3話 サービス、サービス

「ハンナさん、野菜全部むき終わりました! これはスープに入れるんですか?」

「あ、はい。そしたら切っておいて貰えますか。一口大に」

「はい、じゃあ煮とけるんで少し大きめに切ろうかねぇ」

「え? ええ、そうして下さい」


 母さん、今まで何も考えずに切っていたね。厨房でのリタさんは無双状態だ。長年の主婦の手際でパパパッとこなしてしまう。俺も外食ばかりで自炊はほとんどしなかったからなぁ。やっても鍋とか何かのタレで焼くとか炒めるくらいしかしてなかった。


「おい、帰ったぞ」

「あ、父さん。今日は何が獲れた?」

「槍猪だ。こいつは美味いぞ」


 やったー魔物肉だ。最初は抵抗があったが、俺はすっかり馴染んでいた。だって美味いんだよ。きっとこの猪も国産黒豚もびっくりのお味に違いない。


「母さん、槍猪が獲れたってさ」

「あら、助かるわ。さてどうしましょう」


 実は肉は獲れたては固くて美味くない。獲れたてが美味いのは内臓だけだ。今日は臓物スープかな。


「レバーはソテーにしてほかの内臓は煮込みを作りましょうかねぇ。ハンナさん」

「リタさん……そうですね……あの……」

「どうしたんです、ハンナさん」


 母さんはクッと唇を噛んだ。そして続けた。


「……今日のリタさんを見ていて思いました。申し訳ないのですが……私に料理を教えて下さい!」

「あたしが? ハンナさんに?」

「ええ。私、本格的に料理を習ったことがないんです。今まで見よう見まねでやってきました。でもこのままじゃいけないと思うんです」


 てっきりこのままじゃ、母さんがへそを曲げてしまうかと心配していたが……杞憂だった。自分に足りない物を自覚して、教えを乞う。たとえそれが自分の雇った従業員であっても。母さんは偉い。俺は素直に関心した。


「あと、お土産のパイ。すごく美味しかったです。できればうちのお客さんにも食べて貰いたいです」

「いいんですか? あたしなんかの作った物で」

「お願いします」


 リタさんは快諾してくれた。その上、夜に出すならお酒に合うように濃いめの味付けにしましょうかと母さんと相談している。本当にいい人を雇えたな。




「ルカ、このパイ美味いぞ!」

「こっちにも頼む!」

「こっちはレバーソテー!」


 今日は料理がよく出る。パイを焼く、いかにも美味そうな匂いにつられていつもは外に繰り出すお客さんが足を止めたのだ。


「新しい料理人を雇ったのか?」


 パイを受け取りながらそう聞いてくるのは、最近うちに泊まっている冒険者のヘルマンだ。


「料理人っていうか、仕込みを手伝ってくれる人を雇ったんです。そのパイはその人が作ったの。ついでにいうと今ので品切れだから」

「げっマジかよ。大事に食べよ」


 大好評だ。力強い味方ができたところで、あの計画を実行に移す時がきたかもしれない。


「母さん、パイが売り切れたよ」

「え? もう?」

「それでさ、母さん。あとで相談があるんだ」


 俺が考えていたのは朝食のオプションサービスだ。『宿泊料銀貨1枚』。これはもう『金の星亭』うちの宿の売りの一つになっているから、変えられない。客室が満員でも儲けは薄い。


 なら、朝食にもう一品や二品有料オプションをつけたり夕食のメニューを改善したりして、そこでほかで金を落としてもらうのだ。無料ゲームの様に……快適にプレイしたかったら課金が必要なのだ。くっくっく。




