第16話11章
【11】
通路はいまだ続く。
先頭を元気良く歩いていたミカも今は横だ。
どうやら少し疲れたらしい。
「――シズハさん」
「はい」
「さっきのさっきですけども……黒竜相手に対飛竜用の武器を使ったら怒ります?」
「……」
沈黙するシズハに対し、ミカは軽く手を打ち合わせる。
開いた手の中に現れるのは小さなケース。
掌に乗せたケースの中から、取り出された小さな弾丸が微かな灯りに輝いた。
「滅竜式弾丸19号です」
「……」
「ええとですね、何号ってのは開発番号なんです。これは私の新作。魔力持ってない人でも使い易いようにとコーティングに工夫重ねました」
シズハは思わず身体を引いた。
見ているだけで背筋が粟立つ。
これは凄く……嫌なものだ。
「……うー、そんなに嫌な顔をしないで下さい。ないないしますから」
ケースに片付け、手を打ち合わせる。
魔法のようにケースは消えた。
「これなら黒竜にも利くと思いますよ。これは竜の肉体にのみ反応するように出来ています。――最初に開発したのはラキスの魔術士だって聞きます。大昔の話ですけども」
ミカは話し続ける。
どうやら沈黙に耐え切れなくなったらしい。
「暴れる竜を何とか倒せないかって開発したって聞きました。当時は物凄い大きなもので、槍の先に付けて竜に直接打ち込んだらしいですよ」
アメリアの最期を思い出した。
「怖い武器です」
「竜にとってはそうですね」
「……?」
「旧型ならともかく、最新型の滅竜式弾丸を人間に打ち込んでも、人間は死にませんよ」
「え?」
「竜の身体にのみ利くんです。人間の身体なら小さな弾丸に貫かれたぐらい。確かに痛いですけども、重要な臓器に当たらなければ死にませんし手当ても間に合います」
庇ってくれた緑の翼が浮かぶ。
シズハが弾丸を喰らえば、彼女はいまだあの森を守っていたのだろうか。
可能性の話。
分かっているが、そこから離れられない。
「あ、でも魔力が暴走した結果の暴発は人間にも大ダメージ来ちゃいますよ。私はそれを無くそうと、この弾丸の安定化に努めてます。えへん」
「………」
「……調子乗りました……御免なさい」
しょんぼりとしたまま、ミカは軽く指を咥えた。
「うーん……でもこれを使っちゃ駄目なら、他に良い武器ないなぁ……。――シズハさん、その噂の竜人の力とか使えないんですか? どんな竜も従えられるって言う力」
ミカの肩口からトカゲが顔を出した。
やめろと言わんばかりにミカの髪を咥えて引っ張っている。
ミカは軽く顔を顰めた。
シズハはそんなミカから視線を逸らしつつ、口を開いた。
「そんな力、いまだ持っているなんて信じられません」
「実感ありません?」
「今まで何も考えずにやって来た当たり前の事が、当たり前じゃない、お前の力のせいだって言われて、納得出来ますか?」
自分の声にトゲがあるのは分かっていた。
イルノリアが床に降り立つ。
すぐ背後。
足を止めたシズハの顔に、己の顔を寄せる。
心配してくれているようだ。
イルノリアの顔を一度撫でた。
大丈夫と囁いてやればイルノリアは安堵したようだ。
再び歩き出したこちらの後ろで黙って翼を広げた。
「スイマセン、ミカさん」
「いいえいいえ。気にしてませんよ」
ミカは少しだけ笑う。
「――やっぱり、妬いちゃうぐらい仲良しさんですねぇ、イルノリアちゃんと」
「竜騎士の中ではこれぐらい普通かと思います」
「そうですか? ――あぁ……でもうん、そうかもしれない。うちの兄さんも片割れにはデレデレでしたから。ふーちゃん見るたびに可愛いな、綺麗だな、って」
「――お兄さんの名前はラルフですか」
シズハの問い掛けにミカは一瞬黙る。
何故か肩の上のトカゲと視線を合わせた。彼女の使い魔か何かなのだろうか?
シズハの疑問の間にミカは表情を変える。
「その質問って事は、兄さんの正体、気付いてます?」
「そうかもしれないから気を付けろ、と、父から言われました」
「正解です。――でも私は関係ありませんから。冥王の仲間なんかじゃありませんよ」
ミカはそこで声を弱める。
「信じて貰えると嬉しいです」
シズハは答えず次の質問を投げかけた。
「肉親を殺されて復讐は考えなかったのですか?」
「まったく。兄さんは好きで戦場に向かって、好きで冥王に仕えて、好きで戦って死んだんです」
ならいいんです。
「私がこれで復讐なんて考えたら、兄さんのやってきた事を汚してしまいます。肉親として一番やっちゃいけない事ですよ」
「貴方のお兄さんを殺したのは俺の父です」
「敵を倒すのは戦場で当たり前の事。――いちいち恨んじゃ心が持ちません」
ミカが笑った。
「何だかさっぱりしました」
「……?」
「人に話せないじゃないですか。兄さんの事とか、特に。――話せる人がいて、ちょっと嬉しいです」
足下の感触が変わった。
広い部屋に出ている。
いつの間に、と考えた。
通路の先にこんな部屋があるのを見ていなかった。
認識もしていなかった。
「――おしゃべりはそれぐらいにしてくれ」
低い男の声だった。
「来るぞ」
誰が話しているのかと周囲を見回し、ミカが自分の肩を見ているのに気付いた。
トカゲが四足でしっかりと立ち、前を見据えている。
ちらり、と、その視線がこちらを見た。
トカゲが……話した?
