第9話 現在。それぞれの物語

第9話1章・現在。それぞれの物語。



■ゴルティア編■


【1・テオドールとゼチーア】





 ――珍しい事もあるものだ。


 酒場の喧騒を耳に、ゼチーアはそう考える。

 テーブルを挟んで正面にはテオドール。先ほど運ばれてきた酒を手に持っているものの、飲もうとはしない。

 何か考え込んでいる様子である。


 帰宅しようとするゼチーアを引き止め、飲みに行かないかと言ったのはテオドール。


 あまり酒が得意ではないテオドールが部下を飲みに誘うのは、主に相談や頼みがある時だ。

 さて、と考える。

 ゼチーアに対して、テオドールが望むことは何だ。


「――その、ゼチーア」

「はい」


 言葉を待つ。


「突然ですまないが――」


 ようやく、目を見て。


「結婚を前提とした顔合わせ、と言うのは、どうだろうか」

「……」


 本当に珍しい話だ。

 30歳を超えた男が一人でいると、何かと結婚やらそういう話を貰う。

 ついこの間も断ったばかりだ。


 しかしテオドールからこういう話題をされるのは初めてで、驚いた。


 だがまずい。

 テオドールは断りにくい相手だ。


「ああ、もしも決まった相手が居るのならば断ってくれ」

「……いえ」


 ゼチーアの表情を読んで慌てて続けたテオドールの言葉を封じる。


「そうか、良かった」

「……」


 どうやって断ろうか。

 テオドールが竜騎士の中では珍しいほどの愛妻家だ。

 家族はいいものだと延々語られた事もある。

 今の所、家庭を持ちたいとは思わないなど、その程度の言い訳で引いてくれるか。


「もう二度ほど子を産んでいるがまだまだ現役だ。お前も知っての通り、性格も良い。何より、とびきりの美人だ」

「……?」


 知っている女で再婚か。

 誰だろう。

 テオドールは荷物を持っていない。女の肖像も映像も持っていないようだ。


「……どなたですか?」

「ん?」


 テオドールは酒を一口飲み、続けた。



「コーネリアだが」



 一瞬浮かんだ映像は、自分の真横に並ぶ花嫁衣裳を着た金色の飛竜の姿だった。



「ぜ、ゼチーアどうした? 何故頭を抱えている」

「……いえ、物凄い想像をしてしまって」


 片手で大丈夫ですと伝えてから、まだ頭痛のするこめかみを親指で押しつつ、言う。


「つまり、ベルグマンとコーネリア、と言う意味でしょうか」

「あぁ、そのつもりだが――ベルグマン以外に100歳前後の金竜を知っているのか?」

「いえ、存じません」


 まさか自分の事だと思ったとは、言えない。


「そろそろ野生の飛竜は発情の時期だろう。幾ら人と契約した飛竜は発情期が無いとは言え、どうもこの時期はコーネリアが落ち着かない。――前に卵を抱かせた時はかなり安定した。それで、戦争も終わった事だし、どうかと思ってな」


