろう。
ルルは、ナイフや装備の確認をしている。こちらもまねてやってみるが、初めての俺にはほとんど意味がないと気づく。まあ、格好が大事ですよ、最初はね。
それから三十分ほどでブレットが帰ってきた。こちらを見て頷くと、前の五人のところへ戻っていく。
「討伐続行のようですね」
ルルが小さな声で告げる。
マックがこちらに手を振っている。近づくと、低い声で指示を受けた。
「かなり大きい集落だから、お前にかまってる余裕はないかもしれん。
必ず自分と敵との間に味方がいるように注意しろ」
ルルのことは心配しないんだね。まあ、彼女は銀ランクだから。しかし、かなりやばい気がする。どう考えても、ルーキーにふさわしい状況ではないな。
横を見ると、ルルと目が合う。にっこり微笑むルルを見ると、少し気持ちが落ちつく。
ああ、加藤みたいな無敵能力があればなあ。まあ、あったらあったで先頭で敵に突っこまされるような目に遭わされるかもね。
三人は、今頃どうしてるかな。舞子の顔が浮かぶ。
いかんいかん、また弱気になりかけてるぞ。ここは頭をクールにしとかないと。
振り向くと、後ろの冒険者達が左右に分かれ、次々と荒れ地の中に入っていくのが見えた。集落を包囲してから攻撃するのかな。
ブレットたちも動きだした。
あー、後ろの森でお手洗いするの忘れちゃってるよ。戦闘中に漏らさなきゃいいけど。
黒い森に入ると、今まで入ったどの森よりも木々が多いことに気づく。かなり視界が悪い。こんな場所で待ちぶせされたらと思うと、背筋が寒くなる。
横でルルがきびきび行動しているのを見て、気持ちを引きしめる。
俺には戦闘経験がないけれど、魔術も武器も使えないけれど、それでもやっぱり隣にいる人を守りたいよね。
なんとしてもルルを守る、そう心に決めた。
◇
俺たちが『黒い森』に入って間もなく、木々がまばらになってくる。
切り株や折れた枝が目立つ。ゴブリンがやったのかな。
ブレットが動きを停めた。地面にうつ伏せている。
しゃがんで目を凝らすと、木立の間から木造の家が並んだ集落が見えている。ログハウスというよりは、縄文時代の竪穴住居のように見える。
まだ遠くてはっきりしないが、人型の何かが動いている。
きっとゴブリンだろう。
ピーッ
突然、甲高い笛のような音が聞こえた。攻撃の合図だ。
ブレットたちが立ちあがり、勢いよく駆けていく。
ルルも走りだした。
速い。
なんとか置いていかれないようにするのがやっとだ。
木立を抜けると、集落の全貌が見えてくる。かなり大きい。町と言ったほうがいい規模だ。ここからだけでも、二十以上の家が見える。
中央には、特に大きな建物がいくつか建っている。
あちこちで、
こちらも、集落一番端の家が目の前だ。
ブレットたちが戦闘を開始した。
前方に盾役のダン、少し下がって巨大剣のビーチ。
後方に魔術師のナルニスと弓のミース。
ブレットは遊撃か。
棍棒のようなものを手にしたゴブリンがわらわらと襲いかかるが、ブレットたちは余裕を持って対処している。
パーティが、きちんと機能しているのが分かる。
弓と魔術で数が減った敵が、前衛のところまでたどり着いても、ビーチに大剣でまとめて吹っとばされたり、ブレットに切りたおされたりしている。
時々、盾のところまで敵が届くが、ダンが盾を叩きつけると、ぐしゃっと弾きとばされている。どんどん敵が倒れていくが、なにせゴブリンの数が多い。後から後から湧いてくる。
突然、右手の森から一匹のゴブリンが現れると、奇声をあげながら、こちらに突っこんできた。
ルルがすれ違いざまナイフを振るうと、そいつはガクッと崩れおちた。
うわっ、ゴブリンって、近くで見るとこうなのか。
身長一メートルくらいだろうか。粗末な皮の服を着ている。腰のところをひもで縛ってあるから、知性は思ったより高そうだ。
頬が垂れていて、鼻は低く、鼻の穴が上を向いている。眉が左右くっついて一本になっている。耳は人間に比べるとかなり小さい。手足の指が五本なのは、人間と同じか。肌の色はやや赤っぽい。
ルルが、ためらうことなくゴブリンの右耳の先を切りとった。そこが討伐を証明する部位なのだろう。
ポーチから出した布でナイフを拭くと、彼女は次の攻撃に備え、油断なく周囲をうかがっている。メイド姿の可憐なルルも素敵だが、冒険者姿の凛々しいルルもいいね。