イルノリアが背後に降り立つ。
シズハに寄り添い、彼女も前を見据える。
床に描かれた文様の上、ゆっくりと黒い渦が巻く。
床を水のような面に変えて、それは姿を現す。
闇色の飛竜。
角が生えた頭部。太い首。前足が床を打ち、胴体が現れる。
黒い翼は一対。その大きさはこの飛竜がかなりの速度で飛べる事をあらわしているように大きく、立派なものだった。
翼を広げ、畳む。
その動作の後、黒竜は瞳を開いた。
高い位置から見下ろす瞳は闇色。光の加減で紅にも見える、深い闇の色だ。
黒竜は動かない。
じっとこちらを見ている。
シズハを見ている。
竜の口が開いた。
牙の並ぶ口が、ゆっくりと開く。
――満ちたか?
聞き取りにくい声ではあったが、確かにそれは人語だった。
何重にも重なる音。身体にも響くような深い音。
シズハは思わず片手で耳を塞ぐ。
それほどに大きな声だった。
――満ちたか?
黒竜は幾分声を弱めて、同じ質問を繰り返す。
横にいるミカを見ようともせずに、ただシズハを見、言葉を繰り返す。
満ちた?
何がだ?
この黒竜は何を問いかけている?
黒竜は焦れたように言葉を続けた。
――満ちたのか、否か。
虚ろから開放されたのか。
答えよ。
満ちたか?
シズハは黒竜の問いが分からない。
片手で耳を塞ぎ、もう片方の手でイルノリアに触れる。
銀の片割れはますます身を寄せた。
まるでシズハを守るように黒竜を見る。
黒竜の瞳が細められる。
迷いの色。
――何故答えぬ?
満ちたのか、否か?
我等の契約はいまだ有効か。
何故、答えぬ?
「……何を言ってるんだ?」
ようやく搾り出した問いに黒竜は軽く唸る。
人語と竜の唸り。
曖昧な言葉が複数口内で繰り返され、やがて黒竜は言葉を落とした。
ぽつり、と、一言。
――何もかも忘れたのか?
問い掛けを、ひとつだけ、落とした。
「――何だ……?」
ヒューマは水晶に結ばれた映像が信じられなかった。
黒竜が言葉を発している。
しかも、あの銀竜乗りに対して。
襲おうと言う動きは見えない。
何かを問いかけている。
ヒューマは奥歯を噛み締めた。
ぎりぎりと歯が鳴る。
あの男は黒竜までも手に入れるのか?
ようやく得た力。
誰にも負けない、王に相応しい力。
なのに、それすらも何の見返りも無く手に入れると言うのか?
銀竜だけでなく、それすらも?
何故だ?
どうしてあの男がそこまで恵まれるんだ?
許されない。
誰が許そうとも、自分は決して許さない。
剣を取る。
黒竜と銀竜乗りがいる場所は分かった。移動するのならば簡単。
部屋を飛び出ようとして、隅で膝を抱えている有翼人の女に気付いた。
呆けたような顔で、掌に何かを転がして遊んでいる。
小さな弾丸が三つ。
「――何だ、それは」
ヒューマの問いにリンダが顔を上げた。
伸ばしたままの乱れた髪が頬を滑る。
端正な顔立ちだからこそ、その力の無い顔は酷く気持ち悪かった。
「……ちがう……ちがうの……あのひとが、いない……」
「……?」
質問の答えではない事にすぐに気が付く。
バートラムが城に招き入れた女。
冥王の元部下。黒竜を従える女。
バートラムの目的は分からない。ただヒューマに力を示した。
そしてヒューマはそれを選んだ。
女も何か使えるだろうと傍においたが、一日中こうやって呆けているか歌を歌っている。
何の役にも立たない。
「それは何だ、と聞いてるんだ」
声を荒げると女――リンダはようやく分かったようだ。
酷く不思議そうに掌を見つめる。
「これは……竜を殺す力……」
「……竜を?」
「竜を、腐らせるの……壊すの……完全なる座に行けないようにするの……神が、竜を憎んで……魔物を殺して狂わせて……竜に、打ち込むの……」
リンダの言葉は訳が分からない。
だが竜に対する武器だと言うのだけは分かった。
「どうやって使うのだ?」
「打ち込むの……」
掌から弾丸を取り上げる。
ボウガンで打ち出す方式のようだ。
……武器庫を探せばこれに合うボウガンも見つかるだろう。
「これは貰っていく」
掌に弾丸を握りこめ、ヒューマは歩き出した。
リンダはその後姿をやはりぼんやりとした表情で見送る。
やがて彼女は気付く。
足元、一個だけ弾丸が落ちている。
ヒューマが取り損ねて落としたのだろう。
指先で拾い上げ、先ほどと同じように掌で弄ぶ。
リンダは細い声で歌いだした。
あの人が好きな歌。
唯一の慰めだとリンダの頬を撫でて笑ってくれたあの人。
違う人ばかり。
全部、もう、正しくない。
リンダは歌う。
歌いながら立ち上がる。
あの人はどこにいるのだろう。
細い声で歌ったまま、リンダは歩き出す。
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