第15話10章
【10】
バーンホーン王城。
顔面を包帯で巻かれたビスケインに対するのは、一晩でやつれたニルデだ。
長男のバグラは動けない。
落下の衝撃で大怪我だ。もしかすると二度と飛竜には乗れないかもしれない。
生きているだけましだ。
三男のグオンは死んだ。
首を切られ、殺された。
バグラの大怪我の報告を受け、ビスケインは寝台に横たわったまま笑った。
「追っ手など無粋なものを差し向けるからだ」
「父上」
「あれは私の敵だ。お前らの手などに負えるものか」
ニルデは沈黙する。
笑う父の顔に哀れみの視線を向けた。
ニルデは分かっている。
父はアギには及ばない。
あれは、違う。
人を超えたもの。
既に我等とは遠い次元にある。
「いいか、アギもその部下たちも追うな。この傷が癒えたのなら、私自ら出陣する」
両目は失われ、右腕もない。
その姿で戦える訳がない。
むしろ、いつまで持つのか。
その、正気が。
「楽しみだ。いまだにこの目が覚えているぞ。あの姿。美しい魔物。――あれが私の敵だ。私の、求め続けた敵だ」
「父上、どうかもうお休み下さい」
「ニルデ、追うな。アギを追うなよ。あれは私のものだ。私の為の敵だ」
「えぇ、分かっております。分かっておりますから、どうか」
既に正気など存在しないのかもしれない。
ニルデは壁を見た。
再びそこに飾られた宝剣が、狂った王を嘲笑うかのように、輝いた。
――すべての話を聞き終えて、ハーブはひとつだけ息を吐いた。
「分かりました」
「で、今更、パスはねぇよな」
「……私の主はアギ様、貴方だけです。い、今までと、同じにお仕え致します」
「こういう台詞でどもるなよ」
しょんぼりされた。
いまだ彼らはラナの背の上。
巨体に相応しい体力で、ラナは空を飛び続けている。
真下は砂漠。途中のオアシスで休憩したとしても、明日には砂漠を抜けられる。
「イシュター、これからどうすりゃあいいんだよ?」
「強い癒しの力を持つ銀髪の乙女がいると噂があります。まずはそちらに」
「へぇ」
目蓋の裏、揺れる銀。
そして、夢で見た、アギに向かって微笑む少女。雪の中で笑う彼女にいつか会えるのだろうか。
「でもその前に――」
「ンだよ?」
「一人、殺して欲しい相手がいるのです」
「……誰だ?」
「勇者、アルタット」
アギは軽く口笛を吹いた。
「そりゃあ凄い名前を出したものだな。――そいつが冥王の器の一人なのか?」
「いいえ、冥王の敵。貴方が冥王になれば、殺しに来るでしょう。それに……」
「それに?」
「アルタットの傍らには、私の仲間がおります。私のような、猫が」
イシュターは息を吐く。
「彼の能力は私と同等。もしかするとそれ以上。私では、少々、難しいのです」
「分かった」
でも、とアギは言う。
「その乙女に会ってからでもいいよな?」
「もう、アギ」
「我慢する必要ねぇならそっちの方を先に会いたいじゃねぇか」
ラナの身体を叩く。
「ほら、ラナに方角教えてやってくれよ」
「……もう」
イシュターは心で呟く。
アルタットの傍には器もいる。
冥王の器。多分、アギと同等クラスの質の、器。
次代の冥王はアギか、彼。どちらかになるだろう。
ただもう一人の器に関しては、どうも違和感が付き纏う。
その違和感に答えを与えるまで、焦る事は無いかもしれない。
ラナが軽く方角を変えた。
真っ直ぐに、飛ぶ。
新たな御伽噺が綴られる、その場所へと。
真っ直ぐに。
ただ、真っ直ぐに、向かって行った。
終
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