9話 旅立ち(後編)

「はい、あー♪」

「あー」

「もっと、お腹から声出して!」

「あーー!」


 なんだかノリノリのアルベールに、俺は慌てて彼の家までソフィーとユッテを連行。アルベールはどっから出してきたのか棒を振りつつ、俺たちはただ今発声練習の真っ最中だ。「歌を教えてくれ」とは言ったけど、歌い方を教えてくれとは言っていない……その事に気づいたのはこの熱血指導が始まってしばらく立ってからだった。


「あのー……」

「どうしました、坊ちゃん」

「ルカでいいです……明後日にお客さんが宿屋を出ちゃうので、明日の夜には歌わなきゃならないんです」

「ふむ……」


 このペースだと、発表会は一ヶ月後とかかな!ははっ。


「ぼくらじゃそんなに歌の出来は良くないかも知れないですけど、こういうのは気持ちだと思うんですよね」

「ふむ……それもそうですね」


 唸れ、俺の舌先三寸。クオリティーはそれ程求めていないんだ。カラオケ大会荒らしの小学生じゃあるまいし。


「ルカ。とりあえず、どんな歌を歌うのか先に決めないと間に合わないと思うぞ」


 来た!ユッテの後方支援だ。突然、見知らぬ他人の家に連れ込まれて発声練習をさせられるという不運な目に遭いながら俺の事を……。


「ルカ、とっとと決めて帰ろうぜ。夕食時の仕事が待ってる」


 ……案じてなかった。この仕事人間め。


「お客さんを送り出すんですよね、別れ……集い……やはりここは『金の星の歌』でいいんじゃな……」

「却下で!」


 断じて反対!それは無理!身内の歌なんて恥ずかしすぎる。


「では、別れと無事を祈る……そんな歌にしましょう」

「そうして下さい。ええ!」


 アルベールはリュートを構えるとおもむろに歌い出した。相変わらずの美声だ。 恋歌でもないし、戯れ歌でもない。遠くの人を思いやる、そんな内容の歌だった。


「……こんな歌はどうです?」

「いいと思います!」

「では、この歌にしましょう。あたしのあとに続いて下さい。木陰にて君思う……さん、はい」

「木陰にて……」

「うーん、今半音高かったですね」


 歌が決まったのはいいけど指摘が細かい!その後もテンポが違うとか、俺が歌い出しをとちったりかして稽古は一向に進まなかった。


「ねー、けんのおけいこのときのおとーさんみたいだね!」

「ソフィー……」


 おお、妹よ。俺も今同じ事を思っていたよ。その道の人間に教わるって事はこういう事なのかもしれないな……。俺がため息をついていると、背後から忍び笑いが聞こえた。見ればアルベールのお仲間で家族の姉弟が肘をつつきあってこちらを窺っている。見てたのならこいつを少々止めてくれないかな。


 そんなこんなで次の日も朝からアルベール先生のレッスンを受けて、歌の方はなんとか形になった。後は宴会の準備だ。昼下がりに、父さんが「美味い肉」という基準で捕らえてきた魔物の牙大猪の枝肉がでん、と厨房に置かれた。


「うわー! おおきいねぇ!」


 牛まるまる一頭分くらいの肉を目の前にしたソフィーが歓声をあげ、巨大な肉塊を前にリタさんが腕まくりをする。


「ルカ君。このハーブをみじん切りにしてちょうだいね」

「これ、どうするつもりですか?」

「お祝い事には、やっぱり派手に丸焼きにしちまおうかと」

「えっ、大きすぎません?」


 うちのかまどは業務用サイズだけど、それにしたってこの肉はでっかすぎる。


「安心しろ、裏庭で焼く」


 太い杭を手にした父さんが庭に続くドアを指さした。良かった……丸焼き一品で宴会かと思った。


「母さんが張り切っているからな。手伝ってやれよ」

「うん」


 味付けはリタさんで焼くのは母さんね。……分業しただけだよね?そうだよね?刻んだハーブと塩をすり込まれた肉に父さんが杭を差し、裏庭まで運ぶ。庭に出ると、木で支えが組んであった。うおお!丸焼き!ゲームで見たやつだ。くるくるするやつだ!