 そこでテオドールは少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。


「コーネリアの子供たちは、一匹は野生に帰ってしまったし、一匹は死亡しているからな」

「……」


 金竜は愛情深い飛竜だ。

 親からはぐれた幼い飛竜を見つけると、それが死竜の子供でさえ育てようとする。


 コーネリアの子供。

 飛竜が成長しきるまでは50年。30歳ぐらいで何とか戦いに出られるようになるが、それでもまだ幼い。


 だがもし――人を選び、そしてゴルティア竜騎士団に加入してくれるのならば、遠い未来とは言え、十分な戦力になる。


 コーネリアは伝説に残る飛竜となるだろう。その子供。名前だけで十分な力だ。


 コーネリアの子供。

 欲しい所だ。


 だが――


「テオドール様――」


 ゼチーアは珍しく曖昧な言葉を出す。


「少し、考えさせて下さい」

「あぁ勿論だ」


 ベルグマンが相手、とは。

 考えても、幾ら考えても、想像出来ない。


「すまんな、そんな難しい顔をさせる事を頼んでしまって」

「いえ」

「まぁ食べてくれ。今日は私の奢りだ」

「有難うございます」


 考え事のあまり、食が進む訳も無かった。






【2・ゼチーアとベルグマン】






 ゼチーア自宅、竜舎にて。



 扉を開き、竜舎内部に入れば、ベルグマンはゆっくりと頭を起こした。

 微かに翼を動かす。

 喉を鳴らすように吼える声も聞こえた。

 

 おかえり、と言われている気になる。


 手を伸ばし、巨大な頭を撫でた。

 嬉しそうに目を細めるベルグマン。


「……」


 この金竜が、コーネリアの二度目の夫になる。



「……想像出来んな」


 コーネリアの最初の夫は既に死亡している。

 片割れが老衰で死亡し、その後を追ったと言う。


 コーネリア。

 思えば彼女は沢山の死を知っている金竜だ。


 可哀相だとは思う。

 相手を探してやるのも良いと思う。

 ゴルティアにとっても悪い話ではない。


 だが。


 ベルグマンと言うのが……問題だ。


「――いや、私も結婚していないのに、片割れだけを結婚させるのを不満と思っているのではなく」


 誰も居ない空中にぶつぶつ言い訳。


「ただ本当に想像出来ん。大体――どんな状況になるんだ?」


 片割れが他の竜とつがいになる。

 本当、どういう状況なのだろうか。


 ベルグマンは軽く首を傾げて呟くゼチーアを見ている。


 きょとんとした顔だ。


 あぁ、と呻く。


「クソ、分からん」


 綺麗に整えられた髪を、乱す。

 最近、また気になりだした、頭部。


 なのに、こんな考えてしまうことを持ち出されたら――


「……また、その――」

 

