十章五話

傷の一つ一つをじっくり見ながら菊川は自然と呟いていた。

「この傷はなんでついたんだろう……」

穴一つ見ても尖った形のものがあったり円形のものがあったりと一つで済んでいるようには見えない。失われた部分の切断面にしても綺麗な断面のものもあればズタズタになったものもある。頭部のへこみにしても、傷の大きさや衝撃から考えると他の部位にも影響が出ていそうなのに、少なくとも関節部分は全て滑らかに動く。傷ついた部位を新しい物に変えるだけですぐさま動き出しそうなほどだ。それほどに頑丈であることに気がついてから改めて脇腹をえぐり取った何者かの牙を考えると、余計に疑問が深まる。生物だろうと思っていたが、人形の持つターナ値が全て防御に使われていた場合、傷をつけるにも同程度のターナ値が要求される。そんな生物がいたとすれば、『青銅の門』から出現した以外には考えられない。深まる疑問のせいで、菊川は自然と人形の脇腹についた噛み跡をなぞっていた。


「はじめまして、お嬢さんフロイライン

次の瞬間、菊川は小雨の降る草原に立っていた。膝丈ほどの、笹のような植物が生い茂り、足元はよく見えない。雲は薄く、太陽が見えるが南中している。時間がおかしい。そして、目の前には。

「僕の傷を触ってくれてありがとう。興味を持ってくれないと話しかけることはできないんだ。こうして君に話しかけることができて、本当に幸福に感じているよ」

ぼろぼろのフード付きのマントを身に纏った、つい先ほどまで菊川が撫で回していた人形が、菊川の目の前を浮遊していた。傷のある部分は何も変わっていないが、口が動いていないところを見ると、音を出すのと繋がりはないようだ。

「僕のご主人様が遺してくれた場所の中でもとびきり綺麗な場所だから、大好きなんだ。雨が降っていても濡れることなんかないしね。まぁ、ここまで僕の体が傷ついているのは僕もよくわからないんだけど、フロイライン、君が僕を助けてくれたんだ」

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