来栖瑠璃、そのデータ
ひと通り来栖咲良についての情報を得た後、来栖瑠璃の情報に戻る。……研究室の隣にある準備室を応接間のようにして、素子がうまく対応してくれている気配がする、もう少し自分はここで彼らの情報を得ていっても大丈夫そうだと寿仁亜は判断した。
機械鳥は、鳴き続けている。いつものように。いつもの大学の日々のように――寿仁亜は在りし日のキャンパスライフを少しだけ懐かしく思い出す。……もうすぐ、暗くなっていく。
彼女は来栖咲良の三つ年下。
来栖咲良と結婚してからずっと、来栖家で一般シュフをやっている。専業シュフと違いその仕事ぶりが社会評価に直接的に表れることはない。しかし一般論として、それなりの中流である来栖咲良を支え続けた点を鑑みれば、その成果は彼のそれなりの社会評価に、結果的に間接的に表れているとも言えた。
そして彼女に関しての記述は少ない。来栖咲良も、そう多いほうではなかったが、それ以上に瑠璃は、記述そのものと特記事項が少ない。
彼女は旧姓を
花向瑠璃はごく普通の公立高校を卒業後、二年制の専門学校で事務仕事を学び、卒業後はいまでは来栖咲良が工場長を務めるアンドロイド工場に事務員として就職。それが二十歳のときのことで、三ヶ月安定して勤務を続けてきた時期に、成人認定をされている。
賢い生き方であると言えた。とくに夢だの甘い理想だのを掲げずに、自分自身の能力でできる堅実な生き方を選択し生きてきたのだろう。よほど優秀な人間は別として、原則、早く勤め始めれば勤め始めるほど、収入が得られる時期が早くなると同時に、自身の分をわきまえているという点が評価されやすくなり、よって成人認定も確実に、早くなされる傾向がある。
一番悪手なのは、そこまでの能力もないのに高い社会的立場やレアリティの高い仕事を目指して、延々といわゆるモラトリアムを延長してしまうことだ。これは、もっとも人間未満堕ちの可能性が高い――みな知識としては知っているだろうに、その理由で人間未満堕ちしていく二十代や三十代、あるいは四十代が後を絶えないのは、優秀、あるいは賢い人間からすれば不可思議だと言えた。……なにも他人よりも能力のない人間は即人間未満堕ちしろと言っているわけではない、ある程度の猶予を設けてはいるし、自身の分をわきまえれば人間としてそれなりの待遇をすると、社会制度は決めているのに、……従えない人間というのが、なぜか一定数いるのだ。
結婚したカップルがどこで出会ったかまでは、請求すればともかく基本的な個人情報には載っていないが、来栖咲良と瑠璃の場合は確実にアンドロイド工場で出会ったのだろう。同じ工場で、技師と事務員が出会うのに、なんら疑問はない。
花向瑠璃が二十四歳、来栖咲良が二十七歳のときに、彼らは結婚。花向瑠璃は来栖瑠璃と名前を変え、結婚を理由に退社した。
苗字を相手に会わせて変える文化はオールディであると言えばオールディだが、意外なほどいまも残っているから、そこには特段の疑問は残らない。しかし、結婚を理由に退社するのはいまどきちょっと珍しいと言えた。ふたりで働いたほうが世帯の社会評価が上がる。世帯の社会評価上昇を目的に結婚する人間も多いというのに――仕事をわざわざ辞めたのには、……なにか理由があったのだろうか。
早期就職、早期成人の判断ができる程度には――花向瑠璃は、賢かっただろうに。
そこからの来栖瑠璃の人生は、データ上はシンプル、言い換えれば単調なものだ。
ひたすらに一般シュフ。三人の子どもの育児は、おもに担当していたらしい。だがそれは、一般シュフであればなおさら、珍しい話ではない。三人の子どもを育てるというのは立派なことであるということくらいは、子育てを経験したことがない寿仁亜にももちろんわかるけれども。
ただ、それだけだ。
それ以上の、すくなくとも社会的な価値がある人間というわけでは――到底、なさそうだった。あくまでも、情報から判断するならば。
……大学に急に乗り込んでくるような、危険人物とも思えない。
そのような記録も一切残っていないのだ。Necoがしっかりと監視をしてくれる社会では、言わずもがな、そのようなことがあれば記録をされるはずだから。
だからこそ、今回の彼女の行動は、彼女にとっても普段にはめったにないことだったのだろう――そう思いながら寿仁亜は、次に、瑠璃と咲良の三人の子どもたちの情報に移っていく。長女の空と、次女の海、……そして長男というのはもちろん、いま問題となっている春のことなのだけれども。
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