4話 贈り物はなに?

「王冠鳥の肝臓?」

「はい、聞いた事もなくて。先生知ってますか?」


 俺は食肉の授業の最後に先生を捕まえて、母さんがレリオに渡したものの正体を質問していた。


「ああ……迷宮ダンジョン下層に現れる、魔獣ですね。かなり珍しいですよ」

「へぇ……下層……」

「乳の出や産後の肥立ちにいいので、それなりに高額で取引されますね」


 おお……母さん、大盤振る舞いだな。その割には戸棚の奥に放り込んであったけれども……冒険者時代にゲットしたものなのだろうか。そこそこのランクのパーティだったって言ってたし。


「先生、ありがとうございました!」

「いえいえ。熱心で大変よろしい」


 害のないものと分かって俺も安心だ。ついでに先生にも褒められたし。


「あっ、クラウディア。ちょっと聞きたい事があったんだ」

「あらルカ君。私に?」


 教室を出ようとした所で姿を見つけて、あることを思い出した俺はクラウディアを引き留めた。

 ソフィーの誕生日が近づいている。去年は1日奴隷……もとい騎士様をやる羽目になったので今年は慎重にプレゼントを考えたいものである。小遣いもあるし。リボンやなんやらは去年と被るしな……何にするのか悩ましい。


「女の子の欲しいものって何かな?」

「え……ルカ君……」

「あ! 妹の誕生日プレゼントを探しているんだよ」


 なんだか危うく妙な誤解を受けるところだった。


「妹さん、ねぇ。いくつ?」

「今度6歳になるんだ」

「そうねぇ……だったら人形とかどうかしら」


 人形か……そういえばソフィーは人形を持っていないな。というか俺含めてオモチャの類いをほとんど持っていない。俺は今更いらないけどさ。


「クラウディア、どこに売ってるか知ってる?」

「放課後でよければ、知っている店を案内するわよ」

「本当!? ありがとう」


 という事で俺とクラウディアは放課後に市場にショッピングに出かける約束をした。


「お待たせ。そのお店はどっちの方向?」

「あっちの方よ」


 クラウディアの案内で向かった店の扉を開けると、ずらりと人形が並んでいる。精緻に彫られた様々な顔の人形がドレスを着てこっちを見ている。ちょっと……これだけあると気味が悪い。


「いらっしゃいませ……これはこれはディンケルのお嬢様」

「こんにちは。人形を探しに来たの。見せて貰っていいかしら」

「どうぞどうぞ……こちらが新作ですよ」


 店主が丁寧に店内へと招き入れてくれた。そしていくつかの人形をテーブルに並べてくれる。


「あっ、これと同じような人形を持っているわ。父様が私に似てるってくれたの」


 クラウディアが手に取ったのは、どこか彼女に似た茶色い髪の人形だった。そうか……ソフィーによく似た人形をあげたら喜ばれるかな。俺は棚を眺めて金髪の人形を手にした。こっちは瞳が青だ。緑のは……あ、あった。


「あの、この人形いくらですか?」

「ああ、それなら金貨3枚ですね」

「えっ……」


 俺は思わず店主の顔を見た。そしてそれからクラウディアの顔を。……金貨3枚だって!? ああ、クラウディアは大商会の一人娘だった。おもちゃのレベルが高い。これじゃ一年小遣いを貯めても手が届かないや。


「ごめんなさい……予算がそこまでないです……」

「ルカ君、ごめん。私も貰った物だから値段までは知らなかったの」

「残念だな。でもこんな立派な人形だったら仕方ないか」


 店主のおじさんには丁寧に頭を下げて、俺はため息を吐きながら店を出た。財布にしている小袋の中身を確認する。ちょこちょこと買い食いもしているし、ノート用の紙なんかも買っているから手元にあるのは銀貨7枚。


「うーむ……」


 うちに帰っても俺は考え込んでいた。あの後市場の別の店を探して人形をみたが、それでも予算には届かない上にどうも気に入らなくて引き返した。最初に見ちゃったのがなぁ……多分あれこの街で買える最高級の人形だもん。


「ルカ、どうした。腹でも痛いのか?」

「あ、いや……」


 そんな俺を見かねてか、ユッテが顔を覗き込んできた。


「そうだ、ユッテ。もうすぐソフィーの誕生日だけどどうする?」

「まだ何も考えてないよ。どうしようかな」

「ぼくと折半しないか? ソフィーに人形を買ってやろうと思ってるんだけど結構と高くて」

「人形か……作るか?」

「ぼくとユッテで?」


 材料はバスチャンさんのとこから木ぎれでも貰ってくるとして……。俺、不器用だぞ。未だに真っ直ぐに線を引くのが難しくて契約魔法の授業では苦労してる。それなら市場でもうちょっと安いヤツを探して買いに行ったほうがいいだろう。


「ぬいぐるみくらいなら頑張ったらできるかなぁ……」

「どうせならソフィーに似せた人形がいいと思うんだけど……あ!」

「なんだ、ルカ」

「ほらユッテの友達で手先が器用な子がいたじゃないか、その子に頼めないかな」


 バザーの際に鮮やかな手つきでブレスレットを編んでいた、確か名前は……そうクルトだ。


「ああ! あいつならきっと引き受けてくれると思うぞ」

「よし、じゃあ頼みに行こう!」


 翌日俺は、ユッテとともにスラム街へと向かった。足を踏み入れるのははじめてだ。ユッテからは決して離れないように、と言われている。

 日当たりの良くなくて建物が密集してごみごみしているのと……ちょっとすえたような匂いがする……。


「ルカ、あまりキョロキョロするな。こっちだ」

「あ! うん」


 木製の崩れそうな掘っ立て小屋に向かってユッテは進んで行く。申し訳程度に取り付けられたドアをユッテは叩いた。


「クルト! あたしだ。居るか?」

「……誰だよ。ああ……ユッテ」

「久し振り」


 扉が開くとそこにはクルトが居た。ユッテとクルトは親しげに抱き合った。振り返ったユッテが小屋を指さして俺に言う。


「ここにあたしも住んでたんだ」

「やあ、ルカ君。ブレスレットの仕事が教会から定期的に入ってくるから助かってるよ。よかったら中に入って」


 勧められるままに俺達は小屋の中に入った。テーブル代わりの木箱と簡素なベッド。さして広くない空間は荷物で溢れていた。


「一体何人くらいここに住んでるの」

「今は6人かな。今はみんな仕事に出てるけど毎日騒がしいよ」


 何の気無しに口にした疑問に、クルトは苦笑しながら答えてくれた。


「で、どうしたの。こんなところまで来て」

「あたし達、クルトにお願いがあって」

「お願い?」


 首を傾げるクルトに、俺達は人形を作って欲しいこと、そして妹のソフィーに似せて欲しいことを伝えた。


「人形かできると思うよ。よくここの子供達にも作っているしね。妹さんの特徴は?」

「金髪の三つ編みに緑の眼をしてます……予算は銀貨7枚なんですけど」

「そんなのいいよ。ユッテが世話になっているんだし、こないだのお礼も……」

「いやいや、それはダメです!!」


 とてもスラム育ちとは思えない気のいい返事に、俺は首を振って銀貨を握らせた。十日ばかりでできると言われて、ユッテと共に帰宅の途についた。ユッテと俺からの贈り物。どんな人形が出来るのか楽しみだ。

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