四章九話

「待って、萌子。あなた、『孤独の樹』で花が舞っているのを見たの?」

侑里の声は震えていた。何を言えばいいものか思いつかなかった。

「ユリは見たことないの?実物はもっと綺麗なんだろうなって思ったんだけど……」

「見たことないよ。多分、研究所の神徒もみんな見たことないって答えると思う」

今日だって誰も見たことがなかったのだ。今日いなかった神徒に全て聞いたところで萌子と同じ景色を見ている可能性はゼロに近い。どれほど強力な神徒であろうと、どれほど高いターナ値を持つ能力であろうと、それは変わらない。

それに気がついた時、炎のように湧き上がってくる感情があった。心を焼き、喉を焼くその感情を、侑里は思いついたそのままに萌子にぶつけた。

「凄い、凄いよ萌子!やっぱり萌子は天才だったんだよ!」

そのままありとあらゆる称賛の言葉を浴びせ続ける侑里に、萌子は困惑していた。

「そんなことないよ、普通だよ……?」



侑里と萌子が研究所を出る頃、咲岡と雨岡は研究所前のバス停にちょうど到着した。このまま咲岡と雨岡の二人が歩けば、侑里と萌子にすれ違う格好になる。

「ところで教授、ひとつ質問があるんですが」

「なんだい、咲岡君。言ってみたまえ」

「『孤独の樹』の花が咲いていたとして、それには何か大きな意味があるんですか?」

雨岡が一人で盛り上がりながら研究所に電話をし、いくつかの命令を下した後、咲岡を置いていく勢いで研究所に向かってきた。バスでもずっと雨岡はぶつぶつと独り言をつぶやいており、質問をしたところで聞く耳など持っていなかったのだ。

「それをここに来る途中でずっと考えていたんだ。『青銅の門』が花であり、神徒と言うのは――表現としてはあまり良くないが――一種の花粉症のようなものであるとした場合、実を結ぶ頃には新たな神徒は出現しなくなるだろう。しかし、その場合は実が非常に大きな問題となる。『青銅の門』はなが人類の歴史を変えてしまうほどの力を持っているとすると、その実は宇宙さえも書き換えてしまうような何かかもしれない。だから今、私たちは見極めなければならない。花が咲くのか、咲いているのか、実を結ぼうとしているのかを」

真剣な顔で言う雨岡に、戸惑いを隠せない咲岡が言う。

「俺の思いつきって、そんなに重要なものなんですか?」

雨岡は大きく頷いた。

「重要なものだとも。そんなことを言った人間は過去に存在しないのだから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る