14話 つぼみ
それから数日、放課後は来られるクラスの面子で入れ替わり立ち替わり倉庫に集まってブレスレット作りを続けた。マルコなんかは自分でもやってみたくなったのか、クルトに教わりつつブレスレットを編んでいる。
「うーん……難しい」
「ええ? 上手に出来ていると思うけど?」
「いや、ここが緩んでしまっているし……ここも失敗した。うちに納品してくれている職人さんは凄いな」
マルコは首をひねりながら、自分の作品の出来を評した。実際に物作りに触れたマルコには、何か響く物があったようだ。机の上の勉強では得られない何かが。
「さて……こんなもんか」
用意した材料が全て無くなり、出来上がったブレスレットの数はおよそ100。ちょっとした小山となった商品が、机の上に積み上がった。あとはこれを教会に運び、祈祷をして貰えば完成だ。価格はちょっと背伸びすれば買えるくらいという事で銀貨1枚とした。手間と人件費もかかっているからね。
「なんとか間に合ったね。無事、当日を迎えるだけだ」
「……やっと俺の出番だな」
「アレクシス、設営だけでなくて接客もちゃんとやってよ」
「えええ……?」
アレクシスにそう突っ込むと、もの凄い嫌そうな顔をされた。……これは接客の指南もしないといけないだろうか。不安になってきた。付加価値をつけた商品を売る以上、接客がキモだと思うんだけど。
*****
「いーい? これを全部覚えてね。いらっしゃいませ、お待たせいたしました、かしこまりました、少々お待ちください、申し訳ございません、恐れ入ります、ありがとうございます……はい! 続けて! いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ……」
翌日、俺はクラスメイトを集めて付け焼き刃の接客用語を叩き込んだ。ああ、覇気が無い! これに加えてセールストークもしなくちゃならないんだぞ。
頭を抱えながら市場を抜けて、家路へと向かう。売り子は応援を呼んだ方がいいだろうか……ユッテは適任だろうけど、家の仕事が回らなくなる。あとはソフィーか? うーむ。
「愛想はいいけどなぁ……それじゃ手伝いくらいにならないし……ん?」
夕刻を前に、買い物客で賑わう市場に見知った顔がいる。まぁ、人の賑わう市場には居るだろうなとも思うのだが、問題は買い物客に紛れている事だ。せっかくの稼ぎ時だというのに。
「……なにしてるんですか、アルベールさん」
「あっ、ルカ君……そうだっ、ルカ君知りませんか? 妊婦になにがいいか!」
「…………知りません……」
声をかけると、八百屋のリンゴを握りしめたままアルベールが食らいついてきた。何で俺が分かると思ったのか。俺自身も、身近にも縁がないからなぁ……。藁にもすがるにしても程がある。
「大変なんですか? リオネッラさん」
「……何を食べても吐いてしまって」
なんだ。そりゃあつわりだ。奥さんはちょっと前に、ケラケラ笑いながら
「うちの母さんなら何か力になれるかもしれませんよ」
「……へ?」
「ほら、アレでも二児の母ですし」
俺とソフィーのな。ああ、今の時間ならリタさんもいるかもしれない。経産婦のアドバイスの方が、俺よりよっぽど有用だろう。
「うちから呼んで来ますから、待ってて下さい」
「……いいんですか?」
「構いませんよ! さぁ、早く家に帰ってあげて下さい」
俺は早足で、うちに向かって、母さんとやっぱりまだ残っていたリタさんに事情を話した。しばらくうんうんと俺の話を聞いていたリタさんは膝を打って立ち上がり、ニッと笑った。
「あらあら、そりゃあ心細いだろうねぇ。ルカ君案内してくれるかい?」
「そうですね。私の時はお隣さんが色々と世話を焼いてくれたけれど」
母さんは父さんに留守を頼むとリタさんとともにアルベールの家を訪れた。
「こんにちはー。アルベールさん、連れて来ましたよ」
「ああ、ルカ君……と奥さん方……こっちです」
アルベールの案内で家の奥に進むと、ふらふらとした足取りでリオネッラさんが顔を出す。
「すみません……アルがなんだか騒いじゃったみたいで……」
リオネッラさんは顔色も悪く、髪もつやを失って、以前に家でくつろいでいた時のゆったりとした雰囲気が嘘のようにやつれていた。まだお腹も目立たないから、まるで病人のようだ。
「こんにちは、お邪魔します。まぁ……無理しないで、座って」
母さんがリオネッラさんを椅子に座らせる。リオネッラさんの白い手をそっととり、母さんとリタさんが両脇に気遣うように寄り添った。
「つわりの時はね、食べられるものをとにかく食べればそれでいいのよ」
「そうそう、ずっと続くものじゃないんだし」
「はい……ありがとうございます」
慰めの言葉をかける女性陣2人。うなずきながら聞いているリオネッラさんの目にはうっすら涙が浮かんでいる。部屋の入り口で役立たずの俺とアルベール、弟のレリオはその様子をそっと窺っていた。
「アルベールさん、知り合いの居ない土地だからって遠慮しないで相談してね」
「はい……ありがとうルカ君」
アルベールからお礼を言われると、ずっと黙ってたたずんでいたレリオが口を開いた。
「ごめんね。俺もアルも、なんにもわからなくて。姉さんもはじめての事だし」
「ううん。不安ですよね。うちの母さんならいつでも力になりますから」
「なんか悪いな……ルカ君、何か後でお礼を持って行きますよ」
「え! そんないいですよ」
「でも……」
なんだかレジ前のおばちゃんの問答みたいになってきた。こういうのはお互い様なんだからいいのに、アルベールはなかなか引っ込んでくれない。……そうだ。お礼ならあれがいい!
「アルベールさん、それじゃあ……ぼくのお願い聞いて貰えますか?」
「うん? なんです」
「今度、学校でバザーを開くんですけど……売り子を手伝って貰いたいんです」
「売り子? ああ、それくらいならなんでもないですよ、よろこんで!」
「本当ですか! ありがとうございます!」
差し出された手をしっかりと握り返す。日頃楽器を奏でる指先はちょっと固かった。アルベールなら、セールストークも問題ない。力強い味方がついた。よし、これでクラス対抗に少しは有利になったかな。
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