9話 合わない歯車

「卵を貰えるかな。目玉焼き両面よく焼きで」

「はいよ!」


 お決まりの呪文のような言葉を発するお客の冒険者ヘルマン。彼の朝食オプションはいつも同じだ。同じ卵でもゆで卵とかスクランブルエッグとかにもできるんだけど。飽きないのかね、と思いつつ銅貨3枚と引き替えに皿を渡す。


「商学校はどうだい?」

「んー、そうですね。ちょっと馴れてきました」


 エリアス達がヘーレベルクを旅立って、今は彼がこの『金の星亭』の二番目の古株の客だ。こんな風に気安く会話する事も増えてきた。ちなみに一番目は相変わらずゲルハルトのおっさんだ。


 朝の一仕事を終えて、今日も学校へ。肩掛け鞄に弁当と……完成したクッションを抱えて向かう。


「ここが、どうしても穴が目立ってしまったから」


 ラウラにそう言われて渡されたクッションには右端に花の刺繍が施されていた。元の布がボロかったからな……余計な手間をかけさせてしまった。しかし、花柄かぁ……。


「ソフィーはここをぬったの!」


 ソフィーが指さした箇所は案の定、少々でこぼこしているが使う分に支障はなさそうだ。


「二人とも、ありがとう助かったよ」


 二人にお礼を言って受け取った。うん、ありがたく使わせて貰おう。


 そうそう、結局、俺の選択科目の授業は契約魔法の授業と食肉や食用・薬用植物についての授業を取る事にした。今日はその中の契約魔法の授業の一日目である。講師は担任でもあるベルマー先生だ。


 昼休みを挟んで、いそいそと教室に向かう。やはり受講希望者が多いのだろう、広々としたクラスの教室より大きな教室が講義室となっていた。中に入ると、横に作業台のような幅の広い机が並び、インクの匂いが漂っている。


「お前もこの授業か、ルカ・クリューガ―」

「あ、どうも……」


 なぜフルネームで呼ぶんだ。声をかけてきたのは初日に訳の分からんいちゃもんを付けてきたラファエルだ。性格に難あり、とお墨付きの。今日も後ろに数人の生徒を引き連れてご登場だ。


「お手並み拝見だな」

「はぁ……」


 お手並みと言われても、俺は契約魔法なんてまるで知らないから。そんな挑戦的な態度を取られても困るから。


「……ふん、余裕だな」

「はい!?」


 どうしてそうなる!? 何でこう噛み合わないんだ!? 俺の曖昧な態度が悪いのだろうか。しかし、こちらから喧嘩越しになるような要素は無いんだよな。鬱陶しいのは確かなんだけど。ああ……頭が痛くなってきた。


 俺はせめてめんどくさいラファエルとなるべく離れた席を選んで着席した。壇上のベルマー先生が授業をはじめる。


「さて、これから契約魔法について皆さんに学んで頂くわけですが、通常の魔法と違い契約魔法は基本的には強制力の高いもの程、複雑になっていきます」

「強制力……」


 一人の生徒のつぶやきを耳にした先生は頷きながら補足した。


「取引の価値の高さや、達成の負担などが指標になりますね。極端に言えば命と引き替えに、となればそれはもう複雑なものとなります。ですが……それは厳重に使用を管理されておりますし、そこまでは授業では扱いませんのでご安心を」


 ベルマー先生は柔和な笑顔の割に淡々と怖い事を言っている。つまり、命と引き替えにする契約は存在して、使用に制限はあるけれども使われているという事だ。一体どういう場面だ……? 犯罪の刑罰……とか? 怖っ。


「まぁ、初日ですし細かい事は説明は後にしましょう。今日は、最も簡単な契約魔法の紋を模写して貰いましょう」


 そう言って先生は円と記号を組み合わせた記号を板書した。


「作業台の上にインクと紙がありますので、書いてみましょう」


 その声で一斉に生徒達は紙とインクを手に黒板の文様を書き写す。俺も作業に取りかかった。椅子にはクッションを置いて、高さ調節もバッチリ。快適だ。


「紙はただの紙ですが、インクは専用の物です。魔法道具の商店などで売っているものですね。さ、書き終わったらこれを一人一つずつ持って下さい」


 先生は教壇の下からごそごそと袋を引っ張り出し、中身を配っていく。配られたのは丸い石。窓の日に透かしてみたりしたがやはりただの石に見える。


「先生、これは?」

「その石を向かいの生徒と交換をすると紋の上に書き込んで互いに署名し、魔力を流して下さい。それが出来たら……その石を交換しないようにしてみて下さい」


 なるほど、上手く書けていれば石の交換は出来るけど、失敗したら石は貰えない訳だ。母さんが前に使った指輪の契約魔法を行使された感覚を思い出す。


「よーし……」


 黒板に書かれた例文の文面を写して書き込み向かいの生徒とサインを交わす。それから手をかざして魔力を流すと専用のインクだというそれが一瞬淡く光った。これでいいのかな?


「じゃあ、交換しよう」


 向かいの生徒に手を差し出した。差し出した手の中の石を渡さないようにグッと握る。そいつも同じ様にして石を握った手を差し出す。その手を開かせて石を取ろうとするがびくともしない。

 逆に向かいの生徒が俺の手に触れると、意に反してパッと手が開く。


「どーも。貰うよ」


 石を取られてしまった。彼が特別、手に力を籠めていた訳でもなく俺の文様の書き方が失敗だったみたいだ。


「はーい、では失敗した人は手を挙げて」


 はーい、俺です。俺の他にも幾人かの手が挙がる。ベルマー先生は失敗した生徒の文様を集めると失敗の理由を説明し始めた。


「文様には意味と法則があります。こちらは相手に向けてという記号がずれています。こちらは円が欠けていますね」


 俺の書いた文様は端っこが歪んでいた。ちぇっ、手先はちょっと不器用なんだよな、元々。頬杖をついてため息ついていると、とメチャメチャ得意気な顔でこちらを見ているラファエルと目があった。はじめての事が出来ないのは仕方ないけど、ムカつく顔だな。


 先生は説明をしながら、黒板の文様に注釈を入れていく。記号の意味するところ、その作用。なんだか丸い形の計算式みたいだ。ノートに書き写しながら、そんな風に感じた。暗記してスラスラ書くのは骨が折れそうだな。8歳の脳みそに期待だ。……脳みそだけ歳食ってたりしないよな。大丈夫だよな?


「今回は基礎の基礎。それこそこんな価値の無い石ころくらいにしか使えない実用的ではないものですが基礎は大事ですよ。きちんと覚えて契約の際に不利益の無いようにしましょうね」


 ああ……そうか、約束事とは別に行使する契約魔法のチェックも必要なんだね。商売上の信用ってものがあるからそうそうないとは思うけど……履行する力は法律よりきっとずっと強い。会社の書類のめくら判とは訳が違う。大きな買い物をする際には気をつけなくちゃ。……そんな機会はあるだろうか。

 なさそうだけど、ソフィーと約束した時のような「なんでも言う事を聞く」みたいな事はうかつに書いちゃだめだな。


「こんな初歩で躓くなんて、たいした事ないな」


 授業終わりにラファエルはわざわざ俺の席まで来て煽ってきた。俺が失敗したのがとても嬉しかった様だ。


「まぁ、はじめてだからね」

「いつまでそんな事を言っていられるかな?」


 そんな俺の回答が気にくわなかったのか、捨て台詞を吐いて去って行く。これさえ無ければ、頭の回転のいい出来た子なんだと思うが。なんとなく親御さんの気苦労を思って同情してしまった。

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