 結論的な言葉を口に出せず、曖昧に。


 まぁつまり、足りなくなりそうだと、そういう意味の単語が、怖くて言えない。


 ごそごそとベルグマンが動いている。


 ばさり、と、頭の上から、何かを被せられた。


「……?」


 肩の上に落ちたものを見る。

 寝藁。


「………なんだ、コレは?」


 ベルグマンは何か得意げな顔をしている。

 寝藁。

 まだ殆どが頭の上に乗っている。


「……まさか、貴様、寝藁を髪の毛の代わりにしたつもりか……?」


 自然、声が低い、ドスの効いたものになるのを理解する。



「ベルグマン!! 私はこんな屈辱を生まれて初めて味わったぞ! それでもお前は私の片割れか!」


 怒鳴られてベルグマンは軽く首を竦めた。

 驚いている。

 彼は良かれと思ってやったのだろう。


 だが、こればかりは別だ。


 許せない。


「もうお前など知らんっ!! 二度と此処には来ないっ!」


 ベルグマンに背を向け、歩き出そうとするゼチーアの服の裾に抵抗。


 ベルグマンが裾を噛んでいる。

 じっと、注がれる視線。

 哀れみを誘う視線だ。


 しかしこの程度の視線には慣れている。


「離せっ! 追いすがっても今回ばかりは許さんっ!!」


 裾を離し、今度は切なげな声。


「許さんと言ってるだろう! そこでじっくり、自分のした事の意味と惨さを考えていろ!」


 更に切なげな声。


 あぁ、やはりこんな金竜をコーネリアの婿になど絶対無理だ。

 コーネリアの名に傷が付く。


 それに、生まれた金竜がベルグマン似の性格だとしたら……どうするのだ。


 ゼチーアは大股で竜舎から出ると、音を立てて扉を閉めた。

 まだその向こうから切なげな声がする。



「…………」



 ゼチーアを呼んでいる。


 ――ひとつ、ため息。


 扉を薄く開いた。


「一晩、反省していろ。――明日の朝、顔だけは出してやる」


 にょっきり、と、扉の隙間から巨大な爪が覗く。

 ベルグマンの爪。

 隙間からこちらを見る、瞳。


 あした? と尋ねているように見えた。


「明日の朝だと言っただろうが!! 締めるぞ!!」


 爪が引っ込むのを確認し、扉を閉めた。


 ゼチーアはもうひとつため息を付いて呟く。


「……私は己の片割れに甘すぎるな……」


 だがそれはベルグマンは大人げなさ過ぎるからだ。

 子供を相手にしているような気分になるからだ。


 その子供のようなベルグマンに、結婚など、絶対に無理だ。


「……結婚の件は断ろう……」


 それだけ決めて、ゼチーアは息を吐いて、家へと向かった。





【3・テオドールとシヴァ】





 団長室。

 テオドールは自分の机に向かい、頬杖。

 ひとつ、息を吐いた。


 ノックの音。


「誰だ」

「シヴァです。失礼しても宜しいですか?」

「あぁ」


 構わんと続ければ、何故か左手に花束を抱えたシヴァが入って来る。

 相変わらずの人懐こそうな笑みに、砕けた敬礼をひとつ。


「お手紙届いてますよ」

「すまんな。わざわざ」

「いえいえ。出かける用事がありましたので」


 封書を渡しながら、シヴァはテオドールの表情を見る。


「……何か浮かない顔をしてますけど、どうかしました?」

「いや、な。ゼチーアに結婚を断られた」

「…………す、スイマセン、その一言から僕はどういう情報を得ればいいんでしょうか?」



 何か難しい話をしただろうか。



「コーネリアとベルグマンを結婚させたいと思ってな。ゼチーアに頼んでいたのだが、やはり無理だと今日断られた」

「……あぁ、良かったです」


 シヴァは胸に右手を当てて大げさに息を吐いた。


「僕、凄い想像してしまいました」

「………?」


 凄い想像とは何だろう?


