第12話3章・ゴルティアにて。
【3】
約束の10分前。
着慣れない制服に身を包んで、店の前に立つ。
見上げる店は森を背後に持ち、静かな佇まいを見せている。森は何処かの貴族の所有地だと聞く。
……郊外だと聞いて、一瞬ベルグマンに頼もうかと思ったが辞めておいて正解だった。
店の前にはドアマンが何かの置物のように立っている。これの前に飛竜で降り立つのは――飛竜で菓子を買ったテオドールの事を笑えない。
乗り慣れない馬車で来たもので、現段階で既に身体が緊張しているが。
此処で突っ立っていても仕方ない。
まるで戦場に挑むような覚悟で、ゼチーアはドアマンへと近付いた。
シヴァの家の名前を出せば、あっと言う間に店の中に通された。
店内は広いものの、テーブルは多くない。全体的にあまり明るくなく、テーブルひとつひとつに揺らめく灯りが主な光源だ。
かすかな会話、笑い声。上品そうな雰囲気の店。
逃げ出したくなる。
ゼチーアは農民の生まれだ。
本来ならばこんな上品な店には一生縁の無い人間である。
その自分がどうしてこんな場所にいるのだろう。
早く帰りたい。
帰るのが叶わないなら、早く来てくれ、シヴァ。
そればかりを祈った。
短くも長い数分が過ぎ、案内役の店員がテーブルの横に立った。
ほっとして見上げたテーブルの向こう。店員に椅子を引かれて腰掛けた人物に、ゼチーアは喉の奥で小さな声を上げる事になる。
――店員が去った後、『彼女』は微かに眉を潜め、言った。
「どうして貴方が此処にいるの、ゼチーア?」
「……それはこちらの台詞です」
同じく声を潜めて。
「何があったのですか、ジュディ」
名を呼ばれて、ドレスを纏った彼女は軽く肩を竦めた。
胸元や肩が大きく露出した黒のドレス。女性の正装だとは分かるが、普段と違う雰囲気に少々戸惑う。
「シヴァに誘われたのよ。招待券の消化に付き合って、って」
「……同じです」
「そういう事なら」
ジュディは少しだけ唇を窄める。
拗ねたようにも見える表情。
「嵌められたのね、私たち」
「……何故」
「分からないわ。あの子、自由気ままな風竜の片割れですもの」
「……」
給仕役の青年が近付いてくる。
彼の問い掛けは殆ど頭に入って来ない。
この状況に、脳が混乱している。
ジュディはこちらの様子を見――それから、青年と幾つか会話を交わす。
彼は納得して笑顔で立ち去った。
「そんなに緊張しないで。何とかなるから」
「助かります」
「……」
ジュディの瞳が伺うようにゼチーアを見る。
普段は下ろしている長い髪をアップにしている彼女を前にするのは久しぶりだ。
戸惑う。
「……何か?」
恐る恐るの声。
「ゼチーアは私と食事するのも嫌?」
食事するの『も』?
まるで他の事も嫌がっているような口ぶり。
「――私は貴女を拒否した事など一度も無かった筈です」
「えぇ、そうね。言葉と態度では一度も私に抗わなかった」
「なら」
「でも」
重なる言葉。
ゼチーアは口を閉ざす。
「ずっと壁を作っていたわ。――それは拒否って言わないの?」
「……壁?」
そう、とジュディが頷く。
そこで給仕が近付いてきた。
会話は中断。
食事のスタートと同時に、会話も再び。
「貴方が私をどう思っていても、食べ物に罪は無い。美味しく頂きましょう?」
「……ひとつだけ、言わせて頂きます」
「どうぞ」
「貴女との会話も食事も、好ましいものです」
「……」
ジュディの目はゼチーアの目を真っ直ぐに見る。
逸らさず、見返す。
やがてジュディは笑う。
「有難う」
嬉しいわ、が続く言葉だった。
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