第14話2章・現在、シルスティン編 前編



【2】



 黒竜の吼え声に反応して目を覚ます。

 飛び起きたバダの動きに驚いて、彼の横にいた人物は立ち上がった。



 バダはその人物の顔を見て、思わず安堵の息を吐いた。


「……シズハ」



 あぁそうか夢なんだ。

 黒竜の事は夢で、いつまでも朝の集合にやってこない俺をシズハが起こしに来てくれたんだ。

 此処は竜騎士の宿舎で――


 身体を動かそうとして走った激痛に、優しい空想からバダは引きずり戻される。


 痛み。



「ぎ、ぐ………」



 悲鳴を上げるにも痛みが走る。

 抑えた悲鳴に、シズハがバダの背に手を当てた。

 ゆっくりと撫でる手。

 その手が少し熱を持っている。

 耳には聞きなれた神聖語。

 癒しの呪文を用いているのか。

 魔法が使えないバダには分からない。だが、確かに痛みが楽になった。



 荒い呼吸の中、シズハを見る。

 少しだけ顔立ちが鋭くなっているように見えた。

 ほんの短い間会わなかっただけなのに。


 そんな事をぼんやり考えながら、口を開く。


「ガドルアは……?」

「イルノリアが癒した。あの子の方が傷は酷かったので、優先した」

「それでいい。……アリガト」

「いや」


 シズハはゆっくりと首を左右に振る。



「完全に癒せた訳じゃない。失った部位は治せなかった」

「何処?」

「……」


 シズハは何だか不思議な顔をした。

 あぁ、とバダは笑う。

 軋む腕で自分の額に触れた。


「前も聞いたんだな? ええと……腕か。コーネリアとおそろいになったな」

「……」

「悪ぃ。笑えない冗談だ」


 額から手を外す。

 手を、指を見る。

 一本も欠けてない。


「俺は五体満足か」

「ガドルアが護ってくれた」

「だよなぁ」


 ゆっくりと身体を動かす。

 横たわっていた寝台から降りようと試みる。

 慌てたシズハの手がそれを引き止めようとするが、軽くその手を握り、止めた。



「ガドルアに会いたい」

「まだ動くのは無理だ」

「俺、何処が悪いんだよ?」

「……衰弱している」

「はぁ?」

「黒竜のブレスの影響だろうと思うが……生命力や、そういう力を身体が失っている」

「治んのか?」

「分からない」

「ホント、お前は嫌になるほど正直だな」


 苦笑。


「こういう時は病人を元気にする為に嘘を吐くもんだぜ?」

「すまん」

「いいぜ、諦めてる」


 握ったままのシズハの手を振る。


「ガドルアに会いたい」

「車椅子を持ってくる」

「うわぁ、すげぇ病人」

「怪我人だ」



 動くなよ、と言ってシズハが部屋を出て行く。

 部屋を見回した。

 ゴルティア王城の医務室。立派な部屋だ。

 此処に来て数日――いや、十日ほど過ぎている筈だ。

 意識を取り戻すのに数日掛かった。その間に、緊急事態と判断し、バダの記憶を直接魔法で抜き出し、状況を纏めたらしい。

 プライバシーの侵害だと騒ぐ気は無い。

 説明しようと思えば身体が震えてくる。

 言葉で説明など、到底出来なかった筈だ。


 シズハが戻ってくるまでに少しでも起き上がっておこうと身体を動かす。

 ゆっくり、ゆっくり。

 何度か走る痛みに呻きながらも、何とかベッドの端に腰掛ける姿勢となった。


 だらりとした治療用の衣の下から覗く自分の脚に顔を顰めた。

 痩せている。


 マジで治るのかよ、コレ。



 ドアが開く音。

 車椅子を押して歩くシズハ。起き上がっているバダを見てむっとした顔になる。


「横になってろ」

「早くガドルアに会いたいんだよ」

「………」


 竜馬鹿のシズハは黙る。

 


