9話 微笑みの爆弾
――暑い。ヘーレベルクに本格的な夏がやってきた。……ああ、アイスが食べたいな。水魔法を練習したら作れるかな。俺は手を前にかざして冷たい水のイメージを浮かべる。ちょぼちょぼと手のひらから水が流れ落ちた。さらに冷たく。氷のイメージ……。
「ふぬーっ、アイス! アイス! アイスが食べたい! ……はあはあ、駄目か……」
「おにいちゃん、へたくそー」
へたりこんだ俺にソフィーが追い討ちをかけた。
「ソフィーのほうがじょうずだよ。水丸っ」
「わっぷ」
ソフィーの放った水の塊が俺の顔を直撃する。
「なにするんだよ! あーあ、ビチャビチャだ」
「あはははっ」
くそっ、結構すばしっこいな。笑いながら逃げるソフィーとぐるぐると裏庭で追いかけっこをしていると……。
「ルカ! ソフィー! 洗濯物が濡れるからよそいってやってちょうだい!」
――とうとう母さんから怒られた。
「ほら、ソフィーのせいで叱られた」
「えー?おにいちゃんのせいでしょ」
俺たちが往生際悪く責任をなすりつけあっていると、声がした。
「あーもしもし、兄妹仲良くな?」
「バスチャン親方!」
「おやかたー」
汗をぬぐいながら裏口から荷車をひいてやってきたのは大工のバスチャンさんだ。『金の星』の改修に来たのだ。
「お父さんを呼んでくれるかい?」
「わかった!」
「おとうさーーん」
ついにこの日がやってきた。例の大窓はまだ出来ていないが、主に客の出払った昼間に手をつけられるところからはじめることになっている。
「やぁ、バスチャン。こっちだ」
「おお、しかし暑いな」
うむむ、俺が氷魔法が使えれば……ひえっひえのアイスでお迎えするのに!
「あら、バスチャンさん。いらっしゃい。これからよろしくお願いします」
「うん、ハンナさん。よろしく……と、これは」
「冷たいお茶です。炎天下のなか暑かったでしょう」
「こりゃ助かる。……ああ、うまい。マクシミリアン、いい嫁さん貰ったな」
「おう」
ああ、すんごい身近に氷魔法の使い手が!あとで絶対教えて貰おう。
「そうだルカ。頼まれていたものを持ってきたけれども」
「あっ! ありがとうございます」
先日、工場にお邪魔した時に、こっそり分けてもらえないか頼んでいたものだった。それは、工場で余った廃材だ。大ぶりの板にいらない棒。
「こんなものをどうするんだ?」
「看板にしようかと」
「看板? それなら表にあるじゃないか」
宿の入り口には星をあしらった凝った看板がとりつけてある。しかし、作りたいのはそんなおしゃれなものではない。ほら、あれだ。……ラブホテルの看板みたいなやつ。
「入り口前に、うちの料金を書いておこうかと思って。ほら、今のとこ
これはお客さんから直接リサーチ済みだ。エリアスたち以外のお客にも聞いて回ったがやはり安いから、という声が圧倒的だった。
「ま、まぁ……そうだな」
「お客さんを少しでも呼んで、早くバスチャンさんに支払いをしないと」
特に支払いサイトの指定はないが、やはり支払うものはきちんと払っておきたい。
「おう! それはしっかり頼む。おい、マクシミリアン! ルカは本当にお前の息子か?ずいぶんしっかりしてるぞ」
「見れば分かるだろ、失礼な」
はい正真正銘、将来ガチムチマッチョになる予定の6歳ですよ。
*****
「こんなもんかなぁ」
「これでお客さんが増えるかしらねぇ」
「増えて貰わなきゃ困るよ」
母さんと父さんに手伝って貰いながら看板を作り上げた。文面はシンプルに『一泊 朝食付き 銀貨1枚』とだけにした。
実は本当はこの手はもう少し後に使いたかった。プチ改装後にこれで銀貨1枚なんてずいぶんお安ーい。とやりたかったのだが、秋までに新規顧客をつかまなきゃならない事情ができたし。まぁ一見さんくらいは増えるんじゃないだろうか。