 シヴァに視線で問うが、モノクルに隠されていない瞳は相変わらずの笑顔。

 感情の根っこを読めない男だ。


 竜眼と使おうと思って――止めた。

 人の本質と心は違う。読める訳が無い。


「飛竜を結婚させるのってよくやるんですか?」

「金竜や銀竜には多いな」

「……あぁ、母性本能が強い飛竜ですね」

「そちらの方が安定する」


 シヴァは右手を顎に当てる。

 彼が抱く花束が揺れて、良い匂いがした。


「そう言えば、団長の息子さんの飛竜、銀竜でしたよね?」

「イルノリアにも誘いが来ていたな」



 飛竜が卵を産めるようになるのは50歳前後。イルノリアはまだ推定年齢30歳前後。幼過ぎる。


 それでも数の少ない銀竜だ。

 銀竜が母の飛竜は、良く育つ。癒しの力がなんらか関係していると言われるが、真実は分からない。


 とにかくその話を信じ、イルノリアがまだ犬ぐらいのサイズの時から婚約の話があちこちから出ていた。



「しかし、シズハが応じない」

「息子さんが?」

「本気で怒る」


 シズハが本気で他人を怒鳴りつける図など、あれ以来見ていない。


「うーん、かなり依存しあってますねぇ。大丈夫なんですか、団長」

「何がだ」

「竜と竜騎士の繋がりが強過ぎて、婚期が遅れるってよく言うじゃないですか。跡取り息子でしょう? 家を継いで貰わないと」

「大丈夫だ」


 テオドールは軽く笑って答える。


「いざとなれば遠縁の子供を養子にするように言ってある」

「……うわー、それでいいんですか」



 うーん、と呟き。



「僕はココの子供なら見たいですねぇ。欲しいですよ」

「そう考える竜騎士の片割れならば、そのうち相手を見つけるだろう」

「ですかね」


 シヴァは嬉しそうに笑う。


「ところでシヴァ――その花は?」

「あぁ」


 花を見せて、彼はまた笑う。

 これも嬉しそうな笑み。


「メイドの子で一人、結婚退職するんですよ。今日が最後の日だから、これ、プレゼントです」

「珍しい花があるな」

「兄に手配して貰いました」


 シヴァの兄はかなり手広く商売をしている商人だ。


「それでは、団長。花を届けに行って来ます」

「あぁ」

「では」


 シヴァはやはり中途半端な敬礼をして部屋から出て行った。


 それを見送った後、テオドールは手元の資料を見た。

 コーネリアに見合うような年齢の飛竜のリスト。


 年齢だけなら見合う竜は何匹か居る。

 だが、プライドの高いコーネリアが、初対面の飛竜に身を任せるだろうか。


 否、だ。


「……難しいかな」


 結婚自体が。


 卵を抱く、滅多に見せないほど優しい表情をしたコーネリアを思い出す。

 もう一度、あの優しい顔をさせてやりたいものだ。


 願いは、それだけなのだが。


 世の中は、色々と難しい。


「何度考えてもベルグマンが理想なんだがなぁ」


 もう一度、頼んでみるか。


 それが一番の近道の気がした。





【4・シヴァとジュディ】





 シヴァの姿を見かけた。


 大きな花束を抱えている。

 城の中には珍しい風景と言える。


「――シヴァ?」


 呼びかけに彼はすぐに気付いてくれた。

 隠されていない片目を細め、ジュディの方へと歩いてくる。


「こんにちは、ジュディさん」

「えぇ、こんにちは」


 花を見る。


「綺麗な花ね。……贈り物?」

「結婚退職する子に、お祝いです」

「あら、素敵ね」


 結婚も、お花も。


 笑う。


「ジュディさんもお花が好きなら今度プレゼントしますよ」

「理由もなく頂けないわ」

「お花が似合う女性になら、理由もなく贈っていい事になってるんですよ」

「私に花は似合わないわよ」

「似合いますよ。お綺麗だから」


 思わずジュディは声に出して笑う。

 こういう会話が嫌にならないのは、シヴァの笑顔とその声の調子のせいだ。


「そんな褒め言葉ばっかり言ってると、私が調子に乗っちゃうわよ」

「えぇ、どうぞ」


 シヴァの笑い。

 何処か子供っぽい笑み。


「僕で良ければ、どうぞ調子に乗って下さい」

「あら」


 でも、とジュディは続ける。


「竜騎士と年下にはもうこりごりなの」

「あれ、僕はどっちも満たしてますね。残念」

「御免なさい」


 くすくすと笑みを漏らしつつ、答える。