 シズハの手を借りて車椅子へと移った。

 膝の上に毛布を掛けてもらう己に苦笑。


「此処は一階だから竜舎まではすぐに行ける」


 背後に回ったシズハからの一言。



 その顔を見上げ、問う。



「シルスティンは、どうなった?」

「連絡が一切取れない」

「なんつーか、希望持てるような情報入ってねぇの?」

「無い」

「……お前、本当にもうちょっとなぁ」

「希望ばかり言っていても仕方ない」

「ま、そうだな」


 車椅子が動き出す。

 シズハの顔から視線を外し、前を見た。


「――皆、生きてるといいな」

「……バートラム殿は生き残る戦いをする人だ。だから、相手が殺そうとしない限り、少なくともバートラム殿は生き残ると思う」

「あぁ」


 静かに静かに、車椅子は進む。

 外の風の匂いがした。


「ゴルティアはどう動くつもりなんだよ?」

「俺は部外者だから」

「分かる範囲」

「シルスティンへ軍を派遣する予定らしい。――ただ、シルスティンの城下へ入れないらしい」

「魔法か?」

「結界だと言ってた。地上の侵入経路は魔法による移動でなければ無理だと推測しているようだが……一軍隊を送るようなレベルの魔導士はゴルティアにはいない」

「空中は……って、無理だな。黒竜がいる」

「そう」

「ま、入る方法を探してる、って所なんだな」

「あぁ」


 外へ出た。

 豪勢な建物が見えた。


「あれが竜舎かよ」

「そうだ」

「……ゴルティアって本当に色んな所に金を掛けてるな。この国ってどれだけ金持ちなんだよ」

「数少ない金の産出国だから」

「金持ち国はいいねーいいねー」


 バダの故郷のバーンホーンは一部の金持ちだけが豊かだ。

 例えば首都。燃える水と特殊な魔法石の輸出で富んだ首都は素晴らしいものだった。

 それに比べて、バダの生まれた砂漠の果て、竜の谷とも呼ばれる僻地は何もない、本当に何も無い場所だったが。



 竜舎の前には中年男がいた。

 重そうな鞄を持っている彼は、シズハを見て軽く手を上げた。


「ガドルアの見舞いか?」

「会えますか」

「大丈夫だ」


 男――竜の世話役で、名はデニスだと聞いていた――はバダを見た。


「片割れに会った方が元気が出る」

「スイマセン」


 バダは頭を下げた。

 様々な治療を施してくれたらしい。

 デニスは竜の治療や体調管理のプロだ。その彼が付きっ切りで色々と面倒を見てくれたらしい。

 イルノリアの癒しがあったのも勿論効果的だが、それと同じぐらい、デニスの力も必要だった。



 デニスが笑う。


「助かって良かった。竜騎士が竜を喪うなんて、あんな悲劇はもう沢山だからな」

「……?」

「あ、あぁ、いや、なんでもない。――さぁ、ガドルアに会って行ってくれ。私は仕事仕事」


 デニスは慌てたように竜舎から立ち去った。

 重い鞄で身体が揺れている後姿を見送る。


「……何があったんだよ?」

「ゴルティアの竜騎士の竜が、黒竜に食われた」

「………酷ェ」

「あぁ、酷い」

「大丈夫……な、訳ねぇよなぁ」

「あぁ」

「……あの黒竜、他の飛竜を喰らうみたいだぜ」

「そうみたいだ」

「バケモノめ」

「……」


 シズハは何も言わない。

 車椅子を押して竜舎に入った。



 一番手前の寝藁の上に、見慣れた紅い身体が寝そべっていた。

 身体を起こし、よろめく。まだ三本脚に慣れてないのだ。

 

「ガドルア」


 すぐ目の前に車椅子を移動して貰う。

 両腕を伸ばし、擦り寄ってきた顔に手を這わせた。


「何だよ、お前、すっかり迫力のある顔になっちまったなぁ」


 顔のあちこちに傷が走っている。

 幸いにも両目は無事だが、随分と歴戦の猛者、と言う様子の顔だ。


 身体も傷だらけだ。


 そのガドルアの横でイルノリアが大人しく座っている。

 どうやら今も治療を施してくれていたようだ。


 思わず半眼になるバダ。


「ンだよ、治療にかこつけて気になる女の子といちゃついていた訳じゃねぇよなぁ」


 ガドルアがじだじだ騒ぐ。

 その騒ぐ様子が思ったより元気で、バダは笑った。

 両腕。許される範囲で首を抱く。


「お前が無事で良かった」



 ガドルアが死ぬ。

 覚悟していたつもりだった。

 自分たちは戦場でしか生きられない存在だと分かっていた。

 覚悟していたつもりではあったが――。

 それでも、ガドルアを喪うなんて想像も出来なかった。



「シズハ、悪ィんだけど」

「ゆっくりしていこう。俺は、時間があるから」

「……悪ィ」

「気にするな」


 車椅子から離れて、片割れの銀竜へ。

 顔を摺り寄せてくる銀竜に応えながら、シズハが笑う。


「俺も、イルノリアといるのが嬉しい」

「よし、ガドルア。俺たちは男同士でいちゃつくぞ。――って、嬉しそうな顔しつつもイルノリアを横目で見るんじゃねぇ」


 軽く片割れを小突く。


 自然、笑いが浮かぶ。


 

 本来ならば笑ってなどいられない状況だ。

 だけど、今は片割れの傍にいたかった。

 その無事を確認し、触れたかった。

 今も生きて傍にいるこの奇跡を、思う存分味わいたかった。


 油断するとうっかり浮かびそうになる涙をガドルアに顔を寄せる事で隠し、バダは、両腕をしっかりとガドルアに回した。

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