やっと書けた新作長編

 ネーム原作があっけなくボツとなったのが5月20日。


 その次の日から、僕はライトノベルの原稿を書き始めた。


「花修羅丸伝」である。


 これは戦国時代の信濃しなの(長野県)を舞台にした伝奇バトルものだ。未知の侵略者が現れ、領主達は異能を持つ者達と組んで戦うようになる。敵に故郷を滅ぼされた主人公(少女)も、戦いに飛び込んでいく。


 未知の侵略者によって人類が危機に陥る話は山ほどある。

 そこで、実在の戦国武将と共闘する、戦闘スタイルを工夫するなど設定段階からあれこれ仕込んだ。


 僕は地元の村上むらかみ義清よしきよという武将が好きだ。武田信玄に二度も勝った唯一の将だが、彼を主役にした時代劇は知る限りない。武田信玄や山本勘助を主人公にした話では、だいたい川中島の戦いに至るまでの中ボス的立ち位置として描かれることが多い。


 僕はそれが不満で、以前から義清をメインに置いた話を書きたいと思っていた。しかし、本格的な時代劇となると今の僕では資料集めに限界がある。そこで、伝奇ラノベという枠組みの中で登場させればいいという結論になった(安易かもしれないが)。


 漫画脚本大賞、ネーム原作でこの設定を組んでいるので、ストーリーは完全に出来上がっていた。それを物語化するだけだ。


 狙っているのは5月末日締め切りのGA文庫大賞だった。2016年に応募したことがあるだけだが、ここで勝負したかった。

 もっとも締め切りが近かったのがまず一つ。

 もう一つは、前年の受賞作に女性主人公の作品が二作あったからだ『処刑少女の生きる道』『ひきこまり吸血姫の悶々』)。


 ライトノベルで女性主人公をやることについては時々話題になる。感情移入の観点から難易度が高いとか、いやこういう成功作があるとか、結論が出たことはない。


 しかし僕は戦う女の子が書きたかったのでそこは貫くことにした。


 締め切りまで10日しかなかったが、諦めず毎日書いた。今までの不調はなんだったのかというペースで執筆が進んだ。コロナで職場がずっと休みだったのも大きかった。


 朝起きて書いて、少し休憩、また書いて、夕方にはカクヨムで連載しているラブコメの更新分を書いてアップ、また応募原稿に戻る……。


 数日、そんな生活が続いた。


 5月27日。

 約1週間で原稿は書き上がった。


 42文字×34行で105枚。


 やや短めの長編となった。

 変なひねりのない、正面からの力勝負に挑んだ作品だ。


 僕は充実感に包まれていた。


 書けない書けないと苦しんでいた状況をついに打破したような気がしたのだ。

 推敲に時間をかけられないのは仕方がない。

 ギリギリまで粘って、できる限り違和感がないよう調整を施した。


 世界観はゲーム「討鬼伝」「仁王」から、技などは漫画「鬼滅の刃」から影響を受けている。


 昔から影響を受けやすいタイプなので、ここはもう開き直っている。


「鬼滅」は積極的に読もうとは思っていなかった。最初は、人気作と設定かぶりがあったらまずいからという理由で読み始めた。そしたらはまってしまった。ファンブックも持っている。


 個人的に「鬼滅」がすごいと思うポイントはいくつかあって、大雑把に大別すると、

1、主人公の目標が常に明確

2、テンポがいい

 に分けられる。


 主人公の大目標は妹を人間に戻すこと。これが物語に一本の筋を通しているが、フェーズごとに「呼吸を習得する」「最終選別を突破する」など小目標が常に提示されている。おかげで読者が混乱することはない。


 そしてテンポだ。

 勢いがある台詞回し、モノローグもそうだが、修行シーンを日記形式にすることによってだらだらさせなかったところは個人的にかなりすごいと思った。


 何より、そうした数々の技巧を技巧と思わせないさりげなさがすごい、とも思う。繰り返し読んで「こういう工夫があるんだ」と思ったが、初読では読みやすさのあまり、スラスラ読んで「面白かったなぁ」と本を閉じただけだった。


 こうした点は「花修羅丸伝」を書くにあたってかなり参考にした。


 主人公の目標は常にはっきりさせる。

 フェーズ(章)ごとに書きたいことを決め、物語を引き締める。


 実際の出来はともかく、意識して書くことはできた。


 推敲を終えると、締め切り当日の昼過ぎに原稿を応募した。

 久しぶりの新作投稿だった。


 カクヨムの連載をカウントしないなら、新作を書いたのは2018年11月までさかのぼる。2019年は最終選考に残ったものも含め、すべて過去作の書き直しだった。


 本当に長かった。

 しかも、新しいパソコンで書いた第1長編ということにもなる。


 少なくとも、2016年に応募した「山猫戦線」よりはいい作品が書けたと思った。あれが一次を通ったのだから、今度こそ、一度も突破できていない二次選考を抜けられるのではないか。


 そのくらい強い手応えがあった。


 僕は満足して、オープンした職場の仕事に移っていった。

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