 シヴァも笑って肩を竦めた。


「それに、シヴァ。貴方は若い子が好みだって情報が入って来ているわよ」

「ちょっと違います」

「違う?」

「年下と年上が好きなんです」

「分かりました」


 おかしくて仕方ない。

 ジュディは笑いながら手を振った。


「私が50歳のおばちゃんになってもまだお花を贈ってくれるなら、その時は受け取るわ」

「分かりました。楽しみにしていて下さい。――その時はデートもして下さいね」

「えぇ、喜んで」


 ジュディは最後にそう答え、歩き出す。

 背後は確認してないが、シヴァもすぐに歩き出したろう。


 面白い子だ。

 風竜乗りはみんなあんな性格なのかしら。

 そう、考える。


 一度ぐらい、一緒に遊ぶのも楽しいかもしれない。

 向こうも本気ではない。

 馬鹿話をするだけなら、きっと、楽しいだろう。


 恋愛ならば絶対に遠慮したい。

 竜騎士との恋愛は絶対に、もう。


 彼らは――いや、ジュディも含めてすべてはの竜騎士は――、一番愛しいのは己の片割れだ。

 一番心に近いのは、片割れなのだ。


 恋人など二番目。

 限りなく一番目に近いとは言え、二番目なのだ。


 その微妙な距離感は、耐え切れない。


 自分自身も竜騎士だ。例えどれほど言い繕うとも、誤魔化そうとも、相手の心の動きぐらい、よく分かる。


 まぁ、『彼』の場合、言い繕うとも誤魔化そうともしなかったが。


 そして――

 その距離感よりも耐え切れなかったのは。


「……最後まで敬語が抜けなかったのよね」


 どれだけ遠くに居たのだろうか。


 彼女は小さく肩を竦める。


 もう終わった事なのだと、自分に強く、言い聞かせた。





【5・シヴァとデニス】





 別れの挨拶を終えて、シヴァは竜舎へと向かう。

 竜舎前におとなしく座っているココと、その横、珍しい飛竜を見かけた。


「あれ、シュリですねぇ」


 デニスの愛竜、シュリである。

 綺麗な淡い水色の水竜。シヴァの声に緩やかに首を上げた。

 黒目がちの瞳が可愛い水竜が寄せてくる顔に手を触れさせて、笑う。


「ココと遊んでいてくれたんですか、有難う、シュリ」

「――何、シュリも退屈しているんだ」


 答えたのは竜舎から出てきたデニス。

 手に何やら道具の入っている鞄を持っていた。


「朝に付いて来ると言って聞かなかったんだが、ほら、シュリ、そんな面白い事は無いだろう」


 呼びかけられ、水竜はついとそっぽを向いた。

 知らん振り。

 デニスの言葉通り、城はあまり面白くなかったらしい。


「さて、休憩にしようか。――シヴァはどうする?」

「お茶ですか? ご一緒していいなら」

「構わんさ。シュリも喜ぶ」


 シュリは小さく鳴いて答える。

 再度、冷たい肌を寄せてきた。


 人懐こい。


 竜舎の前、本来ならば荷物置きの台に腰掛ける。

 デニスは水筒から茶を注ぎ、シヴァに差し出す。礼を言って受け取った茶はまだ熱い。


 冷ましながら飲む。


 横で別のコップにお茶を注いだデニスも、同じように茶を冷ましていた。


「――……」


 その横顔を見ながら考える。


「変な事を聞いてもいいですか、デニスさん」

「なんだ?」

「デニスさんとシュリの契約の証って、何処にあるんですか」


 言いながら、シヴァは右目のモノクルを外す。

 金の竜眼。


「僕はこれなんですけども……デニスさんの証は見えないなぁ、と思って」


 笑う。


「気になっちゃって。宜しければ教えて下さい」

「見事な竜眼だな。お前の竜眼は、見た目だけか?」

「ちょっと視力が良いみたいですね」


 モノクルを示す。


「これで殆ど視界を塞いじゃってます。じゃないと、どうもバランスが悪くて」

「姪っ子に泣かれてモノクルにしたって話だったが」

「それもありますけど、やっぱり視力ですねぇ」


 嵌めなおす。


「で。どうでしょうか? 教えて頂けます?」

「あぁ」


 デニスは自分の胸を叩いた。


「此処だ」

「……胸に何かあるんですか?」

「肺」

「…………は?」

「内臓」


 デニスはシュリを見た。


「気付くまで時間が掛かったが、どうやら肺らしいな」

「……具体的に」

「水竜並みとは言わんが、30分ぐらいなら水に潜っていられる」