「ところでさ、母さん氷魔法が使えるの?」
「え? ああほんの少しね。あまり得意じゃないけど」
「教えて教えて!」
「あらあら、いいわよ。昼食のあとでね」
「ソフィーもやるー!」
よーし、これで夏のアイスへの道へひとっとびだ。俺たちはそわそわしながら昼食を終えた。
「さぁ、これを持って」
「これ?何に使うの」
母さんに渡されたのは熱石だ。お湯を作ったり暖房がわりに使うあれだ。
「これにね、魔力をこめるのよ」
「へぇ……」
お湯を作るのに薪の火で熱を吸収するのと同じことか。道具を使えばイメージもしやすそうだ。
「水をイメージして。冷たい冬の水……」
「冷たい水……」
「うーん……」
手の中の熱石が冷たくなってくる。石の表面に薄く霜がはってきた。
「そして、ほら桶に入れて」
言われた通りに、木桶の水に入れる。
「ほら、冷たくなったでしょう?」
木桶に満たされた水は熱石によってよく冷やされていた。……うーん。確かに冷えている。冷えてはいるんだが……俺が作りたいのは氷なんだよな。
「凍らせることはできないの?」
「そうねぇ、本職の氷魔法の使い手なら出来るでしょうけど。母さんができるのはこんなもんね」
「そおかぁ……」
あとは練習するのみかな。
「ちなみに母さんの得意な魔法は?」
「火魔法と雷魔法よ」
バリバリの戦闘系じゃないか。母さんは回復魔法とか使えそうなのになぁ。そういえば俺の治療をしたのはエリアスだった。人は意外な面があるんだな。
ついでに沢山の冷水が出来たので、冷たいおしぼりをお客さんに出したら好評だった。大量の新橋のサラリーマンが異世界に誕生した。
*****
結果からいうと、看板の効果はあった。看板をみてうちをのぞいて意外とまともじゃん、と入ってくるお客さんが増えた。ただ、中にはさすがにこれはないわと回れ右してしまうお客さんもいる。冬までの改装で、なんとかこういったお客さんをゲットしたいところだ。
「冷たい氷……冷たい氷……」
今日も俺はアイス作り……もとい氷魔法の練習中だ。
「もっと冷たい氷……ドライアイス?液体窒素?」
そう考えた瞬間に手の中の熱石の温度が急激に下がった。
「あわわっ!」
慌てて手をはなすと石は桶の中に落ち、ビキビキと音を立てて凍りついた。
「やった……やった! ソフィー!」
「なーに、おにいちゃん」
「氷ができたぞ!!」
「すごーい、ほんとだつめたい」
よーし、あれを作ろう。アイスクリームは作り方がよく分らんし材料の目星もつかないので、とりあえず思いついたのはアイスキャンディだった。木桶にオレンジの果汁と木の棒を入れたカップをいれて、さっきの要領で桶の水を凍らせる。しばらく待って……完成だ。
「つべたくておいしい!」
「はぁ……生き返る……」
俺とソフィーはカンカン照りの空の下、冷え冷えのアイスキャンディーを堪能した。調子にのって母さんと父さんにも披露したところで、俺の魔力が尽きてぶっ倒れた。
「なんて無茶するの!?」
「氷の魔法は水の上位魔法だぞ。子供のすることじゃない」
残念だけど、お客さんに出すのは無理だな……。
*****
そうして夏も過ぎて、秋がやってきた。日々とちょっとずつ改装は進み、壁の穴は補修されて客室の窓は新しいものに取り替えられた。残すは一階の大窓を残すのみだ。バスチャンさんから「楽しみにしてろよ」というイェルター老の伝言を貰っている。楽しみだ。
俺が高熱を出して目覚めた日から、半年が経とうとしていた。
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