 ――だけど、肝心なものが見当たらない。


「母さん、たき火は?」

「ルカ、時々忘れてるみたいだけど……母さんは元魔術士なのよ」

「……あっ」


 片付けが面倒なたき火じゃなくて、魔法で焼くって事か。ある意味贅沢だな。お客さんは大概、仕事に備えて魔力を温存しているし簡単な生活魔法以外を目にするのはあんまり無い。


「『炎雷の寵姫』の異名は伊達じゃないのよ!」

「ハンナ、その名前は……」


 ……今のが、母さんの二つ名だろうか。胸をはる母さんを見て、父さんは頭を抱えている。俺も困ってしまった。母さんに二つ名があるって事は父さんにも当然ある訳で……この反応を見る限り、父さんの異名は聞いてはいけないのだろうな。……空気の読める7歳児は、口をつぐんで丸焼きの手伝いに取りかかった。


「ルカ。魔法は勢いも大事だけど、コントロールも大切な事なの」


 母さんがそんな事を言いながら、肉を火の魔法で炙っていく。確か……家を丸焼きにしたんだっけ?説得力があるんだか、ないんだか……。俺は、肉を焼く母さんの額に浮かんだ汗を拭ってやった。


 そうしてなんとか宴会のメインディッシュを仕上げると、厨房にはリタさん特製のご馳走が並んでいた。サラダに、豆の煮込み、魚のフライ、それから得意のミートパイ。女性陣向けにデザートには梨やブドウ、桃のコンポート。


「そろそろ用意はできましたかね?」

「あ、アルベールさん。ちょうどバッチリです……と奥さん、大丈夫ですか?」

「ルカ君、病気じゃないんだから大丈夫よぉ」


 準備完了と共に、アルベールと奥さんのリオネッラ、義弟のレリオが派手な緑の衣装に身を包んで現れた。三人まとめて来るとは思わなかった。練習では一回も合わせてないけど……そこはプロだからなんとかなるのかな。俺は、楽器はてんで分からない。


「じゃあ、エリアスお兄ちゃんたちを呼んできますね!」

「あたしが行くよ。ルカたちは下で出迎えてあげて」


 そう言って、ユッテが客室に向かう。夕暮れ時、薄暗い食堂に明かりを入れて一行が階段から降りてくるのをじっと待つ。アルベールが小さくリュートを奏でる音が響いている。


「おお……すごいな」


 ひょっと顔を出したレオポルトが、肉の丸焼きを目にして声を上げた。


「他にもね、ご馳走を用意しましたよ」

「わー、美味しそう。あっ、桃だ!」

「カルラ、デザートは最後」


 ヘルミーネがはしゃぐカルラの背を押して、みんなが席に着く。厨房からソフィーとユッテと手分けして飲み物を運んで場は整った。父さんが一つ、咳払いをしてエールのジョッキを掲げた。


「えー……長い間この『金の星亭』に滞在してくれてありがとう。感謝と……若い皆のこれからに乾杯」

「乾杯」

「かんぱーい!」


 父さんは、短い乾杯の挨拶を述べるとを口の端をつり上げた。多分、これは父さんの精一杯の笑顔。それを合図に、皆はエールのジョッキを掲げた。俺とユッテとソフィーはジュースのカップを。


 早速切り分けられる、大きな肉。いつの間にかアルベールの演奏にリオネッラとレリオの竪琴と笛が加わっていた。そんな中迷宮ダンジョンや他の仕事に出ていたお客さんたちも帰って来る。


「こりゃ、どうしたぁ!?」


 驚いているゲルハルトのおっさんに、今日はエリアス一行の壮行会で無礼講だと伝えるとほくほく顔で頷いていた。


「そうかそうか、じゃあ遠慮なくご相伴にあずかろうかぁ」


 主役はエリアスたちだから少しは遠慮してね。


「お前等もとうとうこの街を離れるのか」

「ええ、また会いましょう」

「やめとけやめとけ、辛気くさいのは止そうぜぇ」


 そんな風に言って、なんだかんだとお節介を焼いていた若者たちにおっさんはきちんと挨拶していた。それを皮切りに、他の冒険者のお客さんも次々と宴の輪に入って行く。好き好きに料理をつまみながら、一行に話しかけている。がんばれだとか、よくやったなとかそんな言葉が、俺がエールやワインを運ぶ傍らに耳に入ってきた。


「ルカ君、いい頃合いじゃないですかね」

「……はい」


 アルベールの囁きに、ふいに緊張が襲ってきた。ごくんと生唾を飲み下して、俺は大きな声でエリアス一行に向かって声をかけた。


「え、えー! エリアスお兄ちゃんたちにぼくたちから、ぷ、プレゼントがあります!!」


 ――早速噛んだ。エリアスたちはもちろん、他のお客さん達からも一斉に視線が飛んできた。……ううう。でも、ここまで来たらやるっきゃない。


「プレゼント?」

「はい! ソフィー! ユッテ!」

「はいはい」

「はーい!」


 俺の両隣にソフィーとユッテが並ぶ。俺は大きく息を吸い込んだ。


「今日の為に、みんなで歌を練習しました。聞いてください」


 そう言うと、お客さんからワッと拍手が起こった。誰だ、いま指笛吹いたヤツ。ざわめきが収まったのを見計らって、アルベールのリュートの演奏が始まった。それに合わせて竪琴と笛の音も鳴り出す。前奏が終わると、まずアルベールが一節を歌い出す。


「木陰にて君思う……」


 これは何度やっても俺が出トチる故の、苦肉の策だ。さあ、歌おう。心がこもっていれば下手くそでもなんでもOK!