 寄ってきたシュリに手を伸ばす。

 顔を撫でた。


「だから、なぁ、お前と泳ぎに行けるんだよなぁ」


 ただし、と付け足し。


「喉の方は人のままらしい。たまに発作を起こす。――あぁ、シュリ、違うぞ。それが悪いとは言ってない。元からこうなんだ。胸が苦しいのはもう無い。大丈夫だ」


 シヴァは一口、茶を飲む。


「珍しいですねぇ」

「結構居るぞ。比較的に水竜や銀竜……あとは地竜は目立たない場所に契約の証を選ぶ」

「話には聞いてましたが……実際は始めて見たんです」



「……そう言えば、団長の息子さんの証の位置も分からなかったんですよね。……知ってます?」

「あぁ、シズだったか、そんな名前の子供だったな」


 考える仕草。


「そう言えば見える場所にはなかったな。まぁ銀竜だ。服に隠れている位置なんだろう」

「かもしれませんねぇ」


 銀竜の片割れの代表と言えば、現シルスティン女王だ。彼女も何処に契約の証があるか分からない。

 銀の髪とその瞳が、証だとも言われるが……。


「テオドール殿は目だけど……息子は、確か、目は黒だったしなぁ」

「……目? 団長の、目?」

「あぁ」


 デニスはシヴァの目を示す。


「お前と違って両目だ。あの人も竜眼だ」

「……普通の目だったような?」

「性能的に竜眼なんだよ」


 意識を凝らすと、向かい合う相手の本質が見える。


「魂の色が見えるそうだ」

「……そういう契約の証は初めて聞きました。今度、ちょっと話を聞いておきます」

「研究熱心だな」

「好奇心です」


 笑った。


「――しかし、シヴァ」

「はい?」

「この、証ってのは何なんだろうな?」


 デニスは笑う。


「なんで、竜は人に与えてくれるんだろうな? こいつらにとって、これは何の得になるんだろうな。よく分からんが、一匹の例外もなく、こいつらは与えてくれるだろう?」

「とある研究者の話なんですが」


 シヴァはゆっくりと言葉を繋ぐ。


「竜は人に肉体の変化を与えますが、人は竜に心の変化を与えるそうです」

「心の変化?」

「飛竜は確かに高い知能を有してますが、本来はもっと本能的なんです。野生の飛竜は、そうでしょう?」

「……あぁ」


 デニスの頷き。

 それにシヴァも頷いた。


「喜怒哀楽。それだけではなく、もっと複雑な感情の表現。それを、竜は人から貰うそうです。……確かに、人と契約した飛竜たちの感情表現は豊かです。野生では決して見られない行動も多くあります」



 遙かな昔。

 源人と呼ばれた彼ら。

 竜の肉体を持ち、人の心を持った最強の種族。

 驕り高ぶった故に、神に罰され、引き裂かれた竜騎士と竜の始祖。




「なるほどねぇ」


 デニスは納得したようだ。

 愛しげに片割れを見やる。


「お前は私の心を貰ったのか」


 シュリはよく分からないと言わんばかりに首を傾げている。

 そのシュリに、デニスは微笑む。


「いまだ私たちは帰りたがっているんだろうか。その、源人とやらに」


 身体を失った人には身体を与え、心を失った竜には心を与える。


 ただひとつの例外もなく行われる、等価交換。


「どうなんでしょうかねぇ」


 シヴァはよく分からない。


「でも、まぁ。ひとつ言えるのは――」

「言えるのは?」

「片割れと一緒に居て、幸せでしょう?」

「それはそうだ」


 間違いない。


 デニスはお茶を飲み干し、立ち上がった。


「さて、仕事に戻るか」

「じゃあ僕も戻ります」

「珍しい、働いているのか」

「嫌だなぁ、僕だって働きますよ」


 ココ、と呼び掛け。


「出掛けますよー」

「何処へ行くのか分からんが、気を付けろ」

「有難うございます」


 飲み干したカップを、水筒の横に置く。


「ご馳走様です」

「おお」


 寄ってきたココの首筋を撫でる。


「少し忙しくなりますよー、ココ。死竜の件でも情報収集ありますからね」


 でも、まぁ。


「頑張りましょう?」


 ココは嬉しそうに鳴いて顔を寄せた。

 機嫌は良い。


 そういうココを見ているだけでこちらも心が軽くなる。


 軽く、ココの顔に口付けた。


「じゃあ、行きましょう?」


 誘いに、ココは高く鳴いた。

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