「朝食のメニューを増やす?」

「そう。もちろん有料でさ。ガッツリ朝から食べたいお客さんもいるんじゃないかって」

「なるほどな。確かに迷宮ダンジョンに入る前にはしっかり食べておきたいな」


 父さんが同意を示す。どうやら的外れではないようだ。


「ちょっと払ってもいいかなってくらい……銅貨1枚から3枚くらいでさ。そんなんでも塵も積もれば山となる、でしょ」

「それくらいだと……なにがいいかしら」


 基本の朝食はスープにパンだ。俺はこれにファミレスのセットメニューをつける感じをイメージしてる。


「朝なら腸詰め、卵焼き……チーズとかでもどう?」


 どれも日持ちするし、ストックしていても問題ない食材を挙げた。最初は余ってもしかたない。卵は調理したら持たないので少しずつかな。


 俺は自作のメニュー表を広げた。


『朝から食べてパワーアップ! 追加メニューはじめました』


 と、書いてある。メニュー表っていうかPOPだね。前世でよく作ってた。……しかし字が汚い。


「ソフィーもかくよ!」


 ソフィー画伯は楕円……たぶん、腸詰めの絵を描き足した。うわ、急にお店屋さんごっこみたいになっちゃった。


「……母さん、書いてくれる?」

「いいわよ。でも、ルカももうちょっと練習しないとね」

「……ちょうど良い機会だ。学校にいかせるか」

「学校? 学校があるの?」


 そんなもんあったんだ。今まで仕事の合間に読み書きや計算を習っていたけど、計算の方は前世の記憶があるからそんなに問題ではない。十進法万歳だ。だけど、読み書きのほうは苦戦していた。学校があるなら行ってみたい。


「教会が子供たちに勉強を教えているのよ」

「リタさんのところのラウラも行っているはずだ」

「え! 行ってみたい!」


 ふうん。寺子屋みたいなものかな。それにラウラがいるのか……。いや、ちょっと仲良くなりたいだけだよ。それだけだよ。


 そんな訳で、俺とソフィーは朝のバタバタが収まる平日の午後から3時間ほど、教会の学校に通うことになった。




*****




「おにいちゃん、わすれものはない?」

「忘れるほど物がないよ」


 俺たちは古着屋で買って貰った肩掛けバッグを背負っている。中身は手ふきのハンカチとおやつの林檎だ。学用用品なんかは無い。教会で貸してくれるそうだ。


「母さん、これで大丈夫?」

「大丈夫よ。さ、いってらっしゃい」


 母さんはぼくに帽子とマフラー、ソフィーに毛織りのケープを着せて送り出す。初日だけ、父さんが一緒だ。


「この辺は馬車がよく通るからな、明日からは気をつけろよ」

「うん、馬大きいもんね」


 この世界の馬はやたらデカい。そんな風に思うのは今の俺がチビだからか、それとも荷物運搬用の馬だからか、この世界の特性なのかはよく分らない。とにかく、ぶつかったらひとたまりもないということは確かだ。異世界で交通事故とか嫌すぎる。


「ともだちできるかなー? どきどきする」

「ソフィーは大丈夫だよ」


 問題は俺だ。同年代の子供に交じって中身が三十路の俺がキャッキャできる自信がない……。そわそわしている俺たちを連れて、父さんは教会へ向かった。




「クリューガーさんですね。お待ちしていました。」


 出迎えてくれたのは落ち着いた若いシスターだ。


「マルグリットと申します。通うのはこちらのお子さんたちですね」

「ああそうだ。さぁ、お前たち挨拶しろ」

「ルカ・クリューガーです。はじめまして」

「ソフィーです。おねえさんがべんきょうをおしえてくれるの?」


 俺たちはそれぞれ挨拶をする。シスター・マルグリットは微笑んだ。


「しっかりしたお子さんですね。ソフィーちゃん、私と他のシスターが勉強を教えます。仲良くしてね」

「はーい」


 父さんと別れ、俺たちは教室へ向かう。胃が痛くなってきた……。


「さあ、皆さん前を向いて。新しいお友達を紹介します」


 教室内で書き取りをしていた子供たちの目が一斉にこちらに向かう。


「さぁ、ではソフィーちゃんから自己紹介しましょうか」

「はい! ソフィー・クリューガーです。4さいです。うちはやどやをやっています」


 物怖じせずソフィーは自己紹介をし、教室からはパラパラと拍手があがる。


「ではルカ君」

「は、はい……。ルカ・クリューガーです。ソフィーの兄です。これからよろしくお願いします。ぼくの趣味は……」


 俺の趣味ってなんだ。ん?働いてばっかで特に趣味はないぞ。えーとえーと。


「趣味は……お金の計算です」


 ソフィーの時と同様に教室から拍手が上がったが、皆不思議そうな顔をしている。




しまったやっちまった……。

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