「木陰にて君思う、遠くにありて、無事を祈る……」


 木陰にて、君思う

 遠くにありて、無事を祈る

 例え縁なき場にあれど、

 君振り返れば、その身の傍に

 心ばかりは、肩に寄り添う

 

 ――練習してみて一番へたっぴが俺。ユッテはなかなか飲み込みが良かった。ソフィーは上手いも下手もなく、終始マイペースだった。正味一日も無かった練習だったけど、とりあえず頑張ったよ。そしてリュートが最後にポロン、と鳴って曲は終わった。


「ご静聴、ありがとう、ございましたっ!」


 ペコンと頭を下げると、みんなまた拍手をしてくれた。お、終わった……。ほっと胸をなでおろす。現金なもので、出し物が終わったら急にお腹が空いてきちゃった。俺も食べたい!牙大猪の丸焼きってどんな味?


 再び、場は賑やかになり、みんな酒杯を交わしている。アルベールたちがリクエストを聞いてなにやら陽気な曲が流れ出した。そんな中、俺は切り分けた肉にかぶりつく。うんまーい。肉質は柔らかく、コクのある肉汁が口に広がる。赤身と脂身のバランスもちょうど良い。ふと正面を見るとユッテも肉にかぶりついていた。口に一杯詰め込むもんだから、ハムスターみたいになってる。


「るか、ひんちょうがやっとほけたな」

「食べてから喋りなよ……でもありがとね、手伝ってくれて」

「ん。いいってことよ」


 ユッテと話していると、賑やかな喧噪の最中にぽつんとエリアスがテーブルの端で騒ぐ皆を眺めているのが目に入った。


「お代わりはいかがですか?」

「ああ、ルカ君。そうだね、貰おうか」


 俺が注いだワインに口を付けて、彼はため息をついた。なんだか消え入りそうなその姿が気になる。


「……寂しくなりますね」

「ありがとうね。そんな風に思ってくれる?」

「そうでなきゃ、こんな会開かないですよ」

「それもそうか」


 結構大変だったんだからな、……主にアルベールが。


「今まで、お世話になりました」

「それはこっちの台詞だよ」

「いえ、ぼくの治療をしてもらったこともあるし。お兄ちゃんたちには色々教えて貰ったと思ってて」


 俺がこの世界で目覚めた時、彼は傍らに居た。救急箱扱いした事もあるし、お客さんとして色んな意見を聞かせて貰った。常連のお客さんってだけじゃない思い入れが俺にはある。そんなエリアス達が旅立つ前に俺は一つだけ、聞いてみたい事があった。


「エリアスお兄ちゃん、お兄ちゃん達はこの先どこを目指しているの? ……その、どこの街に行くかとかそういうんじゃなくて」

「……そうだねぇ。なんて言ったらいいのかな」


 立ち入った事を聞いてしまったのだろうか。エリアスは考え込んでしまった。そもそもエリアスの生まれも育ちもどうしてこのパーティを組んでいるのかも俺は知らない。


「あ、無理には言わなくても……それぞれ事情はあるだろうし」

「はは、ルカ君は子供らしくない事をよく言うよね」


 まぁ、厳密に子供ではないからなぁ。だが、大人っていう自覚も日々失われている気もする……。


「結局、僕はレオポルトに付いていくって事なんだよ」

「レオポルトお兄ちゃんに?」


 パーティリーダーは名目だけかと思っていた。今回の旅立ちは彼の提案なのか。なんていうか、意外だ。実際の主導権というかその場の決定権は常にエリアスにあるように思えたけど。


「そう、それが僕の望んだ事なんだ。細々とした事は、僕の仕事だけど……リーダーはレオポルトだ」

「そうなんだ」

「簡単に言うと、この街にはちょっと長く居すぎたって事かな。居心地が良かったけれど、それだけじゃ強くはなれないから」

「……また戻って来るんですよね」


 俺が聞くと、エリアスは頷いた。そのまま手のひらを差し出す。


「約束するよ。絶対にまた帰ってくる」

「……その時は、『金の星亭』は高級宿になっているかも。なんて……」

「いいよ。余裕で泊まれるように僕達もきっとなっているから」


 俺は、エリアスの手を握り返し固い約束の握手を交わした。




 ――翌朝、荷物をまとめてエリアス達は『金の星亭』、それからへーレベルクから旅立った。


「おにいちゃんたちー! またきてねー」


 甲高いソフィーの見送りの声を聞きながら、その姿が見えなくなるまで俺は手を振り続けた。エリアス、レオポルト、カルラ、ヘルミーネ……。


 さようなら、またのお泊まりをお待ちしています!

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