八章四話

入学式が終わり、返事はないだろうと思いつつ、桃に『心配している。学校に来れないようなら会いに行くよ』という旨のメールを送ってから、とぼとぼと部室に向かう。今日の部活は自由参加だ。菊川は「集中したいことが多すぎるから、部活に参加している場合ではない。大学の講義が始まってから来る」と数日前に言って、そのまま姿を見せていない。斎藤も、「どうしても片付けなければいけない用事がある」と言ってどこかに行ってしまった。大学の入学式には間に合うように帰ってくるという話であったが、それ以外のことは何も分からない。榊は榊で、最近彼女ができただのその彼女の元カレ――どうも相当のクセモノらしい。榊もそれなりのイロモノであるので彼女の人柄が疑わしい――に追われているだのとを送る方が忙しいらしく、やはり同様に連絡がつかない。侑里は部活などそういうものの方が面白いと苦笑いで見ているが、萌子は先輩諸氏の私生活も若干ストレスになっているようだ。消去法で、現在部員の中で一番権力のある状態になっているのだから、やむを得ないことだとは思うのだが。

「やっぱり、何かこう、とびっきりのスゴいことでもやるしかないかな……」

萌子の元気を引き出すためには、部内で侑里の感性や実力を発揮するのが近道だろう。

「いったいどんなスゴいことをやるの?」

「そりゃあ、誰も予想もしないようなとびっきりにキラキラしててワクワクするような、可愛くて綺麗で病みつきになる感じのことを――」

訊かれたから答えつつ、後ろを向いて驚いた。響が満面の笑みを浮かべて立っているのだ。半透明でないところをみると、実体化しているようだ。

「やぁ。選抜クラスはまだまだ授業中だし、中学三年生の部員たちは多分来ない。そして、とぼとぼ歩いているところを見ると、秋原さんは欠席している。一人で部室に行ったところで僕が見つけたこの本を読むことはできない。仕方がないから暇でも潰そうか――今の気持ちを代弁したつもりだけれど、合っているかい?」

そう言うと、響は侑里に『青銅の鍵』という題名タイトルの本を見せた。

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