閑話 母の心労
――息子の様子がおかしい。先日夜半に高熱を出して寝込んだ時には、どうしようかと思ったけれど、翌日には熱も下がりケロリとしていた。
無事だったのは本当に安心したけれど……それから息子が妙な行動を取りだしたのだ。いつもどおりにお手伝いをしてくれはするのだけれど、部屋の隅を見つめてはため息をついたり、急に大人びた口調でものを言ったりする。
「母さん、洗い物はまとめてこっちでやるから。夜の仕込みを先にお願い。その方が効率的だからね」
……こんな調子だ。それに元々、父親に似たのかルカは引っ込み思案なところがあって、手伝いはしてもモジモジしてお客さんの相手なんてしなかった。なのに今は積極的にお客さんと話をしている。
本当に、うちの息子はどうしてしまったのかしら……やはりあの熱のせいでどこかおかしくなってしまったのではないかと心配でたまらない。
「なんだって? ルカの様子がおかしい?」
「ええ……」
「そうかねぇ……あたしには分からないけどねぇ」
「なんて言っていいのか……なんだか急に大人になったような。そんな感じなんです」
「子供の成長は早いよ。いつまでも同じという訳にはいかないさ」
思い余って、お隣のウェーバーさんに相談をした。彼女は子育てもとうに終えた人生の大先輩だ。特にルカが生まれた頃、右も左も分からないときは本当にお世話になった。
「なんだい? ハンナ、あんたはルカがかわいくないのかい?」
「……え?」
「いらないってんなら、うちで貰っちまおうかね。あの子は賢いし働き者だ」
「……! いやいや猫の子じゃないんですから! いくらウェーバーさんでもお断りします!」
息子がかわいくないかですって?そんなもの、答えは一つよ。
「なら、なんの問題もないさね」
「……はい」
「大事なのはね、見守ることだよ。大人びた様に見えても子供は子供だ。……大人になってもそうさ。うちのせがれはいつまでたってもあたしの子供。親なんてそんなもんさ」
ウェーバーさんは笑い飛ばしながら、私の肩をポンポンと叩いた。彼女はいつもこうして励ましてくれる。
「……ごめんね」
気まずそうに、謝罪を口にするルカ。
「なにが? ああ、こないだのスープのこと?」
「そう。言い過ぎたなと思って」
「そんなことを気にしていたの? いいのよ、あれは母さんが悪かったわ」
じっと見上げてくる、私ゆずりの大きな青い目は間違いなく私の息子に違いない。こんな風に小さくなっているのを見ると愛しさがこみ上げてくる。何にせよルカは私のかわいい息子。それに変わりは無い。
「ルカ、こっちにいらっしゃい」
私はルカを膝に乗せて抱きしめた。茶色い巻き毛が私の鼻をくすぐる。日をあびて光る産毛に包まれたピンクの頬はいかにも幼いが、ずいぶん重たくなった。
「あー! おにいちゃんずるーい!」
そんな私たちを早速見つけたソフィーがよじ登ってきた。
「ソフィー! 母さんつぶれちゃうわよ」
「危ないよっ」
――よろめきながらも私はかわいい子供たちを両手で抱えて抱きしめる。小さい子供特有の、甘い香りを胸一杯に吸い込んだ。
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