五章四話
移動中の休憩時間のことである。丁度よく萌子と桃が二人きりになる時間ができた。
「秋原さん、ちょっといいかしら?」
微笑みを浮かべて、萌子が桃に話しかける。
「なんでしょうか、茂手木先輩」
「あなたは一体何を知っているの?」
微笑みを浮かべたままの萌子から、周囲が凍てつくような冷たい声が飛び出す。それは、言外に「必要なことを話さないようであれば容赦しない」と告げるものであった。
桃が、一度深呼吸してから答える。
「この世界は、今まさに変革を迎えようとしています」
「秋原さん、もっと詳しく話してくださらないかしら?」
勿体をつけてもゆるさない。びくっと一度震えてから、桃は萌子のことを上目遣いに見ながら話しだした。
「茂手木先輩。あなたのターナ値は、1ですよね?文学愛好会のみなさんはもちろん、誰であっても1かその前後の数値が出るはずです」
でも、それは異常なんですと、桃は喘ぐように言った。
「私の家は、脈々と続く狗神の一族です。だから、ターナ値についての記録が、200年前からずっと残っています。それによると、人間のあるべきターナ値は、1ではなく0なんです。この世界の人間は、程度の差があるだけで誰もが神徒と呼ばれる存在なんです」
萌子がにらみつける中、桃がポケットから青銅色の鍵を取り出す。シリンダー錠を回すための、板状の鍵だ。古いものであるらしく、大部分が錆びきってしまっている。持っただけでも錆がこぼれそうなほどだ。鍵らしさを表現するためのギザギザした部分は、もはや原型を留めているようには思えない。
「これはあの『青銅の門』と同じ金属でできた鍵です。代々ウチに伝わる、世界を変える力を持つ鍵です。私が持ち出すまで、ずっと蔵で眠っていたもので、これと一緒にあった紙があるんです。……茂手木先輩。私があなたと会ったのも、あなたにこうして打ち明けているのも、全てがきっと運命なんです」
小さく折りたたまれた紙を桃は萌子に渡す。それはノートの切れ端のようで、風化して今にも破れてしまいそうだった。紙全体を使って、鉛筆で抉るように書かれた文字の他は。それは、こう書かれていた。
――世界に青い花が舞った時、これを使って楠木侑里という少女を救ってください。茂手木萌子。
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