ブレットたちが相手にしているゴブリンの波が、ようやく収まってきたようだ。盾役ダンの前は、ゴブリンの死体で小山ができあがっている。
強いな、ハピィフェロー。名前は笑えるけど。
戦闘が終わったと俺が思った時、辺りを震わせるような声が響きわたった。
「グウォーンン!」
それは、声というより空気の振動に近かった。
あれ?! 体が動かないぞ。
さすがにブレットたちは動きが悪くなっただけで、まだ戦えるようだが、自分の体は、ほとんど動かせない。
「ゴブリンの
ルルが緊張した面持ちで告げた。
やばいんじゃないの、これは。
ブレットたちの向こうから、のっしのっしと巨大なゴブリンが姿を現した。頭の高さが、普通のゴブリンの三倍は優にある。だから、身長が三メートル以上はあるってことだ。
そいつは、ゴブリンの死体が小山となったその横で、さらに咆哮を放つ。
「グウォーンン!」
ブレットたちの動きが、さらに悪くなる。
こちらは最初っから動けないから、変化無し。ルルも少し苦しそうだ。
ナルニスが白い杖を掲げて何か唱えると、彼を中心に光の輪が広がった。
お、動ける? 完全ではないが、少し動けるようになった。ルルも楽になったようだ。
「ゴブリンキングです!」
ええーっ! そんなのが、ここに来ちゃうの?
よりによってルーキーがいる所に来るって、キングさんの運が良いのか、こちらの運が悪いのか、よく分からない。
ゴブリンキングが振りかぶった、剣とも言えないほど巨大な金属の塊が、構えた大剣ごとビーチを吹きとばし、そのままダンの盾に激突した。
グッオオーンン!
とんでもない音がしてダンの盾がへし曲がる。
さらに二発目。
これにはダンもたまらず、こちらに向けふっ飛ばされる。
おいおい、十メートル以上飛んでるよ、これ。容赦が無いな。
あまりの衝撃に立ち上がれないのか、ダンは両手を地面に着き、震えている。
ブレットがキングの周囲を動きまわりながら切りつけているが、ほとんど効いてないようだ。
彼が何か叫ぶと、魔術と弓の二人がこちらに走ってくる。
「下がって!」
ナルニスに言われ下がろうとするが、足が重い。まだ、咆哮の影響が残っているようだ。
ゴブリンキングは、なぜか俺に狙いを定めたようだ。
地鳴りをあげ、一直線に向かってくる。
どうして最弱のルーキーを狙うかね。まあ、こうなったら覚悟を決めるか。逃げるって。しかし、この勢いだと、逃げてもすぐに追いつかれるな。
ブレットとルルが同時にヤツに切りかかったが、皮膚にはじかれている。
金属より硬い皮膚ってどうよ。
ゴブリンキングが空いている方の左手を、張り手のように振りまわすと、それに引っかけられた二人が弾きとばされた。
倒れているルルに駆けよる。
「ルルっ!」
「だ、旦那様……」
ルルは口の端から血が垂れている。
それを見た俺は、カッと体中の血が沸騰する。
こちらに向かってくる、ゴブリンキングの前に立つ。
真上から剣が落ちてくる。
ズッ、ドーンンン!
大振りだから逃げられたが、地面に大きな穴ができた。あれが、ルルの上に落ちたら大変だ。
ヤツの気を引こうと、ルルがいない方向へ回りこもうとするが、キングは相変わらず俺狙いのようで、迷わずこちらに突進してくる。
ルルから離れてくれるのは、助かるけどね。
おうぁったっ!
なんだ?
ああ、さっきルルが倒した、ゴブリンの死骸に足を取られたのか。
ここからは、まるでスローモーションのように時が流れた。
転んだ俺を見下ろし、にやりと笑うゴブリンキング。
振りかぶられる、超巨大剣。
キングは剣の重量に巨大な筋力を上乗せすると、それを叩きつけてくる。
突然、俺に覆いかぶさるルル。
近づく剣。
刀身のギザギザまで、はっきり見える。
ゴブリンキングに向けて、手をかざす俺。
こんな状況じゃなかったら「待ってくれ」のサインに見えただろう。
まあ、絶対に待ってくれないだろうけど。
死の味がする。
ビクン。ゴブリンキングの巨体が震える。
ヤツが振りおろしかけていた剣が、ピタッと停まる。
あと五センチで、こちらの額ですよ。
立ちこめる静寂。
ドーンッ!
それを破ったのは、ゴブリンキングの巨体が横倒しになる音だった。
え?
なんで?
助かったの?
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