2話 久々招集!

 夜半、仕事の終わった後俺達家族は屋根裏の居間に集合していた。父さんがみんなを前に今日あった事を報告する。


「実は、今日……ウェーバーの女将さんから宿を譲りたいという申し出があった。宿を閉めて息子さんと暮らすそうだ」

「え、ウェーバーの女将さんが?」


 父さんの言葉に案の定、母さんが驚いた声を出した。そんな母さんに向かってユッテが首を傾げながら問いかける。


「ハンナさん、それってお隣の宿ですよね」

「そうよ。……それでマクシミリアン、あなたはどうしたいの」

「俺か? 俺は……受けてもいいんじゃないかと思っている。女将さんのたってのお願いだしな」


 父さんもか。確かにまたとないチャンスだもんな。でもやりたいってだじゃ物事は回らない。


「母さんは? どう思う?」

「お隣の分まで手が回るかがちょっと心配だわ」


 実務的な事を担っている母さんからは少し不安の声が出た。


「ハンナさん、『金の星亭』の方はあたしがいるし、大丈夫だよ。それより、自分の気持ちに正直になって欲しい」


 ユッテがそこに自分に任せてくれと言い添えた。ユッテだけじゃなくてリタさんやラウラも居る。『槍の穂先亭』の元の従業員もいるんだ。運営自体はそこまで深刻な問題じゃ無い、と思う。それよりも問題は……。


「まとまった金が用意できるかの方が問題だと思うよ」

「ルカ……」

「ウェーバーのおばさんが息子さんの所に行ってしまったらお金を送るのも大変だよ」

「それはその通りね」


 もうね、答えは半分以上出てるんだ。今、手元に無い金をどう工面するか。それはさすがに父さんも同じ事を考えていたようだ。


「商人ギルドから借りるか……」

「そういう事になるね」


 以前の『金の星亭』なら、あっさり断られていただろう。でも今なら。経営を立て直し、売店の事業を通じてギルドとの関係が出来た今なら。

 俺達の共通認識としてウェーバーのおばさんの申し出を受けると言う事を確認してその日は解散した。


「でも、なーんか足りないんだよなぁ」

「どうした、ルカ」

「うーん……ちょっと考えてみる」


 商人ギルドから金を借りて、隣の宿の運営もする。『槍の穂先亭』は経営も順調そうだし、利益もきちんと出せるだろう……。けど、何かを見落としているような。


「無事に借りられるといいね」

「うむ」


 翌日、父さんと一緒に商人ギルドへ向かう。今や商人ギルドに馴れているのは俺の方だ。今日はジギスムントさんではなくてバルトさんを訪ねに行く。一介の宿の借金の申し入れはその方が筋だからだ。普段、副ギルド長の所に直行なのの方がおかしいんだよね。


「やあ、バルトさん。お久しぶりです」

「ルカ君。それからクリューガーさんも。ささ、こちらへ」


 にこやかなバルトさんが商談室に俺達を案内してくれた。俺達の向かいのソファに座り、バルトさんは顎髭をなでつけながら俺を見る。


「いやあ、魔物の暴走スタンピード後のルカ君の手腕は鮮やかでした。クリューガーさん、将来が楽しみですね」


 ああ、またソレか。どこに行っても言われるな。


「うむ……ルカには好きなようにさせたいと思っている」

「うん、それでいいと思いますよ。……さて、本日のご用件は」

「実は……」


 父さんは、お隣の宿が事業譲渡をもし出ている事とそれに伴う金を商人ギルドから借りたい旨をバルトさんに伝えた。


「ふーむ」

「難しそうか?」

「いえ、恐らく容易です。ただその場合……『金の星亭』の家屋の権利を担保にしてもらう事になるかと」


 そうだよね。今までなんとか無借金経営してきたけど、こればかりは仕方ないのか。分かっていたはずなのに胸がざわつく。あと担保になるようなものはあるだろうか。――そうだ。


「バルトさん、ご相談なんですが」

「なんです、ルカ君」

「売店の利益の権利を担保にすることは出来ませんか」

「それは……できると思いますが」


 売店は月々金貨10~20枚の利益を上げている。このコンスタントに入ってくる収入を担保にしてくれと俺は願い出た。


「ルカ君はそれでいいんですか」

「はい、かまいません」

「ルカ、お前……」

「いいんだ、父さん。こういう時にこそ使うべきなんだ」


 利権を手放してでも、『金の星亭』を失う可能性は低い方がいい。万が一の事があっても家さえあれば立て直しも出来る。それに……ルカ。俺の中のルカの為でもある。これまで家を失う可能性が出てくる度にルカは過剰反応してきた。


「それでは、ギルドで審議しますので。後日追ってご連絡いたしましょう」

「よろしく頼む」


 金の問題はなんとかなりそうだ。あとはさっきから引っ掛かっている事がなんなのか、はっきりさせないと。


「ルカ、ウェーバーの女将さんに報告にいくが一緒にいくか?」

「うん!」


 家に帰る前にお隣の扉をノックする。しばらくするとウェーバーのおばさんが顔を出した。


「女将さん、うちは女将さんの申し出を受ける事にしたよ」

「ほんとかい? そりゃあ助かるよ」


 パッとおばさんの顔が明るくなった。それだけうちを信頼してくれているのかな、と思うとちょっとこっちまで嬉しくなってしまう。


「それとな、買い取りの資金は商人ギルドから融通して貰う事になったので」

「ええ……? ありがたい事だけど大丈夫かい? うちはいつでもいいんだよ」

「心配しないで! もう前みたいにお客がスカスカな訳じゃないしさ」


 俺が胸を張るとようやくおばさんは安心したように、そうだねと頷いた。


「この先どれくらいの期間で宿をたたむつもりだ?」

「出来れば三ヶ月くらいって考えているだけども」

「そうか、こっちでも準備を急がなければな」


 では改めて、と父さんは右手を差し出した。ウェーバーのおばさんは節くれた小さな手でそれを握った。こうして『槍の穂先亭』は『金の星亭』へ事業譲渡されることが正式に決まった。


(新作はじめました。良かったら読んでください)

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