第一章 加藤心愛 19(自殺旅行編3)
お参りを終え鳥居に礼をして瀬乃島神社に別れを告げる。それからまたオーシャンビューを眺めながら長い長い石畳の階段を下り、俺たちはまた弁天橋を渡る。先ほどよりもサーファーが増えている。今日は少し波があるから、遊ぶにはもってこいなのだろう。『しらすや』のおばちゃんがまずいと言っていたパンケーキ屋を通り過ぎて、俺たちは『瀬の島水族館』に到着する。小中学生は千円。こういうとき、中学生でよかったと心の奥から実感する。休日なので少し人が多い。でもまだ、夏休みの最盛期に比べたら屁でもない。
入館した瞬間に飛び込んでくる水の匂いと涼しさはまさに水族館だよなと感じる。管内全体が薄暗くて、まるで海の底にいるみたいだ。その、ガラスの向こう側を泳ぐ魚は宝石の色にもよく似ていて、子供だけじゃなく俺たちを夢中にさせるに充分な魅力を持っている。全身を輝かせながら泳ぐ魚の群れはファッションショーかまるでサーカス。ココアはべったりとその場に張り付くように見ていたが、俺のことを惹きつけたのはエイだ。トビエイ、アカエイ、ホシエイ。エイは大きければ大きいほどいい。俺はエイが好きだ。エイならいつまでもいつまでも見ていられる。ライトはどっちかっていうと食べるほうが好きらしくて、「俺、鯵は生よりも焼いた方が好きだよ」なんて言ってる。俺は寿司で食った方が好きかな。
キャッチコピー曰く『海を切り取ってきたような水槽の数々』ゾーンから『深海』ゾーン、そして『幻想的な癒し空間』クラゲゾーンに移動する。
ココアはこの、全身にフリルを纏ったような色々なクラゲが丸かったり四角かったり円柱だったりする色んな水槽の中でひらひらとダンスをする空間をえらく気に入ってしまったらしく、三十分もそこにいた。このクラゲゾーンは空間が丸ごとクラゲのような丸い構造をしていて、天井からサファイアのような青く爽やかな光が幻想的に照らしている。海の底にいるかのような錯覚にも襲われるのだけれど、ここにはちゃんと酸素がありソファがあり各種クラゲの説明書きもある。クラゲって一言で言っても色々あって、見比べてみるとちゃんと形が違う。俺とライトが全然違う生き物であるように、クラゲにだって一匹一匹違いがあるんだ。
クラゲゾーンを出たタイミングで昼食を摂ろうという案も出たのだけれど、イルカショーが始まるというのでそちらを優先させることにする。薄暗いクラゲゾーンから屋外のイルカショー、ちょっと眩しいしあと暑い。イルカがひどく頭のいい生き物であるというのは有名で、四匹のイルカが人間を乗せて泳いだりボール遊びをしたり輪潜りをしたり、もしかして人間よりも賢いんじゃないかというくらいの知性を見せてくれる。俺が冗談で
「ライトよりも賢いんじゃないのか」
なんて言うと、ライトが少し嫌そうな顔をする。
「そんなわけないだろ」
ライトがムキになるものだから、ココアも便乗してライトをからかいはじめる。
「いや、ライトくんよりも賢いよ、きっと」
そうかも。
そのあと土産を買い、またクラゲを見て、水族館を後にする。出る瞬間、ココアがカプセルトイをやろうかやるまいかひどく悩んでいたので、俺が勝手に百円を入れて廻す。出てくるカプセル。驚くココア。カプセルを開けると現れたのが白いクラゲのキーホルダーで、目がクリクリとしてちょっとかわいい。まるでクラゲの赤ちゃんみたいだ。俺はそれをココアに渡す。
「はい」
クラゲの赤ちゃんを両手で持ったまま、ココアが目を白黒させる。
「くれるの?」
「うん」
「なんで?」
俺は少し首を捻る。
「ココアが欲しそうだったから。いらない? いらないのならライトに上げるけど」
なんて取り返そうとすると、ココアが返すまいとクラゲの赤ちゃんを胸に抱き込む。
「い、いる!」
「あそ」
健一そっくりの目をしたココアが俺のことをじっと見てくる。それから、もじもじと恥ずかしそうに呟いた。
「……ありがと」
どういたしまして。
なんてやり取りをしていると、少し離れたところからライトが来る。
「なぁ、なんか呼んだ?」
「呼んだ。このカプセル、お前にやる」
空っぽのカプセルをライトに渡すと、こんなのいるかとライトが怒る。面白い奴。
『しらすや』のおばちゃんがまずいと言っていたパンケーキ屋の隣の店で昼食を摂る。俺は海鮮丼、ライトは天丼、ココアは天ぷら蕎麦。三種類がすべて揃った時点でココアが店員を呼び止める。
「すいません、写真撮ってください」
パシャリ。
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